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45 徒然の春愁 Hidden-track Ⅱ
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街が祝いで沸いている中、ローランは一人、大聖堂が見渡せる離れた高台に立っていた。
蟻のように集まる人々の中で、大聖堂の赤絨毯の上に二つ、白い点が見える。顔は見えない。誰かもわからない。
それほどに、遠かった。
彼はあの新聞を見た数日後、ハルシオンに退団届を提出した。自らのけじめだった。
王都で近衛騎士になるのが、ローランの目標だった。だが、ここを退団することによって、その目標も絶たれるだろう。もう一度、自分の人生を考え直さなければならない。
そう思っていたのに。
執務棟の奥、ハルシオンの執務室に呼び出されたローランは、緊張の面持ちでそこで立っていた。そんなローランにハルシオンは、封書を差し出した。公爵家の封蝋が押されている。
「これを。王都に戻ったら、宮廷の第一騎士団長の元へ持って行け」
ローランは顔を上げた。
「紹介状だ。お前をこのまま腐らせるのは勿体ない。また騎士として立って、這い上がってこい」
ハルシオンはそう言うと、ローランに手を差し出した。
「また、会おう」
それは一人の男として、対等に掛けられた言葉のようにローランには思え、俯いてしまった。それでも、差し出された手を取り、握り返す。
「ありがとうございます。必ず、恥ずかしくない騎士となり、閣下の前に顔を出せるように精進します」
込み上げる熱いものを堪え、頭を垂れたままでいると、ハルシオンはローランの肩を軽く叩いた。
☆
騎士としても、一人の女性を想う男としても、何もかもが自分よりハルシオンの方が優れていると、認めざるを得なかった。
なぜ、カレンのことが気になったのか。別れてから、心から離れないのはなぜなのか。ローランはずっと考え続けていた。婚姻中には気にも留めなかったのに。
そしてなぜ、カレンは素顔を出せたのだろう?
その答えは全て、ハルシオンという男の存在があったからこそだと、同時に気がついた。確かにカレンの素顔の美しさに惹かれ、手放してしまった後悔と未練も湧いた。
いや、それ以前に、既に婚約時代から惹かれていたのだ。自身のくだらない見栄で、それを受け入れられなかった。だから、手渡されたマフラーも、封も開けずにいたのに、捨てることもできなかった。声を聞けば彼女だとすぐにわかった。
素直に、彼女へあの頃、少しずつでもいいから歩み寄っていれば違ってたのかもな。などと、ありもしない未来を描いて、馬鹿馬鹿しくなる。
若さゆえの未熟さも、甘えもあったのだろう。そしてあの夜、カレンの素顔と二人の寄り添う姿を見てしまってからは、ハルシオンに対しての劣等感が、心の奥底に疼いていた。
そう理解すると、自分の器の小ささに、自嘲の笑いしか出てこなかった。
まだそれでも、そのちっぽけな矜持を捨てられないのか、眼下に広がる祝いの輪には入る気にはなれないし、祝う気持ちもやはり湧いてはこなかった。
ただ次に、上官だった男と妻だった女に会うときは、堂々と恥ずかしくない自分として、顔を合わせたい。
そう思った。
ブリジットもあれ以来、ローランに声を掛けて来なくなった。
退団のことも、同僚の誰にも伝えず仕舞いだ。
北の地に赴任して四年と少し。きっと得たものもあっただろう。失ったものも同じく。それら全てが、雪が解けるように、ローランの元から溶けていくようだった。
もう一度、大聖堂の方へ目をやる。ローランは誰ともなく敬礼をし、ひとつ溜め息を吐くと、手に持った荷物を抱え、踵を返した。
向かうのは北の駅舎だ。
もう一度、戻って来れるか分からない北の地を、踏みしめるように彼は歩いて行った。
ー了ー
蟻のように集まる人々の中で、大聖堂の赤絨毯の上に二つ、白い点が見える。顔は見えない。誰かもわからない。
それほどに、遠かった。
彼はあの新聞を見た数日後、ハルシオンに退団届を提出した。自らのけじめだった。
王都で近衛騎士になるのが、ローランの目標だった。だが、ここを退団することによって、その目標も絶たれるだろう。もう一度、自分の人生を考え直さなければならない。
そう思っていたのに。
執務棟の奥、ハルシオンの執務室に呼び出されたローランは、緊張の面持ちでそこで立っていた。そんなローランにハルシオンは、封書を差し出した。公爵家の封蝋が押されている。
「これを。王都に戻ったら、宮廷の第一騎士団長の元へ持って行け」
ローランは顔を上げた。
「紹介状だ。お前をこのまま腐らせるのは勿体ない。また騎士として立って、這い上がってこい」
ハルシオンはそう言うと、ローランに手を差し出した。
「また、会おう」
それは一人の男として、対等に掛けられた言葉のようにローランには思え、俯いてしまった。それでも、差し出された手を取り、握り返す。
「ありがとうございます。必ず、恥ずかしくない騎士となり、閣下の前に顔を出せるように精進します」
込み上げる熱いものを堪え、頭を垂れたままでいると、ハルシオンはローランの肩を軽く叩いた。
☆
騎士としても、一人の女性を想う男としても、何もかもが自分よりハルシオンの方が優れていると、認めざるを得なかった。
なぜ、カレンのことが気になったのか。別れてから、心から離れないのはなぜなのか。ローランはずっと考え続けていた。婚姻中には気にも留めなかったのに。
そしてなぜ、カレンは素顔を出せたのだろう?
その答えは全て、ハルシオンという男の存在があったからこそだと、同時に気がついた。確かにカレンの素顔の美しさに惹かれ、手放してしまった後悔と未練も湧いた。
いや、それ以前に、既に婚約時代から惹かれていたのだ。自身のくだらない見栄で、それを受け入れられなかった。だから、手渡されたマフラーも、封も開けずにいたのに、捨てることもできなかった。声を聞けば彼女だとすぐにわかった。
素直に、彼女へあの頃、少しずつでもいいから歩み寄っていれば違ってたのかもな。などと、ありもしない未来を描いて、馬鹿馬鹿しくなる。
若さゆえの未熟さも、甘えもあったのだろう。そしてあの夜、カレンの素顔と二人の寄り添う姿を見てしまってからは、ハルシオンに対しての劣等感が、心の奥底に疼いていた。
そう理解すると、自分の器の小ささに、自嘲の笑いしか出てこなかった。
まだそれでも、そのちっぽけな矜持を捨てられないのか、眼下に広がる祝いの輪には入る気にはなれないし、祝う気持ちもやはり湧いてはこなかった。
ただ次に、上官だった男と妻だった女に会うときは、堂々と恥ずかしくない自分として、顔を合わせたい。
そう思った。
ブリジットもあれ以来、ローランに声を掛けて来なくなった。
退団のことも、同僚の誰にも伝えず仕舞いだ。
北の地に赴任して四年と少し。きっと得たものもあっただろう。失ったものも同じく。それら全てが、雪が解けるように、ローランの元から溶けていくようだった。
もう一度、大聖堂の方へ目をやる。ローランは誰ともなく敬礼をし、ひとつ溜め息を吐くと、手に持った荷物を抱え、踵を返した。
向かうのは北の駅舎だ。
もう一度、戻って来れるか分からない北の地を、踏みしめるように彼は歩いて行った。
ー了ー
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