偽りの愛 ー 真実かどうかなんて、なぜわかるのでしょうか

苺 迷音

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47 レーヌ商会 -Chapter エリオス

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 翌日の午後、エリオスとオクターブは王都の南側、貴族街にほど近い高級店が並ぶ通りにいた。ひとつひとつの店舗はそれぞれ個性的な造りで、白壁や黒壁などさまざまだったが、どの店も格式の高さを感じさせる。

 その並びの一つの店の前で二人は足を止めた。象牙色の石壁に大きな窓、そこには青緑のオーニングが掛けられ、流麗な文字で『レーヌ商会』と記されている。

 レーヌ商会は日用雑貨で業績を伸ばし、特に化粧品や香水といった美容品を主力としていた。『いつかはレーヌ商会の品を』と憧れる年頃の娘は多く、王都でその名は広く浸透している。愛用者は王侯貴族から裕福な庶民にまでと幅広く、確かな人気を誇っていた。

 エリオスとオクターブが例の薬の件で目を付けた三商会のうち、月に二度と頻繁に王太子宮へ出入りしていたのが、このレーヌ商会である。 残る二店、ミラノは服飾を、エムジーは装飾品を主に取り扱っており、王太子宮への出入りは多くても月に一度、大抵は二か月に一度の割合に過ぎなかった。

 そうした理由から、まずはレーヌ商会で手掛かりを探ろうと、二人はここまで来た。

 オクターブが扉を押し開け、エリオスが一歩店内へ足を踏み入れる。

「いらっしゃいませ」

 店の奥から物静かな声が響く。視線を向けると、三十歳前後の店員らしき女性が歩み寄ってきた。黒のシックなワンピースに白手袋を嵌め、焦げ茶の髪を清潔にまとめている。

「本日はどのようなご入用でしょうか?」

 女性店員は丁寧に接客していた。エリオスとオクターブは整った容姿に風格を備え、衣服も質の良さが一目で分かる。それゆえか、この女性店員が、相手を慎重に扱うのも当然と言えば当然であった。

「店主はいるか?」

 エリオスの端的な問いにも、女性は笑みを崩さず応じる。

「店主と申しますと……商会長のことでございますでしょうか?」

「ああ、そうだ。王宮へ出入りをしている本人と話がしたい」

「申し訳ございません。お約束などはございますでしょうか?」

「いいや」

「では、恐れ入りますが、商会長のモーリーも多忙でして……」

「エリオス・ウィンターが会いたいと伝えてくれ」

 その名を聞いた瞬間、女性は目を見開き、まじまじとエリオスを見つめてから深く頭を垂れた。漸く名と顔が結びついたのだろう。

「これは大変失礼いたしました! すぐに取り次ぎますので、どうぞこちらへ」

「急ですまない」

「滅相もございません」

 そう言って女性店員は、二人を奥の応接室へ案内した。

「こちらでお待ちくださいませ。すぐに呼んでまいります」

 二人が通された応接室は、広くはないが磨き込まれた木の机と革張りの椅子が整然と置かれていた。壁には落ち着いた色調の絵画が掛けられ、空気にはほのかな香が漂っている。棚には、商品なのだろう、いくつもの品の良い香水らしき瓶がラベルを前面に向け、規則正しく並べられていた。実に、商会らしい格式を感じさせる光景だった。

 ほどなくして、別の若い女性店員が銀盆を手に入ってきた。盆には見慣れぬ茶器が並んでいる。取っ手のない小さな陶器の器に木の受け皿が添えられ、器の表面には鳥と葉がバランスよく描かれていた。湯気とともに立ち上る香りは王都では珍しいものだった。

「どうぞお召し上がりくださいませ」

 エリオスは器を手にしながら、香りにわずかに目を細めた。

「これは、東洋の茶か?」

 若い店員は驚きとともに頬を赤らめ、微笑んで答える。

「そうです。よくご存じですね」

 エリオスは軽く笑みを浮かべて、短く言った。

「ああ、たまたま、な」

 その笑みに、店員の手が僅かに止まり、頬の赤みがさらに濃くなる。エリオスの横で座っていたオクターブが、小さく咳払いをする。

 その音で、はっと我に返った店員は、慌てて頭を下げた。

「し、失礼しました! どうぞ、ごゆっくり」

 そう言い残すと、慌てたように応接室を出て行った。



 そこから数刻もしないうちに、レーヌ商会の商会長であるモーリー・レーヌが現れた。その人は、穏やかで落ち着いた笑みを浮かべ、相手に安心感を与える。目元には年齢相応の皺があるが、それがむしろ品格を感じさせた。

