妖しさんたちは無駄に美形揃いでした。

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

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祖手近の求婚

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 何やらここ最近は周囲が騒がしい。
 と言っても騒がしいのは1人だけなのだが。
 
「ナノハ先生ー、ぐろーぶの布地の厚みを見てくんねえかー?」
「ナノハ先生、これ新しいばっとなんだ。んでな、この持ち手の所を細くしたから持ちやすくなって、当たりがいいとほーむらんが出るようになったんだよ!」
「ナノハ先生、またどっか美味い飯を食わせる所教えてくれよ。煮魚とかお浸しが食えるとこがいいな」
 
 まあ本当に週に2度3度と長屋に現れる。国王はそんな暇なのか。……あー、常磐様もフリーダムだわ。
 恐らく王の側近が動かしているのだこの世界は。
 ご苦労様でございます。なむなむ。
 
 今日は稽古がない日だと知っていたのか、チカ様がわざわざ王宮まで迎えに来て、話ついでに長屋まで送るという。
 王宮の文官が緊張で汗をだらだら流しているので止めて欲しいのだが、国王にそんな事は言える筈もない。
 
 国王である常磐様がしれっと町民の振りをして長屋に住んでいる事で、私が異界の民だとチカ様とナミさんには説明せざるを得なくなったのだが、きっとこれだけマメに通って来るのは、常磐様と同じように日本の話などを聞きたいんだろうなと思う。
 
 それに、国王や側近が軽々しく異界の民の話をする事もないだろうから、別にバレてもどうという事はない。
 ないのだが、始終隣国の国王がお忍びで来られてもねえ。ただでさえ常駐国王がいるのに。全然お忍びじゃないと思う。
 

「チカ様、国のお仕事は大丈夫なのですか?」
 
 何故か祖手近様と言うと機嫌が悪くなるので、チカ様と呼んでいる。まあ隣国の国王の名前を町中で気軽に連呼する訳にも行かないものね。
 常磐様も朱鷺さんだし。
 
「ん? ウチは遠浪と万々理(ままり)っつう良く出来た側近がいるからな。問題ねえよ気にすんな」
 
 気にするっつうの。
 ふと、気になっていた事を聞いた。
 
「常磐様は十尾の狐の妖しと聞いてますけど、チカ様は何の妖しなのですか?」
 
「俺か? 俺は天狗だ。ついでに言うと遠浪はぬらりひょんで万々理は河童だな。ま、昔の話だけどなあ」
 
 すごい有名どころなラインナップである。
 年を経て、自分が何の妖しかも知らない民が多いと常磐様から聞いていたけど、やはり国を仕切る人たちはちゃんと知ってるんだなあと感心した。
 
「天狗は日本でも有名ですよ。河童やぬらりひょんも」
 
「そうか。へへっ」
 
「変化は出来ないんですよね?」
 
「出来ないな」
 
「……」
 
「おいナノハ先生、今舌打ちしたか?」
 
「私がですか? いいえまさか!」
 
 そんなデカい羽を広げて天狗鼻で空を飛んでるの見たかったなんてそんな。
 
「ところでようナノハ先生」
 
「はい、何でしょうか?」
 
「俺の嫁になんねえか?」
 
「……は? 私結婚してますよ」
 
 私は笑った。いきなり何を言い出すのかと思えば。
 
「だから仮初めだろうがよ。惚れたんだよなーナノハ先生に」
 
「私のどこに惚れる要素がありました? 作務衣や甚平着て素っぴんで町中歩いてる無愛想な女ですけど」
 
「姿勢が綺麗だろ? んで、話をしてても頭が切れるし周りへの配慮も出来る。顔も可愛いと思うがな俺は。
 たまに笑うともっと可愛いし」
 
 照れ臭そうに言うチカ様にこっちまで照れてしまう。最後に誉め言葉を貰ったのはいつだったか忘れてしまっていたので、単純に嬉しかった。
 
「……それはどうもありがとうございます。
 でも私は日本に帰る人間ですのでお断りします。
 父もおりますし」
 
「帰らなきゃいいじゃねえか。ずっと居ればいい。
 父親だって一緒に住んでる訳じゃねえんだろう? それに、そっちでも結婚したら新しく所帯を持って別に暮らしたりしねえのかい?」
 
「いや、しますけども、会えないじゃないですかここに居たら。嫌ですよ。私は父が大好きなので」
 
「……そっか。こっちは個人主義だからよ、自分の幸せとか自分のやりたい事が最優先なんだが、日本は違うんだな」
 
「そう違いませんけどね。異なる国に来たままとなると話は別です」
 
 よほど未練が残るような事でもなければ……と思い、何故か常磐様の顔が浮かんでしまった。
 おじいちゃんに情が湧いてしまったのだろうか。
 
「ま、いいぜ。俺はまだ諦めないからよ。まだ半年位はいるんだろう?」
 
「そうですけど、諦めて下さい変わりませんから」
 
 私が来たのが2月頃で今は8月。
 確かにまだ半年ある。
 もう半年しかないとも言うが。
 
「おっと、家に行くと常磐の機嫌が悪くなるから、俺はここでな」
 
 長屋まであと少しというところで、チカ様が立ち止まった。
 
「見送りありがとうございました。
 でも結婚の件はなしですからね」
 
「わあってるよ。──今はな。
 んじゃまた!」
 
 元気良く手を上げると、チカ様は早足で道を戻って行った。
 
 
 
