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52 姫様の申し出
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離宮では、二日に一度、定例の報告会が開かれていた。
レオ、ゼノア、リュシアン、アレン、カイ。五人が、レオの執務室に集まる。ジュノの様子、警護の状況、周辺の動き――全てを共有し、対策を練る。それは、ジュノを守るための、重要な時間だった。
ある夜、いつもの報告会が開かれていた。
窓の外には、光を失った月が浮かんでいた。その輪郭は、夜の深さに溶け込みながらも、確かにそこにある。何かが生まれようとしている静かな胎動のように。
揃った面々の顔を見渡したレオが、まず口を開いた。
「姫様の様子だが、穏やかに過ごしておられる」
レオの声は、落ち着いていた。
「記憶がお戻りになる様子はないが、健康状態は良好だ」
「警護の状況は?」
ゼノアが尋ね
「問題ない」
アレンがそれに答えた。
「引き続き、警戒を厳重にする。人選も、さらに慎重に」
レオの言葉に、全員が頷いた。
「他に報告は?」
レオが尋ねると、カイが書簡を取り出す。
「宮廷からの報告ですが、南方の動きに変化があります」
「詳しく」
「リカルド侯爵が、南方諸侯を集めて会合を開いたようです。極めて秘密裡に、です」
カイの声が、一段低くなる。
「内容は不明ですが」
「警戒が必要だな」
リュシアンの言葉が重く響いた。
「ああ」
レオは、頷いた。
「引き続き、監視を続けろ」
報告会は、深夜まで続いた。
☆
離宮での生活が始まって二週間が経った頃。
ジュノの心の中には、ある想いが強くなっていた。
(私も、何かしたい)
ある朝、ジュノはエレナと共に部屋で刺繍をしていた。窓からは、鳥のさえずりが、心地よく響く。
ジュノは針を進めながら、ふと手を止めた。
「エレナ」
「はい、姫様」
エレナが手元の刺繍から、顔を上げた。声を掛けた方のジュノは、刺繍を見つめたまま。
「私、何かお手伝いしたいんです。ここで、何かさせてもらえませんか?」
「お手伝い……ですか?」
「はい」
ジュノはそこまで言って顔を上げると、エレナを見つめる。
「皆さんに、お世話になってばかりで……申し訳なく感じて」
エレナは、困惑した表情になる。
「姫様、そのようなことは――」
「でも、私」
ジュノの声が、徐々に小さくなっていく。
「何もしないで、ただここに居るだけでは……存在している意味がないような気がして」
エレナは、ジュノの顔を見つめ返している。ジュノの瞳には、揺るぎない決意が宿っているように思えた。
「姫様は、療養中でございます。お身体を休めることが、最優先であり、お仕事なのです」
「わかっています」
ジュノは、頷いた。
「でも……侍女の方々のお手伝いとか、何か私に出来る簡単なことでいいんです。ご迷惑にならないような……」
エレナは、言葉に詰まる。ジュノの想いは、純粋だった。それでも。皇太女に、侍女の手伝いをさせるわけにはいかない。
「姫様……」
エレナは、慎重に言葉を選んだ。
「そのようなことは、私どもの役目でございます」
「でも」
「姫様がなさるべきことは、お身体を休めることです」
エレナが優しく諭すと、ジュノは小さく頷いた。
だがその表情には、『残念』と、言葉にせずともわかりやすく浮かんでいた。
エレナはジュノのその姿を見て、胸がズキリと痛んだ。
(姫様……)
☆
同日の午後過ぎ、エレナはこっそりとカイを訪ねた。
カイは、離宮の執務室で書類を整理していた。扉がノックされ、エレナが入ってくる。
「カイ様。お忙しい所、申し訳ありません。姫様のことで……お話があります。お時間を少々いただけませんでしょうか?」
『姫様』という言葉に、目を細めたカイは
