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本編
自分の弱さ【side 婚約者令嬢】
しおりを挟む殿下が視察から帰国されたのは王太子妃教育の帰りに聞いてはいた。
けれどアカデミーに来ていない。
視察に行かれてる間は手紙もあったけれど、帰国してから途絶えてしまった。
そしてにわかに囁かれだした噂。
『高貴な方が隣国の御令嬢に一目惚れをした』
高貴な方と言えば殿下。
つまり殿下は隣国の御令嬢に一目惚れをしたと言うこと。
それならば、仕方ないわ。
隣国にいる間はその方との逢瀬を楽しみ、帰国してからは会いたくて苦しんでらっしゃるのね、きっと。
そのうち全てを投げ捨て、その方の下へ走って行かれたら、と思うだけで私の胸は張り裂けそうだった。
隣国に行く前に一緒に行った歌劇の物販で殿下が引き当て、私に下さったカラリオ様の絵姿に縋るけれど、胸の痛みは取れない。
当たり前だけど、カラリオ様は殿下ではない。
黒い髪に焦げ茶の瞳のカラリオ様と殿下は似ても似つかない。
代わりになどならないのだ。
あのキラキラ輝く殿下は、たった一人の私の好きな人。
ちょっと頼りないかもしれないけれど、素直で一途でがむしゃらで。
真っ直ぐに私を見つめて下さる方。
名前を呼ぶ事を許可されていないけれど、それでも殿下は私を「愛している」と仰った。
心変わりをしたなら仰ってくれたら。
そう思うけれど、物語のように「君との婚約を破棄したい」とか言われて、私は取り乱さず頷けるのかしら。
無理。無理よ、そんなのを受け入れるなんて、……できない。
どうしてみんな聞き分け良く頷けるの?
心変わりを責めずにいられるの?
貴族令嬢として取り乱すのは許されないから?
でもそうして守って、みな、失っていたわ。
その後幼馴染みだとか殿下の側近だとか弟殿下が「実は君のことが好きだったんだ」って現れるけれど、私はそんな簡単に受け入れられないわ。
でも。
それは私の身勝手な感情。
もし殿下が心変わりをされたなら、それは私にも至らない部分があったと言う事。
望まれないなら身を引かなくてはいけない。
それでも一度は話さなければいけない。
決意したのは良いもの、殿下に会う事ができなかった。
何かの陰謀?強制力?
アカデミーも欠席、王宮でも周りの方が忙しなくしていて声も掛けられない。
身分を振りかざすのも躊躇われ、仕方なく会えないまま帰る。
手紙の返事もやはり無い。
そうして、殿下は再び隣国に行かれた。
あの噂は本当かもしれないと思わせるのに充分だった。
きっと我慢できず会いに行かれたのだわ。
違う、殿下が私を裏切るはずが無い。
人を謀るとかできそうに無い方よ。
アイザック様なら裏で色々動いてても不思議ではないけれど、殿下は誰かを騙したりできるような方では無いと思うわ。
信じたい。
でも信じきれない。
自分の弱さに嫌気がさす。
友人たちは「噂は噂でしかないわ」と言ってくれるけれど。
真実を確かめられない間、私は苦しい気持ちを抱えていた。
殿下にようやくお会いした時、嬉しいのに苦しくて、責めてしまわないように貼り付けた笑みを見せた。
「連絡できずにすまない。帰国して、ずっと執務に追われていた」
そう言って頭を下げた殿下。アカデミーに来れないくらい忙しかったのは本当なのだろう。
「頭を上げて下さい。……お疲れ様でございます」
すんなりと労えた。少しホッとする。
「隣国に行った際、ちょっと想定外の出来事が起こって、帰国してから対応に追われていた」
想定外に恋に落ちた、という事かしら。
よほど素晴らしい出逢いだったのね……。
「……さようでございますか」
もう、その方とは親密になられたの?
「あまりにも想定外過ぎて、再度隣国に行ったから、とりあえず今は落ち着いている」
あまりにも愛しすぎて、わざわざ再度お逢いに行かれるほど……。そこまで殿下はその方に想いを寄せてらっしゃる……。
「それはようございました」
もう、無理かもしれない。
「ヴァレリア、ごめん」
「それは何に対しての謝罪ですの?」
謝罪されるくらいなら、いっその事。
「えっ……」
「それは……」
「聞きたくありません」
本当は行かないでほしいのに、意地を張ってしまって。
殿下は悪くないと思うのに、責めてしまう。
釣書を贈っても、本当は他を選ばないでほしい。
だから私の釣書も混ぜている。
わがまますぎて嫌な女だわ。
面倒くさい女。私が殿下なら私を選ばない。
「……でも、本当の愛を見つけられたんでしょう……」
私以外に。
「ごめん……、でも、婚約だけは、解消したくない。俺の……わがままかもしれないけれど」
否定されなかった。
決定的ね……。
それならば。
「お帰り下さい。……私も、気持ちの整理をつけたいのです」
いつか、大好きな貴方から婚約を解消されても取り乱さないように。
「……また来る」
そう言って、殿下は部屋を出た。
殿下が馬車に乗ったのを窓から確認して。
「ふぅうううええええ…………」
あとからあとから涙が溢れてきた。
あまりにもぼろぼろあふれるから、人間って随分水分を溜めておけるのね、なんて変に冷静になってしまったわ。
私の嗚咽を聞いてか、侍女のカミラが入室してきた。その手には水の入った桶を持って、心配そうにしている。
タオルを固く絞って、私の目に当ててくれる。
未だ涙は止まらないけれど、ひんやりして気持ち良かった。
「カミラ、私はどうしたら良いの……」
「お嬢様は堂々となさってればよろしいかと」
「堂々となんてできないわ……」
「しっかりなさいませ。お嬢様は未来の王太子妃なのですから」
今はその立場が危ういのだけれど。
「……しかし、私は殿下が心変わりをしたとは信じ難いですね」
「そうかしら」
「あの方はお嬢様の為に王太子という職務を全うされてるように思うのです」
私の為に……?
「お嬢様は公爵家の御令嬢。お嬢様に相応しくあろうと、王太子としての地位を保持されている。私はそう感じます。だから、お嬢様は堂々となさいませ」
それが本当なら、私こそ殿下の隣に立てるように努力しなくてはいけない。
例え隣国の御令嬢に心変わりをされたとしても。
婚約解消されるまでは、私が殿下の婚約者なのだ。
「ちなみに釣書は架空に変更しておきましたので」
「えっ」
「実際の御令嬢のものを送ると後から問題がありますでしょう?」
「それは……そうだけど」
「これきりになさらないと、いつか本当に他の方を選ばれないとも限りませんからね」
「……分かったわ」
「それから。下らない噂に振り回されず、殿下をお信じなさいませ」
「肝に命じます」
アカデミーの噂を信じ、殿下を疑った事は恥ずべき事。
私も変わらなければいけない。
……いつまでもグチグチせず、真実を知らなきゃいけない。
その後、再び訪れた殿下のその目が腫れているのを見て。
もう、逃げない、と覚悟を決める事にしたのだった。
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