 
 私は筍の炊き込みご飯を食べながら、常磐様が初めて2ベースヒットを打ったという話を聞いていた。
 
「すごいじゃないですか! ゴルフより向いてるんじゃないですか?」
 
「そう思うかい? いや私もね、何だかそんな気がするんだよね。ほら、まいばっとも新しいのにしたんだよ」
 
 いそいそと細長い袋から出して見せてくれた。
 
「千里長屋わっしょいずの勝率も上がってきたんだよ」
 
 町毎に幾つかの野球チームが出来たようで、良く試合が行われている。
 うちの合気道のお弟子さんたちも入りたがっていたが、男性陣が「走り回るのも体力使うし、体にぴったりとした試合着だから女性にはどうかと思う。
 独り身の男もいるし、変な気持ちになるだろ?
 それに、女たちは合気道が出来るが俺たちは出来ないんだからこれは男だけの球技だ」と諭されて諦めたらしい。
 
「私たちも合気道始めた時には旦那にさんざん自慢しちゃいましたからねえ。男の球技って言うなら、まあせいぜい応援してあげる事にしようかと」
 
 と美弥さんがほほほと笑っていた。
 さすが美魔女、大人である。
 
「ああそういえばチカ様が、皆大分上手くなってきたから、交流試合でもやりたいなと言ってましたよ」
 
「……祖手近がかい? 交流試合ねえ……」
 
 途端に機嫌が悪くなる常磐様に、反りが合わないんだろうかと少々心配になった。
 国同士は別に仲が悪くはないみたいだけど、いい方がいいに違いないだろうし。
 
「ほら、黒須さんも大きな野球場2つも作ったじゃないですか。観客席もあるような。
 洋華国へお披露目するチャンスですよ」
 
「んー……まあそれもそうだねえ」
 
「応援しに行きますから、朱鷺さんがカキーンとヒットを打って下さい! 何しろ野球の神がついてるかのような上達の早さですから、ホームランとか出しちゃうかも知れませんよね!」
 
 やる気を出させて定期的に交流するようになれば、国にとってもいいはずだ。私は常磐様を持ち上げまくることにした。
 
「そうかい? 野球の神様が味方なら勝てるかも知れないよねえ」
 
「そうですよ! チカさんも朱鷺さんにボコボコにされたらもう求婚なんか……あばばばば」
 
 やる気を出させるつもりで口が滑った。
 
「──求婚? どういう事だい? まさか祖手近がナノハに求婚したのかい?」
 
 怖い。何だか目付きがすんごく怖い。
 
「でもすぐ断りましたよ、日本に帰るからって」
 
「当たり前だよ。ナノハはたまたま迷いこんでしまっただけなんだからね。父親が待ってるんだもの」
 
「ええ、そう言ったんですけどねえ」
 
 バレてしまったなら嘘はつくまいと正直に打ち明ける事にした。
 
「……けど?」
 
「あと半年あるから諦めないって宣言されまして。
 一応この長屋では人妻ですからねえ私。
 長屋でふしだらだとか言われても困るなあと」
 
「本当に人妻に対して遠慮がないねえ……よし。試合をしようじゃないかナノハ。
 わっしょいずで完膚なきまでにけちょんけちょんにしてあげるよ」
 
 凄みのある美貌で断言した常磐様は、何やら苛ついているようで、やはりチカ様とは合わないのかなあ、と思ってしまった。
 
 
 
「……あの、それでですね」
 
「なんだい」
 
「もう8月ですよね」
 
「そうだね。ボケたのかいナノハ」
 
「誰がボケたんですか。
 そうでなくて、暑くないですか? 朱鷺さんだってもう股引きとか履いてないじゃないですか」
 
 未だに一緒に布団に入って抱き枕にされるのは私も暑い。まだ空気が乾燥している国だからましだが、私は半袖半パンの寝間着なのである。
 
「大丈夫。私はあまり汗をかかない質なんだよ」
 
「私はかくんですよ」
 
「大丈夫。私はそういうのは気にならない方だから。それにナノハはいい匂いだよ……」
 
「そういう問題ではなく……」
 
 すーすーと寝息が聞こえ出して、やれやれと目を瞑る。
 
 チカ様にずっとこっちにいればいい、と言われた時にはドキリとした。
 常磐様に言われたらどうだっただろうか、と考えた。
 
 ……ものすごく悩むだろうが、やはり父を思うと帰る選択をしてしまうだろう。
 だけど暑い暑いと思いながらも強く突っぱねられないのは、嫌じゃないからだ。
 むしろもう馴染みすぎてしまって、帰ってから大丈夫だろうかと不安になる程だ。
 
 でも、常磐様は帰らないとという私の気持ちを尊重してくれているし、きっと引き止める事はないだろう。
 
 帰らなくてはならない。
 だけど長屋での常磐様との生活も楽しいし、帰りたくないと思う自分もいる。
 
 自分の気持ちがどっちつかずになっている事で、最近では体より心が疲れて来ている気がする。
 
 ──どうせ帰るんだから、悩んでも無駄、か。
 
 私は漸く訪れた睡魔に身を任せ、そのまま常磐様の胸に顔を寄せた。
 
 
 
 
 
 
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