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ルーシーの天敵【5】
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【ルーシー視点】
グエン様と訪れたのは、町の外れに近いログハウスのような佇まいの店だった。
普通の民家のように思っていたが、レストランだったとは知らなかった。
「おやロイズ様!お久しぶりですね」
カラン、とカウベルを鳴らして店に入ると、50前後の顎髭の屈強な体格のマスターが笑顔を向けた。
馴染みの人間しか入れない店なのだろう。
何組かの夫婦者や友人同士と思われる人たちが穏やかに歓談しているような、静かで居心地の良い店である。
「ごめんごめん。仕事がちょっと立て込んでて」
角のテーブルに案内されながらグエン様が謝っていた。
「……そちらのレディは恋人でございますかな?」
「あ、いえ──」
「違うよ。今アタック中なんだ。初っぱなからフラれたけど、僕は諦めが悪いからね」
「はっはっはっ、それはそれは。頑張って下さいませ。お嬢さん、ロイズ様は見た目チャラそうですが、こう見えて真面目でなかなか悪くない方でございますよ。まあ私も現在は独り者ですから、大人の魅力をお望みならいつでもお誘い下さい」
茶目っ気たっぷりにウインクすると、いつもので?とグエン様に尋ねて頷いたのを確認し下がって行った。
「……ルーシーさん、オジサン好きとかないよね?」
マスターの方をチラリと眺めると、心配そうにこちらを見た。
薄い本ではオジサンと若いガチムチとのカップルは大好きです、とは流石に言えない。
「まあ、頼り甲斐はありそうでございますよね」
と無難に返事をしておいたら、ちょっと不機嫌になられた。
「頼り甲斐になるならないは年齢じゃないと思うな。少なくとも僕は割と頼りになると思うよ?」
「……はあ。左様でございますね。騎士団の第四部隊におられますものね」
第三、第四部隊は実力のある人間しか残れない実戦部隊である。顔は残念な方も多いが、腕は立つ。
「指揮官には敵わないけど、結構いいところまでは戦えるんだよ僕は。浮気もしないし、健康だし、まぁそんなに酷い顔でもないと思うし。
結構いい物件だと思うよぉ~?」
マスターがハーブのいい匂いをさせながらローストチキンと焼き立てのクロワッサンを籠に山盛りにして運んできた。カップに入ったオニオンスープもとても美味しそうだ。
「来られるのは丁度いいタイミングですね相変わらず。焼き上がる時間を図ったかのようで」
赤ワインはサービスです、とグラスを置いて消えて行く。あのマスター、運んでくる時も殆ど音を立てなかったし、足音も目立たなかった。
もしかすると騎士団のOBかも知れないな、と私は思った。
「さあ食べて食べて!ここそんなに気を遣うような店じゃないから気楽にね。なんなら手でむしってくれてもいいよ」
「ありがとうございます。では失礼して」
表面がパリパリしているチキンにナイフを入れると、肉汁がこぼれて来るほどジューシーだ。
メイドという職業柄、丸焼きを食べやすいように綺麗にカットするのは得意である。
みるみる内に、食べやすく切り分けたそれを、グエン様の皿と自分の皿に載せた。
「……すごいね。ルーシーさんは何でも出来るんだ」
感心したように呟くグエン様に苦笑して、
「メイドでございますから」
と答えた。
「それと、貴族の方にさん付けされると居たたまれませんので、呼び捨てで結構です」
「え!?る、ルーシー?」
何を動揺しているのだろうか。貴族が使用人をさん付けで呼ぶなど聞いたことがない。
「では、頂いても?」
さっきからお腹が鳴りそうなほど減っていて、いい匂いにクラクラする。
「あ、うん。どうぞ。そのトマトソースとガーリックソース両方お勧めだよ」
デートにガーリックソースの食べ物を普通に勧めるのはどうなのだろうかと思うが、旦那様のお話の通り、女性と付き合った事がないというのは確かなようだ。
まあ私は別にニンニク臭くなろうが美味しければどうでもいいので、ありがたく味わう事にする。
「……美味しいですね。クロワッサンもサクサクしてバターの香りが食欲をそそりますわ」
「食べ方も綺麗だねルーシーは」
いつの間に食べ終えたのか、空になった皿の向こうでグエン様が笑顔で私を見ていた。
じっと見られると落ち着かないし、褒められるのも照れ臭い。
「あの、グエン様……」
「グエンでいいよ」
「そんな訳には参りません。──あの、以前も申し上げましたが、わたくしは結婚するつもりがないのです」
「どうして?」