「構いませんよ。お伺いします」
そう言うと、エレナに椅子を勧めた。
大きく頭を下げたエレナは、促された椅子に腰を下ろす。そして、真剣な表情で言った。
「姫様が……侍女の手伝いをしたいとおっしゃっています」
カイの手が、止まる。
「侍女の手伝い……ですか?」
「はい」
エレナは、頷いた。
「お世話されるばかりでは申し訳ないからと」
カイは、深く息を吸った。姫様らしいと言えば、そうだ。言い出しかねないなと納得もする。
「わかりました。閣下に報告します」
「申し訳ございません」
エレナは、再び頭を下げた。
「いいえ」
カイは、エレナを安心させるように、小さく微笑んだ。
「姫様のお気持ちは、よくわかります」
☆
その夜、カイはレオの執務室を訪れた。レオは、机の前に座り、書類を眺めていた。蝋燭の炎が、部屋を照らしている。
「閣下、報告があります」
「どうした?」
レオが、顔を上げる。
「姫様が、侍女の手伝いをしたいとお申し出だと、今日の午後にエレナから話がありました」
レオの表情が、一瞬で変わった。
「何だと?」
「お世話されるばかりでは申し訳ないからと」
カイの声は、静かだった。反してレオの表情が一層、険しくなる。
「あり得ん」
レオの声が、低く執務室に響いた。
「皇太女殿下に、何をさせるつもりだ?」
カイは、無表情のまま補足する。
「エレナによれば『自分にも何かできることを』と強く仰られたそうです」
「馬鹿な……今は療養中だ。そんなことをさせるわけにはいかんだろ」
「しかし……」
レオの語気の強い言葉に、カイが言い淀む。
「しかし?」
「姫様の意思は、固いようです。姫様は……一度決められると……こう」
言葉を濁したカイを見ながらレオは、深く息を吐いた。カイの言うとおりだ。芯の強さは、記憶を失くしても変わらないのだろう。そう思い、さらに深い溜息を吐くと、机に手をついた。
「……明日の報告会を、前倒しにする。今夜、残る三人に集まる様、伝えろ」
「御意」
レオの声音には、わずかに焦燥が滲んでいた。
カイは黙って一礼し、音もなく扉を閉めた。
レオ、ゼノア、リュシアン、アレン、カイ。五人が、レオの執務室に集まる。ジュノの様子、警護の状況、周辺の動き――全てを共有し、対策を練る。それは、ジュノを守るための、重要な時間だった。
ある夜、いつもの報告会が開かれていた。
窓の外には、光を失った月が浮かんでいた。その輪郭は、夜の深さに溶け込みながらも、確かにそこにある。何かが生まれようとしている静かな胎動のように。
揃った面々の顔を見渡したレオが、まず口を開いた。
「姫様の様子だが、穏やかに過ごしておられる」
レオの声は、落ち着いていた。
「記憶がお戻りになる様子はないが、健康状態は良好だ」
「警護の状況は?」
ゼノアが尋ね
「問題ない」
アレンがそれに答えた。
「引き続き、警戒を厳重にする。人選も、さらに慎重に」
レオの言葉に、全員が頷いた。
「他に報告は?」
レオが尋ねると、カイが書簡を取り出す。
「宮廷からの報告ですが、南方の動きに変化があります」
「詳しく」
「リカルド侯爵が、南方諸侯を集めて会合を開いたようです。極めて秘密裡に、です」
カイの声が、一段低くなる。
「内容は不明ですが」
「警戒が必要だな」
リュシアンの言葉が重く響いた。
「ああ」
レオは、頷いた。
「引き続き、監視を続けろ」
報告会は、深夜まで続いた。
☆
離宮での生活が始まって二週間が経った頃。
ジュノの心の中には、ある想いが強くなっていた。
(私も、何かしたい)
ある朝、ジュノはエレナと共に部屋で刺繍をしていた。窓からは、鳥のさえずりが、心地よく響く。
ジュノは針を進めながら、ふと手を止めた。
「エレナ」
「はい、姫様」
エレナが手元の刺繍から、顔を上げた。声を掛けた方のジュノは、刺繍を見つめたまま。
