偽りの愛 ー 真実かどうかなんて、なぜわかるのでしょうか

苺 迷音

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現在

43 嘘

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 夜遅く、王太子宮に戻ったセラフィムは、そのまま主寝室へと足を運ぶ。そこには既に、横になったリージェリアの姿があった。

 部屋の常夜灯が、セラフィムの足元をほんのり照らす。ゆっくりとベッドに近づいた彼は、そこに腰を下ろした。その軋みに気付いたのか、何かの気配を感じたのか、リージェリアが身じろぎをしてから、ゆっくりと瞼を開けた。

「ごめん、リージェ。起こしちゃったね」

 目を合わせたセラフィムは、彼女の髪を一つ撫でた。リージェリアは喉の奥から吐息を漏らすように、ううんと小さく首を振る。そして、頭に置かれたセラフィムの手の上に、自身の手を重ねた。

「遅くまでお疲れ様、セラフィム。両陛下はお変わりなかった?」

「ああ、つい先日も会ったばかりだしね。相変わらず父は母に、頭があがらないようだ」

「まぁ……」

 セラフィムの小さな笑いに、リージェリアも一緒に微笑む。そんな彼女の愛らしい顔を見ていると、全てのことが『嘘』であってほしいと、うっかり願ってしまう。嘘でなくとも、妻は何も知らなかったと言ってほしい……と。

 だが話すなら今しかない。寝室は何も夜伽だけではなく、こうした夫婦間の深淵な問題も話し合える場でもある。

「リージェ、起こしてしまってすまないんだが、少し話をしたいんだ。構わないかな?」

 セラフィムの言葉にリージェリアは、不思議そうに小首を傾げたが、その身を起こし、枕元のいくつも置かれているクッションを整えてから、そこに腰を委ねた。

「ええ。構わないわ。大事なお話なの?」

「そうだね……まず、聞きたいのは、君は俺に……言えないことを抱えていないか?」

 セラフィムの声は穏やかで、決してそこには強い語気はない。なるべく、リージェリアが話しやすくなるようにと、言葉を選んで、ひとつひとつ置いていく。

「言えない、こと?」

「ああ、そうだ。何も責めているんじゃないんだ。もし、何か言えないことがあったとしても、君のことだから何か事情があったのだろう? 違うかな?」

 セラフィムがそう言ってはみるものの、彼女は小首をコテンと傾け手を頬にあてて、小さく首を振るだけ。

「いいえ、セラフィム。私、あなたに言えないことなど何も……思い当たらないわ」

「王后陛下が、王太子妃の執務能力に疑問があると、そう仰られた。王太子妃は能力を態と隠していると、確信しておられる」

 わざわざセラフィムは肩書を使い、リージェリアに伝えた。その言葉は家族としての言葉ではなくなり、一人の王族としての弁となる。
 そう言われたリージェリアは、途端に眉を大きく顰め、口を震わせ始めた。

「なぜ?……そんなことを王后陛下は、仰られたの……?」

 その問いに、セラフィムは改めて彼女に向きなおし、真っ直ぐに視線を投げる。

「ここからの話は、リージェ、君にとって厳しいものになるだろう。側妃……セレイナのことだ。そもそも原因を作ったのが俺自身だから、君を責めているわけではない。だが、調査していく上で、いくつもの事案が、リージェリア。君に向いていた。王后は、阿呆にはできないことだと、断じられた」

「嘘……私、しらないわ……。だって、本当に執務も……」

 震えながら呟く妻の肩をセラフィムは掴み、そのまま諭すように話す。

「執務に関しては理由があるのだろう? それを言ってほしいんだ。俺にも話せない? 俺を信用できない?」

「ちが……っそうじゃないわ……でも、本当に」

「聞いてくれ。これはもう、ただ側妃と離縁しましたという問題じゃ済まなくなっている。君がここで、きちんと俺に話してくれなければ、今後対応もできない。また同じことを繰り返すだけだ。俺を信じてはくれないか?」

 その言葉にリージェリアは、自身の身体を両腕で抱き締め、セラフィムを見上げた。彼女の瞳からは次々と涙が落ちてゆく。

「セラフィム、ごめんなさい。私、私……」

 そこから彼女は、執務が出来ないふりをしていたことを、涙声になりながらもセラフィムに話した。彼女の言うことは、セラフィムも納得のできるものであった。

「それを、一人で抱え込んでいたんだね。気づいてやれなくて……すまなかった」

 妻の体を胸の中に入れたセラフィムは、彼女の背中を何度も優しく摩る。

「セレイナの件は? 君はどこまで把握していて、どこまでが君が……関わっていたのかな?」

 次の質問には、リージェリアは沈黙をした。長い長い沈黙。それでもセラフィムは、根気よく彼女の背中に置いた手を止めずにいた。

「……セラフィムに告げ口したことと……、侍女や官女に、怖いって……愚痴を零したわ」

「怖い?」

「ええ……。私、見てしまったの。貴方が、セラフィムが、側妃……セレイナさんに対して、女を感じてるって……違う?」

 顔をあげ、真っ直ぐに見つめるリージェリア。その目は涙で潤んでいたが、葛藤と苦悩が滲んでいるように見えた。

「きっと……、男女として、閨を共にするのも時間の問題だと思ったわ。私は後継もまだ恵まれず、政務もできない。あなたの寵愛がセレイナさんへ行くのは、明白だった」

 セラフィムは、そう話す妻の言葉を、すぐに否定が出来なかった。リージェリアの背中にあった手も、動きを止めていた。

「……君と約束しただろう? 形式だけだと」

「そんな約束、簡単に破られるわ。愛を無くしたら、私はどうすればよかった? 偽りの愛だったと諦めて、国に帰ればよかった?」

「そんなことは、ない……っ」

 思わずセラフィムは大きな声を上げた。自身を責められているようで、居た堪れなくなったのだ。それを隠すように、慌てて出してしまった声。リージェリアの体がビクリと硬直する。

「すまない。大きな声を出して。違う、違うよリージェリア。そんなことはない。俺がすべて悪いんだ。側妃を作らなければ、君はこんなに悲しむこともなかった……」

 セラフィムは彼女を抱きしめる腕に、再び精いっぱい力を入れた。そして、その薄紅色の髪に顔を埋める。

「君を愛さなくなるなんて、あり得ないよ。苦しめていたのは俺だ。すまないリージェ。これからは俺が守るから」

 口に出した言葉はそれさえも、セラフィムは自身が罪悪感から逃れる『言い訳』であると自覚をしていた。


 一方リージェリアはこの話し合いでの中で、半分は本心でもう半分は頭の中で、様々なことを考え巡らせていた。

(薬のことだけは、絶対にバレてはいけない)

 そう、硬く心に誓った。
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