「シャインベック家でずっと働きたいからですわ」
「結婚しても働けばいいでしょ?」
「……わたくしは料理が苦手でございますし、家庭を持ったら自分の夫や、もし生まれたら子供のためにも時間を使わねばなりません。
わたくしは不器用な人間ですので、満遍なく器用にこなせないのです。
どちらも中途半端になるのが目に見えるようですし、それはわたくしが嫌なのです。
仕事と自身の鍛練の時間、それと少しの読書の時間。
現在のわたくしはこれでいっぱいいっぱいなのでございます。ですからこのお話は──」
無かった事に、と言う前にグエン様がポン、と手を叩いた。
「僕は使用人も雇えないほど貧乏ではないよ。
伯爵家は兄が継ぐけど、それなりにまとまったお金も出る時に貰えるし、料理も掃除も別にしなくてもいい。仕事もやりたければずっと続けて構わないよ。僕だってずっと定年まで騎士団で仕事するしね」
私はグエン様の顔を眺めた。
「いえ、でもそれでは余りにも……」
「ルーシー、僕が妻として側にいて欲しいのは、か弱くて護らないといけない、自己主張のないお嬢さんじゃないんだ」
グエン様が笑った。
「友人には変わってると言われるんだけど、戦友と言うか、何でも話せる親友みたいな女がいい。
頭が回って仕事へのプライドもあって努力も怠らない、自分が尊敬できる女と一生を共にしたい。
だから料理とか掃除洗濯とか、そんなものは二の次だし、それを職業にしてる人を雇えば解決だろ。
……そりゃ、たまには愛する妻の料理を食べてみたい気持ちはあるけど、それよりはベッドでイチャイチャする時間を優先したい時もある。
あ、子供が出来たら子育ても出来る限り協力するし、そこは共働きだから協力しあって行けたらと思うんだ。なんなら鍛練に付き合う事も出来るし」
「……確かにレアなお好みでございますね」
私は、面白い考え方をする貴族もいたものだと内心で感心していた。
妻は結婚したら家に居て欲しいと思っている貴族が多いが(経済的なゆとりがないと思われるのが嫌なのだろう)、彼のように対等に生きて行きたいという考え方を持つ方はかなりの少数派だろう。
「でしょう?だからルーシー、安心して嫁いでおいでよ。指揮官の家の直ぐ側に家も建てるつもりだし、寝るときに家に戻ってくるならそんなに負担でもないよね?僕も仕事で遅くなる時もあるし。
留守の間に使用人に掃除や食事の支度をして貰えば、後は寝るだけじゃない」
「……それは確かに楽ですが──じゃなくてですね、わたくしグエン様より7つも年上でございますよ?」
いけない、危うく流されるところだった。
私としたことが。
「んー?別にトシ関係なくない?同い年でないと結婚出来ない法律もないし。グエンて呼んで。
あ、なんなら家を建て終えたら改めてプロポーズしようか?今実は着工してるけど。あと3ヶ月もかからないって言ってたし」
「着工って……このところ屋敷の隣の土地でトッカントッカンやっておられたのは……」
「あれ、うるさかった?ごめんね、現場の人間に伝えておくね」
私は頭を抱えたくなった。
何をしてくれてるのだこの男は。
いや、確かにシャインベック家の土地ではない所に家を建てるのは自由だが、まだ結婚するかも分からない女の住む、職場の上司の屋敷の隣に新居を建設するとか、そんな堂々としたストーキングがあるか。
「あの、わたくし何度もお断りしておりましたよね?何故それをスルーして家なのですか?!
わたくしと結婚しなければ、そちらにお住まいになるのはかなり居心地が宜しくないのでは」
「え?そうだなぁ、結婚出来なければどうせ独り者で童貞のままだし、好きな女の側で暮らす贅沢位は許してよ」
気持ちを落ち着けねばとワインを一口含んでむせた。
「どっ!……何て事を仰るんですか!童貞などそこらの娼館でいつでもポイ出来ますでしょう。25で結婚を諦めてどうするのですか?」
「だって、どっちも好きな女としかしたくない」
「子供ですか。政略結婚など貴族の基本でございましょう」
「僕にはムリ。ルーシーがいい」
「わたくしのような凡人よりもっといい子がそこらに幾らでも転がっております。若くてぴちぴちの淑女がですね」
「凡人じゃないよ。ルーシーみたいに綺麗な回し蹴りしたり、ハイキック出来る人いないもん」
「それは必要がないからで、わたくしはリーシャ様の為に学んだだけでございます」
「必要がある人がいいんだもん。だからルーシーがいい」
「いえ、ですから」
「仕事も続けていい、家の事もしなくていい、更には仕事場も家から直ぐ。トシも全く気にしないし一緒に鍛練して話して眠るだけ。ルーシーの言う断りの条件は全部クリアしてない?
