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本編
それは単純な、初歩的な、とても大切な事
しおりを挟む「ヴァレリア、待って。─そうだ、何で釣書を贈ってきた?」
急に贈られてきた大量のそれは、どこぞの見た事も無い(覚えてないだけかもしれない)御令嬢のものだった。
勿論俺はヴァレリア以外に必要ない。
「殿下に必要かと思いまして」
その言葉に思わず絶句した。
なんで、なんで?何が起きてる?どうして。
頭の中ではぐるぐるとひよこが踊り出す。
ぴーよぴーよピョッ、あ、一羽転んだ………
って現実逃避してる場合かしっかりしろ俺!
「俺にはヴァレリアという婚約者がいるだろう?」
頼む、そうだと言ってくれ。
「殿下には私より相応しい方がいらっしゃるのでは?」
「いない。ヴァレリア以外にいるわけないよ。ヴァレリア以外に、相応しいとか」
何でそんな風に思うんだ?
俺は何を間違えた?
先人の教えにこのパターンは無かった。
婚約者の女性から、本人以外の釣書が送られてくるとか。
王道でない事は止めておけと習わなかったのか!?
「……でも、本当の愛を見つけられたんでしょう……」
ぽつりと呟く声はか細く、ぐるぐる思考する俺の耳には届かず……
「ごめん……、でも、婚約だけは、解消したくない。俺の……わがままかもしれないけれど」
ヴァレリアが好きだから。
嫌われても、そばにいたい。
俺の名前を呼ばれなくても、それでも。
「お帰り下さい。……私も、気持ちの整理をつけたいのです」
明らかな拒絶の声。
俺は何度か口を開き、何も言えず。
「……また来る」
そう言って部屋を出た。
ロックハート邸を出るまで俺は泣かなかった。
その代わり馬車に乗るなりボロボロ涙が出て止まらなかった。
何回拭っても拭っても、じょびじょび溢れ、身体中の水分てめちゃくちゃいっぱいあるんだなぁ、なんて頭の片隅で考えながら王城に着くまで泣いた。
「お帰りなさいませ殿下……」
「うぉぅ、おぉう、うぐっえっびえっふぐっずびっ」
「……手遅れでしたか」
アイザックが溜息を吐き、俺を引っ張って俺の自室へ連れてってくれた。
こいつ、優しいなぁ。
何だかんだ悪態つきながら面倒見いいんだよなぁ。
俺が女なら間違いなく惚れて……
いや、裏があるから嫌だな。やっぱり。
それに俺は誰が何と言おうとヴァレリアがいい。
女になってもヴァレリアと一緒にいたい。
自分でもこんなに好きとか気持ち悪いと思う。
俺がヴァレリアなら逃げてる。
今まで逃げなかったヴァレリアすごい。
また惚れ直してしまった。
「お、おで、ぼう、おうだいじやべだい……」
後から後からあふれる涙につられて鼻水まで出てくるから声もおかしくなってしまう。
「辞めていいですよ。その代わり、ロックハート嬢との婚約は維持できなくなるかもしれませんが」
「ふぎゅぐぐぐ……。おで、やっばやべだい……」
「どっちですか……」
アイザックがきれいなハンカチを渡してきたから思いっきり鼻をかんでやった。
すっごく嫌そうな顔された。
「ヴァデディア、おごっでだ。謝ったが、つべだがっだ。もう、わがらん、どうじだらいい……」
「隣国に行ってる間に何かあったんでしょうね。ちょっと調べてみましょう」
「ゔ」
こくりと頷くと、アイザックは影を呼び、何かの指示を出した。
俺より王太子らしい。かっこいい。
「殿下はロックハート嬢が本当に好きなんですね」
「ゔ」
こくりと頷く。
「どんなところが好きなんですか?」
ヴァレリアの好きなところ。
「イチゴが酸っぱくて顔がクシュッてなるところとか、カラリオ様を見て瞳をキラキラさせてるところとか、咽て涙目になったところとか、ちょっと素直じゃないところとか、意地っ張りだけど嬉しい事はすぐに顔に出るとか、何だかんだ俺を気にかけてくれたり、王太子妃教育とか大変なのに弱音吐くどころか俺を気にかけてくれたり」
「あ、はい、分かりました。よく伝わってきました。ありがとうございます」
まだまだ沢山あるが、途中で遮られた。
けれど。
「でも、ヴァレリアは……ヴァレリアからしたら、迷惑だったかもしれない。
名前で呼ばれないのも、好きじゃないからかもしれない。
大好きって言われたのは幻聴だったかも。本当は、俺の事」
言いながらまた涙が出てくる。いいんだ。昔お祖父様が泣きたいときは思い切り泣けと仰った。ただし、将来王になるなら程々にしろとも。
「……あの、殿下、つかぬ事を伺いますが」
「なんだ」
「……ロックハート嬢に、ご自身の名を告げた事はございますか?」
「は?」
アイザックは不思議な事を言う。
なあ、皆のもの、聞いてくれ。
アイザックは何を当たり前の事を言ってるんだ?
名前を告げた事があるか?
そんなの、あるに決ま──
えっ
えっ、ん?
まさか!?
そんな、まさか!?
いやいやいやいやありえんだろ?
知ってるか?
身分が上の者はな、自分が許可しないとな、原則として下の者から名前を呼ばれる事は無いのだぞ?
これは貴族社会の常識だ。今のうちに覚えてくれな。
それを踏まえた上で、はい。
──回想──
『き、君の名前を聞いてもいいかな?』
『は、はい、申し遅れました。
ヴァレリアと申します。ヴァレリア・ロックハート。ロックハート公爵家の長女でございます』
『君によく似合っているね。その姿も、月の女神様みたいで素敵だ』
──回想終了──
ホーワッター!!
あなや!よもや!!まさかの!!!
「ア、アイザック、俺の名を言ってみろ……」
「……殿下から許可を頂いておりませんので、お呼びするわけにはいきません」
あ、あれ、これ、もしかすると。
何が悪いとか何が間違いとかの前に、初歩的な、本当に些細な、単純ないわゆるケアレスミスとか言うやつがどんどん重なって何か知らん間に拗れなくていいやつが勝手に拗れていったパターンでは?
そしてその原因を作ったのは間違いなく俺。
誰か穴があったらいっその事埋めてくれ!!
「アイザック、俺の名前は」
「それ、一番に教えるのが俺でいいんですか?」
アイザックに言われ、俺は口をチャックした。
「もう一度、ロックハート邸に行って来る」
「今から!?」
「拗らせは気付いた時点で解消しろ、って書物は教えてくれた」
「……毒も使用方法を変えれば薬になるとはこの事ですかね。
行ってらっしゃいませ。確かに早いほうがいいでしょうね」
そうして俺は部屋を飛び出た。
待っててくれ、ヴァレリア。
今、俺の名前を伝えに行く!!
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