「私、何かお手伝いしたいんです。ここで、何かさせてもらえませんか?」
「お手伝い……ですか?」
「はい」
ジュノはそこまで言って顔を上げると、エレナを見つめる。
「皆さんに、お世話になってばかりで……申し訳なく感じて」
エレナは、困惑した表情になる。
「姫様、そのようなことは――」
「でも、私」
ジュノの声が、徐々に小さくなっていく。
「何もしないで、ただここに居るだけでは……存在している意味がないような気がして」
エレナは、ジュノの顔を見つめ返している。ジュノの瞳には、揺るぎない決意が宿っているように思えた。
「姫様は、療養中でございます。お身体を休めることが、最優先であり、お仕事なのです」
「わかっています」
ジュノは、頷いた。
「でも……侍女の方々のお手伝いとか、何か私に出来る簡単なことでいいんです。ご迷惑にならないような……」
エレナは、言葉に詰まる。ジュノの想いは、純粋だった。それでも。皇太女に、侍女の手伝いをさせるわけにはいかない。
「姫様……」
エレナは、慎重に言葉を選んだ。
「そのようなことは、私どもの役目でございます」
「でも」
「姫様がなさるべきことは、お身体を休めることです」
エレナが優しく諭すと、ジュノは小さく頷いた。
だがその表情には、『残念』と、言葉にせずともわかりやすく浮かんでいた。
エレナはジュノのその姿を見て、胸がズキリと痛んだ。
(姫様……)
☆
同日の午後過ぎ、エレナはこっそりとカイを訪ねた。
カイは、離宮の執務室で書類を整理していた。扉がノックされ、エレナが入ってくる。
「カイ様。お忙しい所、申し訳ありません。姫様のことで……お話があります。お時間を少々いただけませんでしょうか?」
『姫様』という言葉に、目を細めたカイは
「構いませんよ。お伺いします」
そう言うと、エレナに椅子を勧めた。
大きく頭を下げたエレナは、促された椅子に腰を下ろす。そして、真剣な表情で言った。
「姫様が……侍女の手伝いをしたいとおっしゃっています」
カイの手が、止まる。
「侍女の手伝い……ですか?」
「はい」
エレナは、頷いた。
「お世話されるばかりでは申し訳ないからと」
カイは、深く息を吸った。姫様らしいと言えば、そうだ。言い出しかねないなと納得もする。
「わかりました。閣下に報告します」
「申し訳ございません」
エレナは、再び頭を下げた。
「いいえ」
カイは、エレナを安心させるように、小さく微笑んだ。
「姫様のお気持ちは、よくわかります」
☆
その夜、カイはレオの執務室を訪れた。レオは、机の前に座り、書類を眺めていた。蝋燭の炎が、部屋を照らしている。
「閣下、報告があります」
「どうした?」
レオが、顔を上げる。
「姫様が、侍女の手伝いをしたいとお申し出だと、今日の午後にエレナから話がありました」
レオの表情が、一瞬で変わった。
「何だと?」
「お世話されるばかりでは申し訳ないからと」
カイの声は、静かだった。反してレオの表情が一層、険しくなる。
「あり得ん」
レオの声が、低く執務室に響いた。
「皇太女殿下に、何をさせるつもりだ?」
カイは、無表情のまま補足する。
「エレナによれば『自分にも何かできることを』と強く仰られたそうです」
「馬鹿な……今は療養中だ。そんなことをさせるわけにはいかんだろ」
「しかし……」
レオの語気の強い言葉に、カイが言い淀む。
「しかし?」
「姫様の意思は、固いようです。姫様は……一度決められると……こう」
言葉を濁したカイを見ながらレオは、深く息を吐いた。カイの言うとおりだ。芯の強さは、記憶を失くしても変わらないのだろう。そう思い、さらに深い溜息を吐くと、机に手をついた。
「……明日の報告会を、前倒しにする。今夜、残る三人に集まる様、伝えろ」
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