それとも、そんなに僕が嫌い?」
……いや確かにクリアしてるんだけれど。むしろ願ってもない好条件なお話なのだけど。
頼むからそのゴールデンレトリバーのようなうるついた瞳でこちらを見ないで欲しい。
「嫌いとか、そう言うお話ではないと思うのですが」
「じゃあどういう話なの?」
「そんなに簡単に決めていい事ではございませんでしょう結婚なんて」
「そうだよ。だから一生一緒に居たい人にプロポーズするんじゃないか。ルーシーに僕の一生と童貞を捧げるよ。その代わり、竿は僕だけにしてね。浮気だけはダメ絶対」
「ですから誰も童貞を捧げろとは申しておりませんでしょう!ステップというものがあるのですステップが」
「だったらどうすればいいのさ」
「まずはお付き合いして性格的な相性を見てから冷静に結婚については考えるべきかと思われます」
「じゃあお付き合いしてくれるんだね!良かった。でも僕は最終的には結婚確定だけど。
それじゃ、今度の休みは4日後なんだけど、一緒に鍛練してご飯でも食べながら引っ越しの日程でも練らない?」
おかしい。
断るつもりで話を進めていた筈なのに、何故付き合う事になってしまったのだろうか。
この栗色頭のレトリバーが、絶対諦める気がないということを確認しただけではないか。
このままでは間違いなく童貞を捧げられる。
と言うか私も処女だった。
初めてがこのレトリバーのような男なのか、と想像したが、……おかしなことに嫌な気持ちではないのは何故だろうか。
丸め込んで円満解決のつもりが私が丸め込まれた気がする。この男、見かけによらず侮れない。
マスターに、
「やったよ恋人になってくれるってー!」
と喜んで報告するのを慌てて止めながら、帰ってリーシャ様に何と報告すればいいのやら、と頭を痛めるのであった。
グエン様と訪れたのは、町の外れに近いログハウスのような佇まいの店だった。
普通の民家のように思っていたが、レストランだったとは知らなかった。
「おやロイズ様!お久しぶりですね」
カラン、とカウベルを鳴らして店に入ると、50前後の顎髭の屈強な体格のマスターが笑顔を向けた。
馴染みの人間しか入れない店なのだろう。
何組かの夫婦者や友人同士と思われる人たちが穏やかに歓談しているような、静かで居心地の良い店である。
「ごめんごめん。仕事がちょっと立て込んでて」
角のテーブルに案内されながらグエン様が謝っていた。
「……そちらのレディは恋人でございますかな?」
「あ、いえ──」
「違うよ。今アタック中なんだ。初っぱなからフラれたけど、僕は諦めが悪いからね」
「はっはっはっ、それはそれは。頑張って下さいませ。お嬢さん、ロイズ様は見た目チャラそうですが、こう見えて真面目でなかなか悪くない方でございますよ。まあ私も現在は独り者ですから、大人の魅力をお望みならいつでもお誘い下さい」
茶目っ気たっぷりにウインクすると、いつもので?とグエン様に尋ねて頷いたのを確認し下がって行った。
「……ルーシーさん、オジサン好きとかないよね?」
マスターの方をチラリと眺めると、心配そうにこちらを見た。
薄い本ではオジサンと若いガチムチとのカップルは大好きです、とは流石に言えない。
「まあ、頼り甲斐はありそうでございますよね」
と無難に返事をしておいたら、ちょっと不機嫌になられた。
「頼り甲斐になるならないは年齢じゃないと思うな。少なくとも僕は割と頼りになると思うよ?」
「……はあ。左様でございますね。騎士団の第四部隊におられますものね」
第三、第四部隊は実力のある人間しか残れない実戦部隊である。顔は残念な方も多いが、腕は立つ。
「指揮官には敵わないけど、結構いいところまでは戦えるんだよ僕は。浮気もしないし、健康だし、まぁそんなに酷い顔でもないと思うし。
結構いい物件だと思うよぉ~?」
マスターがハーブのいい匂いをさせながらローストチキンと焼き立てのクロワッサンを籠に山盛りにして運んできた。カップに入ったオニオンスープもとても美味しそうだ。
「来られるのは丁度いいタイミングですね相変わらず。焼き上がる時間を図ったかのようで」
赤ワインはサービスです、とグラスを置いて消えて行く。あのマスター、運んでくる時も殆ど音を立てなかったし、足音も目立たなかった。
