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本編

12.義憤に駆られる【side リヴィ】

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 さらりと流れる藍の髪、きらきらと光る金の瞳は不安そうに揺れている。

 初めて対面した時より幼さが消え、より凛々しくなったその人は、かつての私の婚約者だった王太子殿下によく似ていた。
 ──いいえ、本来ならばその表現は正しくない。
 理解できても思考が追い付かなかった。

「……ル、ド……?」

 私の口から漏れた微かな呟きは掠れ、うまく音を響かせる事ができない。
 手は指先から冷たくなっていく。
 足も震えてきたけれど、しっかりしなさいと自分を叱咤する。
 そのうちに私はハッとして、素早くその場に跪いた。

「リヴィ、やめてくれ!私はもう王太子では無いんだ」

 慌ててルドが平伏した私を抱き起こす。
 目がかち合うと、ルドは今にも泣きそうに顔を歪めた。

「だっ、て、貴方は……」
「リヴィ、私はルドだ。ジェラルド・サージェントの名も王太子の肩書も捨てた。王族でもなく、貴族でもない。アミナスの街の警備隊に所属する、ただの平民の男だ」

 ルドの言葉が信じられなくて、私は息を呑んだ。
 まだ混乱している。
 王太子殿下の成婚パレードの馬車には、見知らぬ王太子殿下が座っていて、かつて私が愛しく想った殿下が目の前にいるのだ。
 しかも私が知っている限りは王太子殿下だった方が、今はその肩書も身分も捨て平民だと言う。

「……ぁ、私、名前を……」

 王太子殿下の名前を呼ぶ名誉を頂いてないのに、と、瞬時に震えが起きる。

「リヴィ、リヴィ……、すまない、ごめん、ごめん、すまない……」

 ルドは謝罪を繰り返しながら項垂れる。
 貴方が謝る必要なんて無いのに。

「リヴィ、……いや、レーヴェ・スタンレイ侯爵令嬢様。私は貴女に謝らなくてはなりません。
 かつての私は貴女を傷付け、追い詰めてしまいました。
 どうしようもなく貴女に八つ当たりし、心を切り刻んだ。スタンレイ侯爵から貴女の事を聞いて、私は……自分の愚かさを悟りました。
 それからは……貴女が生きている、それだけを願っていました……」

 ルドはずっと頭を下げたまま、言葉を紡ぐ。

「レーヴェ・スタンレイ侯爵令嬢様。
 貴女を傷付けたのは私の咎です。誠に申し訳ございません」

 それは謝罪の言葉だった。

 私は何と返せばいいか分からず、暫く口を閉じたまま動かせなかった。
 相変わらずルドは額を地面に着けたまま。
 何かを言わなくては。

 〝許します〟

 そう、言わなきゃ。 

 〝私はもう気にしていません〟

 謝罪した人を、許す。

 〝だから〟

 何か、言わなきゃ。
 何か、……何か……、

 なに、を──。

「私は……」

 声を出すと、ルドの身体がぴくりと反応した。

「私は……、貴方を……」

 言い掛けて、雫がぽたりと顎から滴って服に吸い込まれた。

 許したい。嫌い。愛したい。苦しい。好き。消えて。どうして。悲しい。愛しい。胸が痛い。怖い。憎い。愛おしい。今更。

 様々な感情が入り乱れて上手く言葉が出て来ない。

「私は……っ、私、は……」

 ぐちゃぐちゃになった感情は、ぐるぐると渦巻き私の中に淀みとなって濁っていく。
 何かを言いたいのに言葉が出ない。

「リヴィ……、レーヴェ嬢、教えてほしい。貴女が感じた事全て。私に言われて、その笑顔に閉じ込めたもの全て、私に返していいんだ」

 ルドが私を見上げ、言葉を届ける。
 貴方に返したいモノ。それは。

「私はっ…!!痛かった……。苦しかった。嫌だった。アンジェリカ様と比べられるのも、アンジェリカ様との事を聞くのも、全部嫌だった!」

「……ああ」

「もう亡くなったのに!でも、私が醜い言葉を言ったら、きれいなままの思い出の女性には敵わない。だから、笑ってるしか、無かった……」

「……すまない」

 とさり。
 私はとうとう立っていられなくなって、地面に座り込んだ。
 それでも双眸から涙は止まらない。

「全てを受け入れた振りして、私を愛して欲しいって、自分の気持ちに嘘をついて、それも苦しかった」

「……貴女に嘘をつかせたのは私だ」

「生きて、るのが、アンジェリカ様だったら、って、言われた時は……私が生きている事が悪いのかな、って」

「レーヴェ嬢は生きていいんだ」

「どうしてっ、なんで、私は、名前、も呼べず、興味も持たれず、ただ、貴方の言葉を受け止めて」

 次々とあふれる、私の中に溜まった負の感情はルドに全てぶつかって受け止められていく。

「すまない、リヴィ、レーヴェ嬢……」

「愛されなくても、ただ、認めてほしかった……の、に……」

 ルドは再び顔を歪める。何かを言いたいのに、言うのを我慢している顔。
 必死に唇を引き結ぶ。

 けれど。

「……私は…、貴女に、何かを言う資格が無い」

 ズルい人。

「そうやって逃げないで!貴方も何か言って!!」

 ルドはきつく目を閉じる。

 想いが、満たんの杯から、満たされたものが溢れるように。

「好きだ。私、は……、レーヴェを、愛して……いる」

 それは絞り出すかのような、声。
 ずっと、聞きたかった言葉なのに。

「今更だわ……。私は……、もう好きじゃない。貴方なんか、嫌い。貴方を、許さない。大嫌いよ……」

 今は同じくらい傷付けたかった。

 悲痛に歪められた、ルドの顔。けれど、くしゃりと、笑った。

「それで、いい。貴女は、私を許さなくていいんだ。あんな事を言った私を嫌いなままでいい。
 謝ったら許さないといけないなんて、そんな決まりはない。
 貴女は、貴女の気持ちに正直で、いいんだ」

 そんな私に、ルドは全てを受け入れたような顔をして、笑った。
 それは今にも消えそうに、儚くて頼りない笑みだった。
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