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第三章/守るべきもの
37.拒絶
ラルス殿下に呼ばれる頃には、会はお開きとなっていた。
招待客がまばらに帰宅していく中、カールハインツは王太子殿下に呼ばれたまま戻って来ない。
ユリアーナが眠たそうにしていたので、仕方なく帰ろうかと逡巡し、近くにいたメイドに声をかけていたところ、殿下の侍従がやって来た。
「大変お待たせいたしました。ブランシュ公爵夫人、ラルス殿下のもとへご案内いたします。お嬢様もご一緒にお越しください」
タイミングとしてあまり良くはないが、臣下として王族の呼び出しには応じなければならない。
眠気を堪えているユリアーナの手を引いて、私は侍従について行った。
「マリー」
途中でカールハインツも合流した。先程取り乱したこともあって気まずくなる。
「ラルス殿下に呼ばれたのか?」
「え、ええ。ユリアーナが眠そうにしていたからどうしようかと思っていたら侍従の方が呼びに来たの」
手を繋いだまま目を閉じていたユリアーナは、父の顔を見てきゅっと顔を顰め、繋いだ手を強く握ってきた。
「ユリアーナ、抱っこしようか?」
「……いいです」
「だが……」
「大丈夫です」
眠気に抗いながらカールハインツにも抗い、私のドレスに顔を埋めた。
先日の件もあり、まだユリアーナの中でわだかまりとなっているのかもしれない。
途方に暮れた表情のカールハインツと共に、ラルス殿下のもとへ向かう。
彼にも記憶があるのか、この際だからハッキリとさせておいた方がいいだろう。
「待たせてしまってすみません。少しお祖父様と父と話していたものですから……」
「いえ……」
案内された先にいたラルス殿下が立ち上がり、丁重に頭を下げた。私の後ろにいるユリアーナに目線をやり、小さく目を見開いたあと表情を緩めた。
「ユリアーナ嬢はお疲れの様子ですね。別室で横になりますか?」
「……いえ、私は大丈夫です……」
ラルス殿下に声をかけられ、一瞬シャキッとするが、襲いくる眠気には抗えないようだ。
「ユリアーナ、お借りしましょう」
「でも……」
「お母様のお話が終わったら起こしに行くから」
ユリアーナは閉じかける眼を擦り、必死に抗っている。
「……お母さまのそばがいい……」
私のドレスをぎゅっと掴み、抱きついてくる。
……うぁあああああああ、かわ……かわい……可愛い、だめ、も、悶える……。
それと同時に無防備なユリアーナが私を頼ってくれていることに不謹慎かもしれないが喜びが増す。
そばで見ていたカールハインツも、先程抵抗されたせいか呆然としていた。ちょっと愉悦。
「すみません、殿下。……ソファで横にならせていただいてもよろしいでしょうか?」
不敬かもしれないが、心細くて甘えてくれるユリアーナをこのままにはしておけない。
ちらりとラルス殿下を見てみれば、なぜだか泣きそうな顔をして、手がわきわきとしていた。
それを見て危険を察知し、ユリアーナを後ろに隠す。するとラルス殿下はハッとして、目を逸らし顔を赤らめて咳払いをした。
「す、すみません。ユリアーナ嬢は夫人のそばで寝かせて構いません。そちらに座ってください。話をしましょう」
……もしもラルス殿下に記憶があると仮定すれば、中身は18歳くらいの青年だ。それが6歳の少女に対していわゆる萌えているのであれば、危険な存在となる。私が守らねば。
それは隣にいるカールハインツも何となく感じ取っているようで、そこだけは気が合うのだな、と漠然と感じた。
ユリアーナはとっくに限界を迎え、ついにうつらうつらとし始めたため、抱き上げてソファに移動する。
「お母さまのいいにおい……」
ふふふ、と笑って、夢の世界へ行ったようだ。
すっかりと安心しきって私にもたれかかってくる重みにじんわりと幸せを感じる。
なんとか移動してソファにゆっくりと腰を下ろし、身体をずらして頭を膝に乗せた。
気を利かせたメイドがブランケットをかけてくれるのを見て、私はラルス殿下に向き直る。
「ラルス殿下、先程は取り乱してしまい申し訳ございません」
私はまず、ラルス殿下に頭を下げた。先程の失態に対する謝罪だ。カーテシーができないのは許してほしい。
「……いや、構わない。私も……気持ちは分かるから」
「ありがとうございます。……それで、お話とはなんでしょうか」
この世界ではまだ7歳の殿下の目は、何も知らない少年のままではない。
先程の態度もそうだった。落ち着いて、達観して、全てを諦めた老兵のような表情に息を呑む。
「何から話せばいいのか、自分でもよく分からないのです。けれど、まずは謝らせてください」
膝を握り締め、俯いた殿下は痛みを堪えているかのような表情をしている。
「……誰に対して、何の謝罪ですか?」
「それは……」
顔を上げたが言い澱んで唇を噛み締め、結局俯いてしまった。
傍から見れば7歳の少年、しかも王子殿下相手にいい年の女が責めているような構図だろう。
人払いはなされているが、扉の近くに待機している護衛や侍女はこちらに警戒心を顕にしている。
ラルス殿下の言葉を待ったが、発することはない。膠着状態を打破するため、私の方から切り出した。
「婚約者であるユリアーナを蔑ろにし、クラーラにうつつを抜かしたことですか? 婚約破棄された令嬢の未来も考えず、公衆の面前で婚約破棄を宣言したことですか? あれだけ『なにもない』と言っていたクラーラに、婚約破棄を宣言したあとすぐに再婚約を申し出たことですか? それとも……ありもしない罪を着せ、ユリアーナを冤罪で殺したことですか?」
ラルス殿下は顔を上げ、くしゃっと顔を歪めた。
カールハインツも驚いた顔をして息を呑む。
二人に前回の記憶があったとして、その場にいなかった私が知っていることが不思議なのだろうな、と伝わってくる。
「……全て、です。今のこの世界は、私の記憶では二度目になります。私は……、時間を巻き戻す前の私は……最大の過ちを犯しました。だから、あなたの夫であるブランシュ公爵と、ノワール公爵の協力で時間を……巻き戻したのです」
その声は、苦しみを吐き出すように綴られた。
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