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リーシャは先を楽しみに。

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「お帰りなさいルーシー!
 で、で、どうだったのデートは?ねぇねぇ」

 私はそっと勝手口の方から自分の部屋へ戻ろうとしていたルーシーの肩を背後からガシッと掴んだ。



 子供たちも「ルーシーがデート」と聞くと、私の興奮が伝染したのか、口々に「おー」「おー」と言い出して、

「ルーシーが結婚♪ふんばばふんばば♪」
「ルーシーが結婚♪ふんばばふんばば♪」

 と居間で輪になって踊り出した。

 私は、最近ふんばば踊りは止めるか参加はしないでおくのだが、高まるテンションに心がアイキャントストップな状態だったので、パッションの赴くままに子供たちとダンシングしてしまい、ルーシーが戻る頃には筋肉痛でゾンビのようなヨロヨロした動きになっていたのだが、ルーシーを見つけて掴まえた時のスピードは獲物を見つけた鷹だった。

「──どうだったの、と言われましても。
 普通に食事をしてお別れ致しましたが」

「ノー!聞きたいのはそんな活動報告じゃないのは分かってるでしょうルーシー。
 ほら正直に白状しなさいよ。結婚するの?決まったの?」

「いいえまさか!……ただ、断るつもりだったのですが、何故か付き合う事になってしまいまして……。
 その上、ここのところ、隣の敷地でとっかんとっかん工事がございましたでしょう?」

「あー、そうね。うちご近所さんがキロ単位で離れてるからお隣さんが出来るのは有り難いわねぇってダークとも話していたんだけど……」

「それがどうやらグエン・ロイズ様のようでして」

 私は目を丸くした。

「え?でも、プロポーズの話が出る前からよ工事が始まったのは」

「断られたらどうせ童貞で独り者だから、隣で好きな女を眺めながら暮らす、と」

「……いっそ清々しい程のオープンストーカー……」

 私は肩を震わせ必死に笑いがこぼれそうになるのを耐えたが、ルーシーにはモロバレだった。

「笑い事ではございませんリーシャ様。
 その上にどうしても結婚の意思が固くて、仕事も続けて良いし家の事はしなくていいしとパラパラと餌を撒くのですよ!」

「あら良かったじゃない。ラッキーね。ウチでこれからもずっと働けるじゃないの。お隣さんがルーシー夫婦なんて素敵」

「ですからまだ結婚すると決まってはおりません。私の蹴りが結婚の決め手とか可笑しいと思われませんか?」

「人の嗜好はそれぞれよ。マクシミリアン教授のようにバイトをしてる学生のうなじを流れる汗に欲情する男も居れば、グレイのように幼なじみが婚約してから好きだった事に気づく事もあるのよ」

「小説ではなく現実の話ですわよリーシャ様」

「大して変わらないわよ。性別が男男じゃなくて男女になっただけじゃない。ダークに聞いたらかなり剣も使えて強いらしいし、どうやら人柄も悪くないんですってよ?
 回し蹴りが決め手?いいじゃない、チチが決め手とか言われるよりよっぽどマシよ?」

「……いえ、それはそうですけれど……」

 私は、ルーシーを眺めて、ははーんと思った。

「ルーシーは、自分の中身も知らないのにプロポーズされたのが嫌なんでしょう?
 でもそんなの付き合ったら分かるだろうし、嫌な部分があれば言うわよ。
 それに、最初っから全部分かって結婚する人なんていないわ。せいぜい幼なじみ位よ。
 私なんて、ダークと出会った頃は親切なお兄さんってだけで顔もろくに見たことなかったのよ?
 優しいところと声と顔から入ったクチだし。
 ダークのご飯食べてる美味しそうな顔が最近では一番のお気に入りなのだけど、苦手なの食べてる顔と見分けるのが結構難しくて……ああ、私の話じゃなかったわ。
 仕草や物言いとかね、好きになるきっかけって本当に大したことない事がスタートなのよ。
 いいじゃないこれから付き合ってお人柄とか判断すれば」

