エミリー

苺迷音

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 春の暖かな日差しの中で。
 乳母車に乗せた我が子が、こちらを見て微笑んでくれた。

「あら、今この子笑ったわ」

 小さな私の天使。大好きな人との子。私はちゃんと、子を授かった。

 幼い頃から思いを寄せていた旦那様と、共に過ごす日々。
 やっと手に入れた、温かな家庭。
 
 でも――

 こうして笑えるようになったが、一度目の婚姻は真っ黒な日々だった。

 当時の私は、政略で侯爵家へと嫁いだ身だった。
 貴族に生まれたからにはそれが当たり前であったし、嫁ぎ先の旦那様は侯爵家の嫡男。嫁として、お役目を立派に果たさなければ。そう思い、日々努力していたつもりだった。

 それでも。気持ちはどうしてもついて行かない。どれほど自身を律しても、幼い頃からの想いを簡単には切り替えることができなかった。他の誰かを想っても、決して叶わないことも理解している。
 だからそんな恋慕は、捨てようと覚悟を決めたのだ。

 そう、あの日までは。

 前の旦那である、ジョシュアが連れて来た女。名前はリリー。ジョシュアの知り合いである伯爵家の三女だと言う。嫁ぐ前に行儀見習いで、我が家へ奉公したいと言う話だった。伯爵家の出であり、マナーや礼儀もきちんと学んできたのだろう。所作を見ていても、過不足なく品の良さを感じさせた。とても良い令嬢だと思っていた。年齢も私と三歳ほどしか変わらず、気さくな面もあり話していても楽しかった。だが日が経つにつれて彼女の態度は、目に余るほど馴れ馴れしいものになって行った。

 最初は戸惑ったが、旦那様がそれを許容している限り、私が目くじらを立てるほどでもないかと見て見ぬふりをした。

 それがいけなかったのかも知れない。

 そのうち、他のメイドに対して尊大な物言いをしてみたり。
 時には旦那様と私が共に出掛ける際、一緒に行きたいと我儘を言ってみたり。

 リリーはどう考えても、非常識極まりない行動を取るようになっていた。

 社交の場には共にいけないからと宥めた時は、旦那様はリリーに宝石を買い与えていた。侍女の扱いにしては、行き過ぎているのではないか?

 旦那様にそう苦言を呈しても

「彼女は知り合いから預かっている大事な令嬢だ。侍女とは言え、ある程度の我儘は許容してやらねばならぬ。それに、礼儀も弁えているだろう?」

 そんな風に言われる。
 納得がいかない私は、モヤモヤと不快感だけが積もって行った。

 そしてとうとう、彼女の正体を知る。

 旦那様の執務室で。リリーが彼の膝の上に乗り、二人で口づけを交わし楽しそうに撫で合っている。
 そんな場面を、扉の隙間から見てしまった。

 偶然だった。その日、旦那様宛に社交の招待状が届いたのだが、手違いで私の手元へと運ばれていた。それを届けにいっただけ。そのはずだった。

 二人の不適切な関係を目の当たりにした瞬間。
 ショックを受けたでもなく、動揺することもなく、驚くほどに冷めている自分が居た。

 結婚して1年もしないうちに、ジョシュアは外に女を作り始めたことには気づいていた。
 私も愛人の一人や二人許容しなくてはと頭ではわかっていても、心は疲弊してゆく。何のために嫁いだのだろう? どうして私はここに居るのだろう? そんなことを考える毎日。挙句に周りからは、子はまだかと圧力をかけられ、見目がよかったジョシュアは女性たちの羨望を受けていたのも重なって、私は謂れのない誹謗や中傷を受け続けた。

 これ以上耐えきれないと思った私は、何度も離婚を申し出たが『世間体が悪い』という理由で、応じてもらえなかった。

 愛人を囲うのは、世間体が悪いとはならないの?
 しかも自邸で、愛人と共に過ごすなんて! 破廉恥すぎる!

 そう言いかけてはやめる。旦那様――ジョシュアと不毛な言い合いをすることも馬鹿らしかったから。そこまで情熱的に、彼を愛していたわけでもなかったから。

 そんな私の心を救ってくれたのが、幼馴染のブライアンだった。

 ブライアンは公爵家の次男で、文官勤めをしていた。
 眉目秀麗でスマートな物腰の彼は、子女達に大変人気があり隣国の第二王女殿下のお相手にという打診もあった。だが、彼は頑なに独身を貫いていた。

 私がずっと、想いを寄せていた、たった一人のひと――
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