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家族は家族。

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 我が屋敷でずっと働いてくれていた執事のアーネストが今年70歳を迎えた。
 
 
 こちらの国で言う不細工系騎士団上がりで、私には鍛えた体がセクシーなイケオジであり、どうみても60前にしか見えないのだが、流石に長くお世話になりすぎたと引退の意思をダークと私に伝えに来た。
 
 
「アレックも40近くなってようやく身を固めましたし、仕事もそつなくこなせるようになって、私としては思い残す事がありません。
 年は取りましたが幸いな事に大病もなく、まだ体は自由に動かせますので、たまに旅をしたり家でのんびりと好きな事をして残りの人生を過ごしたいと思いまして」
 
「そうか……アーネストも70か……俺も年を取る訳だよなあ……子供の時から常に屋敷にいたから第2の父とも思っていたが……よくいじめられた時に助けてもらったな」
 
 ダークがしみじみと告げる。
 
 私からしてみれば居間のソファーで30半ばにしか見えない目も覚めるような人外レベルの美青年と、壮年の色気滴るイケオジが語らうサロンを眺めているという、薄い本のネタにもなりそうな目のハーレム状態なのだが、子供の頃のダークの話を前に聞いた時には目頭が熱くなった。
 
 
 今は前ほどあからさまな侮蔑の視線もないし、昔より何倍も楽になったと言うが、そもそもこんな極上の美形たちが才能や人柄を無視して差別される事自体が間違っているのだ。
 
 
 こちらの基準で大和民族顔。
 
 
 黒目黒髪、一重で鼻の低めな唇も薄いシンプルあっさり風味な顔が過剰にヨイショされてるせいで、顔だけしか利点のない、それだけを武器にする傲慢でろくに努力もしない男女がかなりの割合でいる。
 
 私から見れば、カフェやレストランなどで横柄にボーイやウェイトレスをアゴで使う時点で腹立たしいし、チヤホヤされているのを当然として受け入れているのも不愉快である。
 
 
 「その顔で美人やイケメンを名乗るな。まず人としての修行を積め、いや潔く腹を切れぇぇ!」
 
 
 と叫びたくなるが、それは私の価値観である。現にモテモテなのだから需要があるのは分かっているのだ。
 
 かくいう私も日本で言う純国産品と言えるような≪黒目黒髪一重に彫りの浅い大和民族顔≫であるため、
 
「ガーランド国の女神(他称)」
「びいせんの乙女(他称)」
「傾国の美女(他称)」
 
 と言うような中2病待ったなしの恥ずかしい通り名まで勝手に付けられている訳で、この国の大和民族信奉はなかなか根深いものがある。
 
 自分が陽キャのパリピなら「勝ち組イェ~イ!」だったのかも知れないが、前世も今世もコミュ障のヒッキーで薄い本作家でBLマンガ家という、日なたに出すとすぐ溶けてしまう夏場のアイスクリームのような人間なので、美形(他称)と言われても何のメリットもない。
 
 
 まあダークと結婚する為にアタックするのには役に立ったし、お買い物でちょっとオマケしてもらうという役立て方も学んだし、これからもダークの防波堤になれるなら、傾国の美女(他称)と呼ばれてメンタルにダメージを受けようと頑張れるのだ。
 
 
 でも、頑張れるのもファミリーがいてこそなのよね。
 
 私にとってもアーネストは既に頼りがいのあるおじ様のような存在なのだ。
 
 
「アーネスト……いつ頃、その、辞めたいのかしら?」
 
 私はしょんぼりとした顔になってしまっていたのだろう。アーネストが穏やかに微笑みながら、
 
「リーシャ様がシャインベック家に来て下さったお蔭で、本当に旦那様も屋敷も明るくなりました。
 ウチの使用人が居心地よく働けるように心を配って頂いている事にも心から感謝しております。
 可愛いお子様たちにも出会えて、私に孫がいたらこんな感じだったのかと過ぎた幸せも頂きました」
 
