偽りの愛 ー 真実かどうかなんて、なぜわかるのでしょうか

苺 迷音

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42 矢印が収束する場 ーChapter セラフィム

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 そこからは、王太子宮の侍女や官吏・官女の聞き取りとなった。

 セレイナの私室を目の当たりにしたセラフィムは、自身の愚かさに胸を抉られるような感覚になりながらも、ひとりひとりと面談していった。

 次々と積みあがる聞き取り書類の山。どれも詳細に補佐官は記載してゆく。聞かれる質問に、どの仕え人も戸惑いながら「包み隠さず話せ。あとで違う事実が発覚した場合、懲罰の重さが変わる」と補佐官に言われ、力なく頭を垂れる者、怯えながらも正直に答える者、様々ではあったが答えていった。

 そこで明らかになったのは、間違いなく『無関心』であった。

 その原因を作ったのは他でもないセラフィム。食事に関して『文句を言うな』という叱責、側妃でありながらも夜伽が無いこと。仕え人たちがセレイナを軽視する要因は、簡単にいくつも見つけることができた。

 何より決定的なのは、側妃の管理は王太子妃である『リージェリア』が行うと、隣国から妃と共に来た侍女がそう伝えたのだと言う。そういわれたならば、彼らは何も言えない。最低限以下のことしか、手をだせなくなる。出納帳についても同様で、皆、セレイナ自身が管理をしていると思い込んでいた。

 面会記録にしても、商人・商店の出入りはあるものの、本当にセレイナと会っていたのかは定かではない。こうなってくると恐らく偽造だろうということは、口にしなくても、誰しもが理解した。

 王后付きの補佐官が

「本日はこのあたりで終了いたします。また明日以降、詳しく精査させていただけましたら。皇后陛下へのご報告は、私の方から行わせていただきます」

 それに続いて、王付きの補佐官も同じく

「国王陛下には、私目の方から」

 二人してセラフィムに頭を下げるが、その姿はセラフィムを軽蔑しているのではなかろうか。と、彼は心の中で呟くしかなかった。

「ああ、頼む。夜に私のほうからも、両陛下のもとへお伺いしたいと伝えてくれ……」

「畏まりました」「承りました」

 その言葉を言い終えた補佐官たちは、執務室を静かに退出した。こうして一日目の調査は終わったが、セラフィムにはもうひとつ、乗り越えなければならない問題が目の前に大きく立ちはだかっていた。

 執務室に残された、セラフィムとチャリオット。流れる沈黙の中、先に口を開いたのはチャリオットの方だった。

「セラフィム殿下……実は……」

 彼も彼なりに、今回の調査で思うところがあったのだろう。最初に見せていた怪訝な顔は消え、苦しそうに眉を顰めながらも、拳を握り小さく震わせている姿があった。

「……なんだ?」

「実は……お伝えしてなかったことが……一点ございます……」

 その口調は非常に重い。一言一言を噛みしめ吐き出すように言葉を紡ぐ。

「言ってみろ……」

「セレイナ元・側妃殿下の件です。側妃候補として名を挙げる前、彼女の身辺について調査をいたしました。その折、ヴァルター・グレイストン公爵との接点があり……これは、噂の範疇でしたので、私自らが殿下にはお伝えしなくていいと勝手な判断をいたしました……」

「待て……ヴァルター公は、ミレーユの夫の、か?」

「左様でございます」

「待ってくれ。それはどういうことだ? セレイナとの接点とは何だ?」

「……その、一部貴族の間で囁かれていたことでして……彼らは親密な間柄で、婚姻するのではないか? と……」

「それはいつの話だ?」

「……陛下がミレーユ・グレイストン公爵夫人と……婚約を解消なさる頃の話でございます……」

 セラフィムの思考が一瞬停止した。どういうことだ? と。それが何か問題があるのか? とチャリオットの言いたいことが理解できない。婚姻前の付き合いであるならば、問題ないのではないのか? そう思った。

「何か、問題がある……のか?」

「受け取り方にもよるでしょうが、ヴァルター公とセレイナ元妃がもし、そういった契りを書面には残さずとも持っていたとしたならば、お二人の仲を裂いたとも言えます。これは、結果論でしかありませんが……」

 そう言われて初めてセラフィムは、チャリオットが何を言いたいのかがわかった。セラフィムは、自身の決断で二度に渡って、セレイナの人生を振り回したのだ。一度目は、政略結婚としてよくある話だと片づけられるかもしれない。だが二度目、側妃として呼び寄せた件は、同じ言い訳では済まない。

「そういう……ことか。俺は、彼女の人生を、知らぬうちに壊していたんだな……」

 セラフィムは大きく息を吐くと、真っ直ぐにチャリオットを見た。

「なぁチャリオット。ここからは友として話してくれないか」

 その言葉に俯き加減だったチャリオットが顔をあげる。彼の眼は、何かを堪えるように、赤く充血していた。

「俺の判断は、過ちばかりだ。それを嫌というほど突きつけられている。リージェリアとの愛を選んだ俺は、愚者だと思うか……?」

「……いや……セラフィム。決して。貴方は貴方が出来る精いっぱいの判断を下してきた。俺は、それを見てきた。そして、あなたの過ちを正すことが、俺の仕事だった。なのに……」