「そんなものでしょうか……?」

「そんなものよ。大丈夫よ気軽に結婚しても。
 誰と結婚したって上手くいくかどうか誰にも分からないもの。
 まあ上手く行かなければ、またウチの屋敷に戻って元通りの生活をすればいいわ。定職があるっていいわよね。男性に頼りっきりにならないで済むから理不尽なことに耐え忍ぶ必要もないもの。
 失敗してもその時は最寄りにルーシーのストーカーがいるだけよ」

 取りあえずちゃんと付き合ってみて、どうしてもダメならその時考えましょうよ、と私はルーシーの背中をポンポンと叩いた。

「なんだかリーシャ様に言われると、本当に大した事がないように思えるのが恐ろしいですわ」

 ルーシーが苦笑した。

 鍛練を済ませて庭から戻ってきたダークを呼び止めると、私はぎゅううっと抱きついた。

「リ、リーシャどうしたいきなり?」

「ダークは私を愛してる?」

「当たり前だ!」

「じゃあどこが一番好き?」

「どこがと言われても……存在そのものが全部好きだからなぁ……」

 首を捻り真剣に考え始めたダークを眺めながら、

「ほら、私たちみたいに結構長く夫婦をやっててもここが一番とかすぐ出てこないものなのよ。
 むしろ、蹴りが綺麗でそこがいいってすぐ出てくるグエンさんの潔いところは好感が持てるわ。
 ストーカー気質なんて好きになったら些細な事よ」

「潔い……まあ左様でございますね。ストーカー気質が些細かどうかは意見が分かれるところですけれども。──お付き合いしてみて見極めたいと思います」

 少し考え込んだルーシーがようやく腹を決めたといったように返事をした。

「ん?グエンと付き合う事になったのか?」

 ダークが意外だというように私に聞いてきた。

「そうなの。上手くいくといいわね。隣の屋敷もグエンさんなんですって。
 ストーカーになるかルーシーの旦那様になるかはこれから次第ね。楽しみだわ」

「……奴も若い割に慎重に周りから囲い込みに行くタイプだったんだな。しかしルーシーは断りそうに見えたんだが」

「断ろうとしたのですが、付き合ってもいないのに結婚は順序として可笑しいと言ったらじゃあ付き合えば良いと流されまして……丸め込みには定評のあるこのわたくしが何故言い負けたのか未だに不思議でなりません」

「確かにルーシーが自分の思うように話をまとめられなかったのは珍しいな。ある意味いい相手かも知れん」

 ダークがニヤリと笑みを浮かべた。

「少々悔しいですが仕方がありませんね。約束は約束でございます。上手く行かなかったら旦那様には申し訳ありませんが、改めてお断り致しますので、よろしくお願いいたします」

「ああ分かった」

 ルーシーが頭を下げて部屋へ戻って行くのを見送ると、私は、

「ダーク、どう思う?あの2人。結婚まで辿り着けるかしら?」

「どうだろうな。──だが隣に屋敷まで建ててくる時点でグエンはかなり気合いを入れてきてるから、ルーシーは逃げ切れない気がする。
 ルーシーは、リーシャや俺たち家族とか、自分の仕事には強く出られるが、自分の恋人という距離感が掴めないものに対しては案外弱気そうだ」

「ダーク、結構ルーシーの事を把握してるわね」

「いや、今回の事でそう思った。──ところでな」

「ん?」

「リーシャの一番好きなところは、よく考えてもやっぱり全部だった」

「……あのね、そういうのいきなり言うの止めて欲しいのだけど」

「何でだ?」

「私がダークの一番好きなところ聞きたい?」

「?……おぅ」

「全部よ」

「…………ああ、なるほど」

「分かるでしょう?」

「すごく嬉しいが、……物凄く恥ずかしい」

「私の気持ちも理解して貰えて何よりだわ。
 今夜はポトフにしたけど、ロールパンとフランスパンどっちにする?」

「……あー、うん、フランスパンがいいな……」

 私たちは妙にお互いに頬を赤らめながら、ダークはシャワーへ、私は厨房へと歩いて行くのだった。





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