 と頭を下げた。
 
「止めてちょうだい。私が人並みに社交が出来るように色々教えてくれたのもみんなアーネストじゃないの」
 
 私は涙がこぼれそうになって、慌ててハンカチで拭った。
 
「そんな顔をなさらないで下さい。せっかくの美人が台無しでございますよ。
 ──それで2つばかりお願いがございまして。
 辞めてもたまにお子様たちや旦那様、奥様にご挨拶させて頂ければ嬉しゅうございます」
 
「そんなの当たり前じゃないの!いつでも来てちょうだい。と言うか定期的に来て欲しいわ!
 ……でも、あと1つは?」
 
「実は、ジュリアと結婚を考えておりまして」
 
「まあっ!いつの間にお付き合いを? 気がつかなかったわぁ。ねえダークは知ってた?」
 
「いや、俺も初耳だ」
 
「お恥ずかしい事に、ここ1年ほどになります。
 といってもこの年ですから、茶飲み友だちに毛が生えたようなものでございます」
 
 ジュリアは65歳なので5つ下になる。
 旦那さんはかなり前に病気で亡くなっており、お子さんを女手1つで育て上げたしっかりものだ。
 
「お互いに人生も先が見えて参りましたし、私も人生で最後に家族が欲しいから妻になってくれないかとプロポーズしたら、受けて貰えまして。
 こんな不細工な男に勿体ない話でございます」
 
「おめでとう!……そうすると、ジュリアも当然辞める事になるのかしら……ね……?」
 
「そうさせて頂ければ、と。
 今でもかなり楽をさせてもらってるのにそんな事は言えない、とジュリアは言うのですが、彼女は腰と膝が最近良くないので、厨房で長時間立ちっぱなしというのは私としては心配なのです」
 
 家族のように暮らしていたから念頭になかったけれど、ジュリアもとうに引退する年頃であった。
 
 一気に2人も屋敷から家族が減るのね……と悲しみが押し寄せたが、結婚というおめでたい話でもある。
 
「ダーク、ジュリアまでいなくなるのは寂しいけど、気持ちよく送り出すしかないわね」
 
「──ああもちろんだ。
 アーネスト、本当に長い間お世話になった。
 俺にも有り得ないはずの妻や子供に出会えるという奇跡のような幸せが訪れた。
 アーネストもジュリアと幸せになってくれ」
 
「……ありがとうございます。
 と大げさに申しましても、見つけた住まいはマーブルマーブルの町外れですので、何かあればいつでも参りますよ。ボロ家なのでリフォームが終わるまであと2ヶ月ほどお世話になりたいのですが」
 
「勿論だ。ところで結婚式はどうする?」
 
「とんでもない!私たちをいくつだと思っておられるんですか」
 
「籍を入れるだけっていうのはダメよ。
 せめて結婚披露パーティーでもしましょうよ、内輪だけでいいから!」
 
「いえ、ですが……」
 
「ルーシーみたいにウチの屋敷でやりましょう。ね?
 おめでたい事は皆で祝うものよ。ね、ダーク?」
 
「そうだぞ。何たって俺の第2の父だしな。それに父上も祝いたいと思うから、手紙も出したいし」
 
 ダークのお義父様もこれまた見目麗しいイケオジだが、領地の別荘の方に引っ込んでいて、釣りをしながらのんびりご隠居生活である。
 
 そちらで知り合った未亡人と夫婦のように暮らしているが、籍は入れてない。
 
 平民であるその女性が、自分が貴族夫人になんてなったら、独立して家庭もある子供たち夫婦が変に勘違いするのが嫌だかららしい。
 なかなか好感の持てる方である。
 
 今回は是非とも御二人で来て頂きたいものだ。
 
 恐縮するアーネストをなんとか説得して、内輪での結婚お披露目のパーティーを了承してもらった。
 
 
 