「これはこれは、エリオス殿下。わざわざ足をお運びいただき有り難く存じます。レーヌ商会の商会長をしております、モーリー・レーヌでございます」

 そう言い、彼は深く頭を垂れた。エリオスとオクターブも一度席を立つと、彼に

「こちらこそ急で済まない。実は少し話を聞きたくて」

 と、エリオスは手を差し出した。モーリーはその手を恭しく握ると「どうぞお席に」と促し、自身も席へと着いた。

「早速なのだが、二、三、込み入ったことを聞きたい」

「はい。私めでわかることでしたら、なんなりと」

「単刀直入に聞く。王太子妃へ納入している品なのだが、化粧品・香水・そのほか石鹸など日用品のみだっただろうか?」

 エリオスの質問の意図を掴みかねているモーリーは、いささか不思議そうな表情をしながらもそれに素直に応じる。

「はい。仰せの通りでございます」

「その他、薬などを運んだことは?」

「いえ、薬となりますと私の専門外ですので、運んだ記憶はございません」

 モーリーの返事にエリオスは、腕を組み、ほんの少し考えるように目を閉じた。そして次の言葉を、ゆっくりと紡ぐ。

「ああ、先に言っておくが、これは決して咎めているわけではない。正規のルートではなく、王太子妃へ名簿に載せてはいないようなものは運んではいなかっただろうか?」

 モーリーは、少し考える風に自身の顎を撫でた。が、何も思いつかないようで

「そういった、極秘のものは……」

 と、一旦は言ったが、小さく「あっ」とうなり声をあげた。それを見逃さなかったエリオスは改めて問い直す。

「何か思い出したか?」

「はい。小さなお願い事は頼まれていました」

 そう返答したモーリーは、楽しそうに、微笑みを浮かべた。

「どんなことだろうか? 小さなことでも、些細なことでもいい。教えてもらえると助かる」

「ですが……王太子妃殿下個人のことであらせられます……でも、本当に可愛らしいことなのです。私が、エリオス殿下にお話してもよいものかどうか……信用問題でもありますから」

 それまで黙っていたオクターブがここで、声を潜めながらモーリーへと囁くように話しかけた。

「実はですね。これはオフレコということでお願いできますか?」

 神妙そうな顔つきで、モーリーをじっとみる。

「畏まりました……」

 モーリーもそんなオクターブの態度に少しだけ眉を顰めたが、同じように神妙な顔つきになると大きく頷いた。

「これからする話は、例え話です。とある奏上がありまして。その奏上では、王太子妃殿下が関わる大きな陰謀が動いている、と言うような内容でした。私共といたしましては、妃殿下は清廉潔白と信じているのです。ですが貴族というものは、貴公もご存じのように噂好きだ。あること、ないこと、面白おかしく話す。その時に、間違いなく妃殿下は関わりがないという『確証』があれば、彼女を守れるとは思いませんか?」

 オクターブの言葉を引き継いだのは、エリオス。

「早い話、もし疑惑が少しでも出れば、捜査の手がここにも来るということだ」

 モーリーは大きく表情を崩し、軽く咳き込むように口元を抑えた。エリオスとオクターブは『この店にも捜査の手が入るかもしれない。そうなると貴族の間で余計な噂が立つかもしれないぞ。「例え話」だけれどもな?』と、彼に言っているのである。

「……畏まりました。ですが、本当に可愛らしいものでございました。それが陰謀だとかは考えにくいですが……。時折、妃殿下から秘密の文をお預かりし、それを運ぶお役目を仰せつかっておりました」

「文?」

「はい。個人的なやり取りであっても、表立って出すものは全て、文官を通さなければならず、手続きが複雑な上に閲覧される可能性を恐れておられました。王太子妃殿下からの文ですから。軽々しく出せないそうで」

 エリオスとオクターブは、大きく頷いた。

「文の内容も時折、拝読させて頂けることもございました。内容に問題はないという、妃殿下から私へのお気遣いだったのだと思います。拝読したものはどれも、今日は何をして楽しかったから、次は一緒にやりましょうということや、妃殿下の旦那様……高貴な御方の愚痴を書いておられたり、時に思い出話を書かれておられることもありました」

「文の相手は、いつも同じ相手か? それとも都度違うのか?」

「……いつも同じ御方でした。ご学友でおあせられたとお伺いしております。学生時代も、こんなことをしていたのよ。と懐かしそうにお話してくださったこともございました。花のしおりを贈りあわれていたりもありました。私はそれを微笑ましく思いながら、帳簿などに挟みお渡しすることもございました」

「相手は誰だ?」

 エリオスが、核心を突く。

「グレイストン公爵夫人、ミレーユ・グレイストン公爵夫人でございます」

 話を聞いていくうちに、エリオスもオクターブも、予感はしていた。学友と言えば、この国ではミレーユしかいない。そしてモーリーからその名が出た。ここに来て、再び上がってきた『グレイストン』の名。

「やり取りは文だけだったのか?」

「大体はそうでしたが、時折、珍しい書籍や、香水などといったものも贈りあわれておられました。ですが誓って申し上げますが、口に入れるもの、食品や茶葉などは王宮・王太子宮での検閲規則に従い、正規ルートで贈りあわれていました。私が仲介していたものは、本当に私的な女性同士のやり取りだったと言い切れます。故、規則違反は無いと考えております」

 モーリーの説明がひと通り終わったとき、エリオスは指先で膝を軽く叩き、短く考えをまとめた。
 
 文官の目・検閲を避けるために商会を使って文を運ばせていた。それだけでも十分に不審だが、決定的と言えるほどの材料ではない。

 ただ、ひとつ確かなのは、また別の名が浮かんだという事実と、それが、あの『ミレーユ』であったこと。兄の元・婚約者であり、その夫はセレイナの元・恋人『ヴァルター』だ。

 これはただの偶然か? 必然か?

 これが薬の入手ルートと繋がるのかどうかは、現時点では白とも黒とも言えない。
 どっちつかずのグレー。
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