 チャリオットはそこまで言うと、勢いよく大きく深く頭を垂れ、震える身体で絞り出すように言葉を吐いた。

「王太子殿下。この度のことは、全て私の責でございます。セレイナ・エルグレン嬢への重なる不敬はすべて、己の能力不足が招いたことです。どうか、私の任を解いてください」

「それはできん。お前も俺と一緒に、このことを戒めとして胸に置き、今後二度と同じ過ちを繰り返さないように、お互いに見張らなければならないだろう?」

 力なく笑ったセラフィムの顔を見たチャリオットが、再び深く頭を下げる。

「セラフィム、すまない……っ 今後は何があろうと、この度のことは胸に刻み、忘れない。この名にかけて」

「ああ、そうしよう。それよりも、問題は……リージェリアだ」

 大きく立ちはだかるもの。それは自身の妻であり、王太子妃であるリージェリア。

 今回の調査ではっきりとしたのは、全ての証言がリージェリアに収束していること。彼女が自国から連れてきた侍女や官女。どの事柄においても、彼らが関わっている。もしかしたら独断で動いたかもしれないが、リージェリアの名前を出しているのだ。その名を口にする以上、裏にはリージェリアの意思が大小に関わらずあったのだろうと、思わざるを得ない。
 
 王太子として、夫として、次にすべきことはハッキリとしていた。



 その日の夜。セラフィムは王の住まう王宮へと足を運んだ。夜の王宮は静かで、人の気配が少ない。廊下を歩きながら、昼間に見たセレイナの私室を浮かべ、軽く拳を握る。これは自らが招いたことだと言い聞かせながら。

 王も王后も伝言を聞き、セラフィムを待っていてくれたのだろう。通されたのは客間ではなく、家族が過ごす居間だった。その意味は、肩書を無くし、家族として語らおうと言うことに他ならない。

「父上、母上、この度は補佐官をお貸しいただき、ありがとうございました。私は、自身の未熟さと愚かさに、やっと気づくことができました。今回の件はすべて、私が愚かだったことに原因があります」

 その言葉に王・セリオルドは、右手の指先で、両目頭を軽く摘み揉み上げる。

「セラフィム。先日言った通りだ。同じ過ちを犯すな。心得よ。そしてあまり、自身を追い詰めるな。誰しも過ちはあるものだ。それをどう是正し、生かすか。そちらに目をむけよ」

「はい」

 隣でセリオルドの話を聞いていた、エリザベルナは、軽くため息を吐きながら首を小さく横に振る。

「まったく……。セリオルド、あなたは息子に甘いわ。言うべきことは言わなきゃ伝わらないわよ?」

「十分、猛省しとるだろ」

「王になる身ですよ? 一度の過ちが、民の命を、生活を、人生を狂わせることもあるのです」

「言い過ぎだ……」

「あなた!」

 エリザベルナの叱責に、今度はセリオルドが小さく首を振る。

「セラフィム。報告は受けておる。次にすべきことは理解しておるだろう?」

 セリオルドがセラフィムに言葉をかけるが、それは端的に纏められたもの。

「もちろんです。宮の人員見直し、入れ替えを行い、管理の明確化を」

 そう答えたセラフィムに、エリザベルナが「違うわ」と、昨日と同じように言葉を遮る。

「それもしなければならないけれど、まずはリージェリアでしょう? 彼女、執務ができないは『嘘』ね」

 エリザベルナは、ハッキリと断言をした。その点はセラフィムも、薄々察していた。彼女は決して無能ではない。

「彼女、社交はとても上手だわ。そして今回の件、人心掌握が出来てないと無理。阿呆が出来ることじゃない。それにね。社交って寧ろ、執務よりも高度な知識と頭脳が必要でしょう? だったらなぜ、執務が出来ないなんて嘘をついたのか。面倒だとか言う理由じゃないでしょう。そこをセラフィム、あなたはちゃんと聞かなければいけない」

「はい。心得ております」

「そう。ならよかった。もしリージェリアが何かしら関与していたのであれば、懲罰はまた改めて考えましょう。陛下、それでよろしいですわよね?」

 グラスに入った葡萄酒を煽りながら、セリオルドは、一度だけ大きく頷いた。

 やはり原因は自分にあるのだ、と、セラフィムは父と母を見つつも、そう自戒した。リージェリアがあれほど嫌がっていた『側妃』を持ったことで、彼女の何かが歪んでしまったのだ。 

 ただ、セラフィムはこの先、自身とリージェリアが今までのように、愛しいと思いあえる夫婦でいられるのか、既に疑問しか湧いてこなくなっていた。
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