 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 
 
 その晩。
 
 お風呂から出て髪を乾かした私は、寝室でぼんやりと窓から外を見ていた。
 
 屋敷の明かりで微かに庭の様子が見える程度で、日本に住んでいた時みたいに、どこもかしこも常夜灯などがついている世界ではない。
 だが、むしろその暗闇が落ち着くという時もある。
 
「──リーシャ、どうした?」
 
 同じくお風呂から出たダークが背後に立ってそっと腰に手を回す。
 
 
「ダーク……私、本当におめでたい事だと思ってるのよ? とっても嬉しいの」
 
「ああ」
 
「だけど、それと同時に、すごく寂しくてね……。
 何だかずうっと同じように暮らして行けるものだと思ってたみたい。
 まあ考えてみたら、子供たちだって大きくなったらお嫁入りしたり、独立したりするのよね」
 
「そうだな」
 
 頭を撫でるダークの手がいつも優しくて気持ちいい。
 
「なあ、モノは考えようだ。
 子供たちが結婚して家を離れるのは寂しいが、家族が増えるって事でもあるし、孫とか出来たらきっと孫バカになるぐらい可愛がる事も出来る。リーシャの家だってお義父さんとお義母さんは立派な孫バカだ」
 
「立派な孫バカっていうのも何だかアレだけど、事実ね確かに」
 
「時の流れってのはみんなに平等に訪れる。
 年月が経てば結婚する子もいるし、仕事で遠く離れる場合だってある。仕事も引退する時期が必ず来る。でも過ごした楽しい時はいつでも思い出せるし、思い出は増える一方だろう?
一緒に過ごすことだけが家族のあり方じゃない」
 
「……そうね」
 
「それに俺は死ぬまでリーシャにひっついて離れないから、最終的に俺だけはもれなくそばにいるぞ。
 よいよいのジーさんになるまで面倒見てくれると言っただろう?
 子供たちも独立したり嫁に行ったら、セカンドハネムーンに行って2人でイチャイチャしよう。海の傍に別荘でも買って、気が向いたら釣りに行くのもいいな」
 
「いいわねぇ。バー様になっても手を繋いでくれる?」

「俺が手を引かれている可能性も高いけどな」
 
 くくっと笑ったダークが私をぎゅっと抱き締めた。
 
「なんなら、もう1人か2人子供を増やして賑やかにするのでもいいぞ?」
 
「──その腰に当たるモノで今までのムードが色々と台無しなのですが、その辺りどのようにお考えでしょうかシャインベック指揮官どの?」
 
「はっ。誠に遺憾に思う次第でありますが、妻への有り余る愛情がムスコにも伝わった、かように考えております」
 
 ダークは私を抱き上げ、ベッドにそっと下ろすと、
 
「改めてマダムの心の隙間を埋めるお手伝いをさせて頂けますか?」
 
 とまたキラキラと眩しい顔で微笑んだ。
 
「心の隙間より先に体の隙間が埋められそうだけど、誤解しないでね。
 私はダークが居てくれるだけで幸せなのよ?」
 
「ウチの嫁がとにかく可愛い……。ちなみに、リーシャが可愛いとかけて、明日は公休と解く」
 
 聞きたくない不穏な言葉が投げられた。
 
「……えーと、そのココロは」
 
「心の思いの全てを朝まで伝えられる」
 
「待って!ダークは公休でも私は仕事あるのよっ」
 
「……じゃあ日の出前まで」
 
 渋々という口調で呟くと、いそいそと私の寝間着のボタンを外していく。
 
 日の出ってあと何時間あると思ってるのよ。
 朝までとか断固断りたい!
 
 私は内心怯えつつも、ダークがシャツを脱いだ時の鍛え抜かれた上半身にそそられてしまった。
 
 
 
 どうせ私は前からダークには最弱なのである。
 
 明日の寝不足は確定した、と思いながら口内に舌を這わせるダークの背中にそっと腕を回すのだった。
 
 
 
 
 
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