もしかすると騎士団のOBかも知れないな、と私は思った。
「さあ食べて食べて!ここそんなに気を遣うような店じゃないから気楽にね。なんなら手でむしってくれてもいいよ」
「ありがとうございます。では失礼して」
表面がパリパリしているチキンにナイフを入れると、肉汁がこぼれて来るほどジューシーだ。
メイドという職業柄、丸焼きを食べやすいように綺麗にカットするのは得意である。
みるみる内に、食べやすく切り分けたそれを、グエン様の皿と自分の皿に載せた。
「……すごいね。ルーシーさんは何でも出来るんだ」
感心したように呟くグエン様に苦笑して、
「メイドでございますから」
と答えた。
「それと、貴族の方にさん付けされると居たたまれませんので、呼び捨てで結構です」
「え!?る、ルーシー?」
何を動揺しているのだろうか。貴族が使用人をさん付けで呼ぶなど聞いたことがない。
「では、頂いても?」
さっきからお腹が鳴りそうなほど減っていて、いい匂いにクラクラする。
「あ、うん。どうぞ。そのトマトソースとガーリックソース両方お勧めだよ」
デートにガーリックソースの食べ物を普通に勧めるのはどうなのだろうかと思うが、旦那様のお話の通り、女性と付き合った事がないというのは確かなようだ。
まあ私は別にニンニク臭くなろうが美味しければどうでもいいので、ありがたく味わう事にする。
「……美味しいですね。クロワッサンもサクサクしてバターの香りが食欲をそそりますわ」
「食べ方も綺麗だねルーシーは」
いつの間に食べ終えたのか、空になった皿の向こうでグエン様が笑顔で私を見ていた。
じっと見られると落ち着かないし、褒められるのも照れ臭い。
「あの、グエン様……」
「グエンでいいよ」
「そんな訳には参りません。──あの、以前も申し上げましたが、わたくしは結婚するつもりがないのです」
「どうして?」
「シャインベック家でずっと働きたいからですわ」
「結婚しても働けばいいでしょ?」
「……わたくしは料理が苦手でございますし、家庭を持ったら自分の夫や、もし生まれたら子供のためにも時間を使わねばなりません。
わたくしは不器用な人間ですので、満遍なく器用にこなせないのです。
どちらも中途半端になるのが目に見えるようですし、それはわたくしが嫌なのです。
仕事と自身の鍛練の時間、それと少しの読書の時間。
現在のわたくしはこれでいっぱいいっぱいなのでございます。ですからこのお話は──」
無かった事に、と言う前にグエン様がポン、と手を叩いた。
「僕は使用人も雇えないほど貧乏ではないよ。
伯爵家は兄が継ぐけど、それなりにまとまったお金も出る時に貰えるし、料理も掃除も別にしなくてもいい。仕事もやりたければずっと続けて構わないよ。僕だってずっと定年まで騎士団で仕事するしね」
私はグエン様の顔を眺めた。
「いえ、でもそれでは余りにも……」
「ルーシー、僕が妻として側にいて欲しいのは、か弱くて護らないといけない、自己主張のないお嬢さんじゃないんだ」
グエン様が笑った。
「友人には変わってると言われるんだけど、戦友と言うか、何でも話せる親友みたいな女がいい。
頭が回って仕事へのプライドもあって努力も怠らない、自分が尊敬できる女と一生を共にしたい。
だから料理とか掃除洗濯とか、そんなものは二の次だし、それを職業にしてる人を雇えば解決だろ。
……そりゃ、たまには愛する妻の料理を食べてみたい気持ちはあるけど、それよりはベッドでイチャイチャする時間を優先したい時もある。
あ、子供が出来たら子育ても出来る限り協力するし、そこは共働きだから協力しあって行けたらと思うんだ。なんなら鍛練に付き合う事も出来るし」
「……確かにレアなお好みでございますね」
私は、面白い考え方をする貴族もいたものだと内心で感心していた。
妻は結婚したら家に居て欲しいと思っている貴族が多いが(経済的なゆとりがないと思われるのが嫌なのだろう)、彼のように対等に生きて行きたいという考え方を持つ方はかなりの少数派だろう。
「でしょう?だからルーシー、安心して嫁いでおいでよ。指揮官の家の直ぐ側に家も建てるつもりだし、寝るときに家に戻ってくるならそんなに負担でもないよね?僕も仕事で遅くなる時もあるし。
