巻き込まれ女子と笑わない王子様

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

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「……あれ?」
 私は体を起こして一瞬状況が分からずに周りを見回した。
 いつも掃除で出入りするゲストルームだが、私が寝ている理由が分からない。気づけば腕に包帯は巻かれているし、頭も体もズキズキと痛む。
(ええと……)
 確か山にピクニックに行って、帰り道に雷雨に遭って雨宿りしたら、ジュリアンのそばにハチの巣があって……あ、私コケて斜面を転がり落ちた気がする。誰かが助けてくれたんだな。いやあ本当に私ってばドジだなあ、迷惑掛けちゃった。
 そんな反省をしていると扉が開き、水差しをトレイに乗せたジュリアンが入って来た。
「トウコ! 起きてたのか? 気分はどうだ?」
 私が目覚めていたのに驚いたジュリアンが、慌てたように近くのテーブルに水差しを置くと私に駆け寄って来た。
「あの、ご迷惑掛けてすみませんでした! 私落下した後から覚えてないのですが、どなたかが王宮まで運んで下さったのですか?」
「ああ、私が背負って運んだ。騎士団の人間は他に荷物も抱えていたのでな」
「ひいいっ」
 私は顔を引きつらせた。
 王族におんぶされて山を下りたですと? 気を失った人は普段より重たくなると聞くのに、いくら何でも不敬すぎやしないだろうか?
「すすすっ、すみませんすみません! 覚えてないとは言え大変なご無礼ご迷惑を」
 ベッドの上で正座をして土下座をしようとしたら頭をそっと手で押さえて止められた。
「頭を揺らしてはダメだ。コブが出来るぐらい打ったのだから安静にせねば。──それに私が恥知らずに大騒ぎしたのが元々の原因だから謝るな」
 そっと顔を上げると、羞恥で頬を赤くしたジュリアンと目が合った。
「──え? いや、下手すれば命に関わるじゃないですか。刺されて寝込んだんですよね以前?」
「ああ。だがたかがハチごときにあんなに動揺するなんて、王族として流石に情けないだろう?」
「……あの、少々お伺いしたいんですが以前寝込んだ時、体が腫れたりとか赤い発疹が出たり意識が朦朧としたりしませんでしたか?」
「ん? ああ、私は記憶にないのだが、父上が赤い発疹が出たとか言っていた覚えがある」
 ああ、この国ではまだアナフィラキシーショックみたいな概念は一般的ではないのか。
 私は自分が知っている限りの知識で説明をした。
「……なんと……食べ物でも同様のことが起きることがあるのか……」
「はい。それとハチや虫に刺されることで体が過剰に反応して、不要な毒素を排除するような働きをする場合があるんです。免疫反応って言うんですけど。それで発疹とか腫れとか呼吸困難、まあ色んな症状が出ます。大げさでなく、本当に死ぬ方がいるんですよ、私のいた国でも。だから体が本能的に危険を感じてしまうのは仕方ないし、情けなくはないです」
「そうか……だ、だがトウコも何カ所か刺されてたようだが命に別状はないのか?」
「ああ、個人差がありますからね。何度も刺されたことありますし、私は平気です。ジュリアン様もご無事そうで安心しました」
「シートをケヴィンが被せてくれて、ハチの巣を駆除するまでは出さなかったからな。……だがトウコが注意を引き付けてくれたからこそだ。本当に申し訳なかった」
 ジュリアンが頭を下げようとするので、思わず手のひらでおでこを押さえ頭を止めてしまった。
 いやこれも大概失礼ではあるが、何もしてないのに王族に謝罪される方がよほど怖い。
「本当にやめて下さい。私が勝手にコケたんですからジュリアン様のせいではありません!」
「いやしかし」
「私が踏ん張れたら問題なかったんです。私に全責任があるので気にしないで下さい」
「……ありがとう」
 見目麗しい顔で感謝をされても困る。だってちょっとハチの巣の前でバタバタしただけで、具体的に私は何もしてないんだもの。ハチの巣を駆除したのも、シートで覆ってジュリアンが刺されないようにしたのも騎士団の皆さんとケヴィンだ。
「それでですね……その……ここにいても落ち着かないので、自分の部屋に戻りたいのですが。ナイトのご飯も用意しないと」
「あ、ナイトなら窓のテラスにいるぞ。中に入れと言ったのだが足を上げて見せて来てな。恐らくだが、山歩きで汚れてるのを気にしたんじゃないかな」
 私が窓を見ると、窓ガラスのあちこちに肉球の跡がついており、私が目覚めたことに気づいたナイトがカリカリと窓を引っかいていた。
「こらナイト! ガラスに傷つけたらダメだってば」
 私は慌ててベッドから下りると窓を開けた。外はもうすっかり日が落ちていた。
『おいトウコ無事だったんだな? ずっと起きないから……良かった、ホント良かったよお!』
 私に飛びついたナイトが私に強く頭を擦り付けて来た。
「大丈夫だってば。私は結構頑丈なんだよ」
『お前が死んだら俺の家族がいなくなんだろうが。もっと気をつけろバカトウコ!』
 ナイトは怒っている口調だが、本当は不安だったのだろう。服に爪がガッシリ食い込んでいる。
 逆の立場だったら私だって心配でどうにかなりそうだもんね。ちょっと痛いけど心配させたお詫びだ、我慢しよう。
『もう俺らの家に帰っていいのか?』
「あ、そうだね」
 私は黙って私の隣に立っていたジュリアンを見る。
「ジュリアン様、ご迷惑掛けてすみませんでした。ナイトと自室へ戻ります」
「──ああ。こちらこそ悪かった。三日ほど休むといい。私から副メイド長のミシェルには言っておく。打ち身などは翌日以降に痛みが酷くなるからな」
「え? よろしいんですか? すみません、ありがとうございます」
 ここはパシッと明日からも元気に働くと言いたいところなのだが、明日どころか現時点でも結構あちこちが痛みがある。ここは素直に休ませて貰おう。
『王子様は親切だな! 俺からも礼を言っとくぜ。ありがとよ!』
「……ナイトの様子を見ると、お礼を言われているのかな?」
 ジュリアンがナイトの様子を眺め私に顔を向けた。
「ジュリアン様、大分ナイトと意思疎通出来て来てますね。その通りです」
「……私も猫だけではなく、いい加減人との意思疎通も図らねばな」
 ジュリアンは少し笑みを浮かべ、別れる際にそう小さく呟いた。



 そして私が仕事に復帰すると、驚いたことにジュリアンの発言は現実になっており、引きこもりの王子様は、生まれ変わったような陽キャに変貌していた。……いや、陽キャは嘘だ。
 穏やかな話し方はそのままだし、動きも上品で気品溢れまくりの眩い美青年なのだが、積極的に外の世界に関わるようになっていた。



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