【完結】王太子は、婚約者の愛を得られるか

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本編

君にそばにいてほしい

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 馬車を回して再びロックハート邸に着いた時には陽も沈みかけた頃。俺を出迎えたのは、ちょうど帰宅した公爵だった。

「おや、これは王太子殿下、ご機嫌麗しゅう存じます。このようなお時間にどうされましたかな」

「ロックハート公爵、いきなり押しかけて申し訳無い。至急ヴァレリアに話したい事があるんだ。取り次いで頂けるだろうか」

 公爵は訝しげにこちらを見て、落ち着いて口を開いた。

「淑女に逢う時間ではありませんね。日を改めてはいかがですか」

「日を改め、後日にして失敗した例を沢山見て来た。同じ過ちはしたくない。頼む。お願いします。
 ヴァレリアに会わせて下さい」

 俺は頭を下げた。ちなみに失敗例は勿論書物からだ。あれらは俺にとっては最早教科書。
 失敗しない為の教訓となりつつある。

 しばしの沈黙。
 やがて重苦しい溜息が公爵から漏れた。

「以前もされておりましたが、王太子殿下であろう方が、臣下に対してむやみに頭を下げてはなりません。
 未来の主としての質が問われますぞ」

「王太子でも、必要とあらば頭を下げる。そこに身分は関係ない。
 今やらねばならぬ事の為に、未来の為にも、後悔する前に俺が頭を下げる事で解決できるならいくらでも下げる」

 今動かなければ、この先益々拗れる。
 ただでさえいらぬすれ違い。これ以上後回しにできないのだ。

「……分かりました。頭を上げてください。
 ヴァレリアは今非常に落ち込んでいます。何故だかお分かりですか?」

 公爵の厳しい顔。
 だが俺は頭を振った。

「隣国に行ってる間に何かが起きた、とは推測しているが、何が起きたとまではまだ分かっていない」

 ヴァレリアを落ち込ませる何か。
 俺の信用を失わせる何かがあった。
 どんな陰謀でもかかってこい。俺がぶっ潰してやるぞ!

「…私も聞いた話でしか知りませんが。
 アカデミーで囁かれているそうですよ。
 殿下が、隣国の御令嬢に恋をしたという噂が」

 何を言われたのか分からず、俺は瞬きを繰り返した。

「はぁ?はぁあああああ??」

 誰が?誰に。はぁ?隣国の御令嬢?ナニソレオイシイノ?誰の事?
 よほど俺が変な顔をしたのだろう。公爵も豆鉄砲くらった鳩みたいな顔をしている。

「これはこれは……」

「こ、公爵、つまりヴァレリアはその噂を」

「信じておりますね」

「俺は今初めて知った……」

 世界は広いな大きいな。
 俺の知らない事が沢山ダナー。

「殿下から便りが届かなくなったのも信憑性が増した原因の一つです。王太子妃教育の帰りに会えなかったのも」

「ヴァレリアは帰りに寄ってくれていたのか!?」

「はい。かなり忙しそうだったと言っておりました」

「言ってくれたら……」

 そこまで言って、俺はハッと気付く。
 アイザックが腑抜けてた間、指示系統が乱れ報連相がめちゃくちゃになった。応援要員として臨時的に補佐に来た文官も大勢いた。
 だから俺の婚約者の顔をよく知らない可能性もあるかもしれない。
 ヴァレリアが来ても「多忙につき」で断られていたとしたら…。

 何を於いても王太子の婚約者がわざわざ会いに来たのだから通すべきなのだが、それすら頭が回って無かったと思えばやはりアイザックべったりな今の体制はマズイ。

「公爵、申し訳無かった。俺の不注意でヴァレリアを傷付けた事は否めない。
 それも含めきちんと謝罪と説明をしたい。
 改めて、取次を願う」

「かしこまりました。娘の部屋は……分かりますね」

「ありがとう」

「しっかり誤解を解いて下さいね。
 でないと」

 その後に来るであろう言葉を想像して、ヒュンってなった。
 そうならない為にも、ちゃんと紐解こう。


「ヴァレリア、いるかな」

 扉をノックして、返事を待つ。

「ヴァレリア、入ってもいいかな」

「……どうぞ」

 中からの返事を受け、俺は扉を開けた。
 部屋の真ん中辺りにあるソファに彼女は座っていた。
 近寄ってみると、その瞳は赤い。泣かせてしまったのか、と胸がどきりとした。

 俺はヴァレリアの前に跪き、彼女を見上げた。
 ビクッと肩を震わせ、瞳に涙を溜めた彼女が映る。


「公爵から聞いた。俺が隣国の御令嬢に懸想したという噂が流れていると」

 ヴァレリアの手に触れる。一瞬引っ込められそうになったが、しっかりと捕まえた。

「それは誤解なんだ。俺が好きなのは、君だけだ」

 ヴァレリアの瞳が揺れ、はらはらと雫がこぼれ落ちた。

「でも……、殿下が……」

「噂がなぜそうなったのかは分からないが、隣国の御令嬢に恋をしたのはアイザックだ」

「……へっ」

「最初に視察に行った時、一目惚れをしたらしい。だがその御令嬢には婚約者がいてな。
 アイザックは忘れようとはしたが中々難しいらしく、現実を見せにもう一度行った。
 その間アイザックは仕事が手に付かなくなってしまって、彼中心だった指示系統が乱れて王太子の婚約者が来ても知らせがないなんて由々しき事態が起きたんだ」

 有能な者に頼るのは悪くないが、臨機応変できるように人材育成しなければならないのは今後の課題だ。

「だから、すまない。いらない心配をかけ、いらないすれ違いが生まれたようだ。
 俺が気付けば良かったんだが……まだまだ有能には遠いらしい」

「殿下……」

 ぽたり、とヴァレリアの眦からこぼれ落ちる。俺はそれを指の背で拭った。

「ヴァレリア、俺は完璧にはなれない。だが、君がいれば頑張れるんだ。
 だから、これからも側で支えて欲しい」

「殿下……。それは……もちろんです。
 ……すみません。王太子殿下の婚約者でありながら自らの感情を優先してしまいました。お恥ずかしい限りです」

「俺も不安にさせてしまったから、おあいこだ」

「ありがとうございます……。私、もう、後ろ向きな考えは止めますわ。
 今まで様々な事に振り回されてしまいました。でも、それは止めます」

 そう言ったヴァレリアの瞳は揺るぎなく。
 しっかりとした表情に、また惚れた。

「ヴァレリア……」

「殿下……」

 俺たちは見つめ合う。
 視線が離せない。離したくない。
 だが、忘れてはいけない。ここに来た大事な理由を。


「ヴァレリア、俺の名前を呼んでくれ」


 その言葉に、ヴァレリアは目を見開いた。




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