留守の間に使用人に掃除や食事の支度をして貰えば、後は寝るだけじゃない」
「……それは確かに楽ですが──じゃなくてですね、わたくしグエン様より7つも年上でございますよ?」
いけない、危うく流されるところだった。
私としたことが。
「んー?別にトシ関係なくない?同い年でないと結婚出来ない法律もないし。グエンて呼んで。
あ、なんなら家を建て終えたら改めてプロポーズしようか?今実は着工してるけど。あと3ヶ月もかからないって言ってたし」
「着工って……このところ屋敷の隣の土地でトッカントッカンやっておられたのは……」
「あれ、うるさかった?ごめんね、現場の人間に伝えておくね」
私は頭を抱えたくなった。
何をしてくれてるのだこの男は。
いや、確かにシャインベック家の土地ではない所に家を建てるのは自由だが、まだ結婚するかも分からない女の住む、職場の上司の屋敷の隣に新居を建設するとか、そんな堂々としたストーキングがあるか。
「あの、わたくし何度もお断りしておりましたよね?何故それをスルーして家なのですか?!
わたくしと結婚しなければ、そちらにお住まいになるのはかなり居心地が宜しくないのでは」
「え?そうだなぁ、結婚出来なければどうせ独り者で童貞のままだし、好きな女の側で暮らす贅沢位は許してよ」
気持ちを落ち着けねばとワインを一口含んでむせた。
「どっ!……何て事を仰るんですか!童貞などそこらの娼館でいつでもポイ出来ますでしょう。25で結婚を諦めてどうするのですか?」
「だって、どっちも好きな女としかしたくない」
「子供ですか。政略結婚など貴族の基本でございましょう」
「僕にはムリ。ルーシーがいい」
「わたくしのような凡人よりもっといい子がそこらに幾らでも転がっております。若くてぴちぴちの淑女がですね」
「凡人じゃないよ。ルーシーみたいに綺麗な回し蹴りしたり、ハイキック出来る人いないもん」
「それは必要がないからで、わたくしはリーシャ様の為に学んだだけでございます」
「必要がある人がいいんだもん。だからルーシーがいい」
「いえ、ですから」
「仕事も続けていい、家の事もしなくていい、更には仕事場も家から直ぐ。トシも全く気にしないし一緒に鍛練して話して眠るだけ。ルーシーの言う断りの条件は全部クリアしてない?
それとも、そんなに僕が嫌い?」
……いや確かにクリアしてるんだけれど。むしろ願ってもない好条件なお話なのだけど。
頼むからそのゴールデンレトリバーのようなうるついた瞳でこちらを見ないで欲しい。
「嫌いとか、そう言うお話ではないと思うのですが」
「じゃあどういう話なの?」
「そんなに簡単に決めていい事ではございませんでしょう結婚なんて」
「そうだよ。だから一生一緒に居たい人にプロポーズするんじゃないか。ルーシーに僕の一生と童貞を捧げるよ。その代わり、竿は僕だけにしてね。浮気だけはダメ絶対」
「ですから誰も童貞を捧げろとは申しておりませんでしょう!ステップというものがあるのですステップが」
「だったらどうすればいいのさ」
「まずはお付き合いして性格的な相性を見てから冷静に結婚については考えるべきかと思われます」
「じゃあお付き合いしてくれるんだね!良かった。でも僕は最終的には結婚確定だけど。
それじゃ、今度の休みは4日後なんだけど、一緒に鍛練してご飯でも食べながら引っ越しの日程でも練らない?」
おかしい。
断るつもりで話を進めていた筈なのに、何故付き合う事になってしまったのだろうか。
この栗色頭のレトリバーが、絶対諦める気がないということを確認しただけではないか。
このままでは間違いなく童貞を捧げられる。
と言うか私も処女だった。
初めてがこのレトリバーのような男なのか、と想像したが、……おかしなことに嫌な気持ちではないのは何故だろうか。
丸め込んで円満解決のつもりが私が丸め込まれた気がする。この男、見かけによらず侮れない。
マスターに、
「やったよ恋人になってくれるってー!」
と喜んで報告するのを慌てて止めながら、帰ってリーシャ様に何と報告すればいいのやら、と頭を痛めるのであった。
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