紫苑の誓約ー甘美な愛とすれ違いの愛の果てに、記憶を失くした皇太女を変わらず溺愛するー

苺迷音

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54 姫様と騎士

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 その後、夜更け前の時間。レオはジュノの部屋を訪れた。

 ジュノは、窓辺に置かれた小さなロッキングチェアーに腰かけ、本を読んでいた。静かな夜。それを破る扉をノックする音。ジュノは本から顔を上げ、扉の方を見た。

 扉の外から声がする。

「姫様。レオです。夜更けに大変申し訳ありません。少しお顔を見せて頂いても構いませんか?」

 聴こえて来たレオの声。その声色は優しかった。

「レオ様」

 ジュノは、本を閉じた。

「こんな遅くに……」

「姫様。それと、お話があります」

「わかりました。どうぞ、お入りください」

 エレナが扉をあけ、レオを部屋の中へ促す。部屋に入ったレオにジュノは、部屋の真ん中に置かれてある豪奢な椅子に座るよう勧めた。

 エレナはそっと、部屋の隅に控える。

 レオとジュノは、向かい合う形で椅子に腰を下ろした。

「実は……姫様の御手伝いのお申し出について、少し考えてみました」

 レオの声は、穏やかだった。それを聞いたジュノの目が、輝く。

「本当ですか?」

「はい。ただし、条件があります」

「条件……?」

 ジュノは、首を傾げた。

「まず一つ目は……」

 レオは、指を一本立てた。

「常に二人以上の護衛を配置いたします。これは安全面を考慮した上で必要な事だとご理解ください」

 ジュノは、少し困惑した表情を見せる。

「護衛……ですか?」

「そうです」

 レオは、頷いた。

「姫様はご自分がどれほど大切なお方か、わかっておられない」

「でも……」

 ジュノは、控えめに抗議の言葉を口にする。

「私なんて……」

「二つ目は……」

 レオは柔らかい声色で、それでいて異論は認めないというように、ジュノの言葉を遮った。

「私の執務室以外での活動は認めないこと」

 ジュノの顔に、戸惑いが広がっていく。

「執務室……?」

「そうです」

 レオは、真剣な表情で続けた。

「姫様には、私の書類整理を手伝っていただきます」

「書類整理……? 私に、できるのでしょうか?」

「大丈夫です。わからないことはお教え致します」

 レオは、優しく微笑んだ。

「それに、私にとっては……何より貴重な時間になりますから」

 ジュノの顔に、安堵の表情が広がった。

「わかりました。約束します」

 レオは、立ち上がると

「それでは明日から始めましょう」

 そう言い、にっこりと微笑む。その声は、穏やかだった。

 ジュノは、立ちあがったレオを見上げた。

 部屋の灯に照らされた彼の姿は、どこか儚げに見える。

「レオ様……」

 ジュノは思わず、小さく呟いた。

「貴方の存在は、とても安心します。私にとってはそうですが、レオ様はとても寂しそうなお顔を時々されます。そんなに綺麗なのに……」

 その言葉に、レオの胸が熱くなっていく。

「姫様……」

 レオは椅子から立ち上がり、ジュノに近づいた。

「私の方がずっと姫様に癒されていますよ。寂しいということは、全くありません。寧ろ、こうして御傍にいれることを光栄に思っております。それに貴方の方が余程……綺麗だ」

 椅子に座るジュノの横に屈んだレオは、髪を優しく撫でた。その仕草は、父親のように温かく、恋人のように優しい。

「これからも宜しくお願いします」

 そうしてレオは、深く頭を下げた。

「私と一緒に居てください」

 そこには、言い知れぬ深い愛情と、切望が込められていた。ジュノは、驚いたような、困ったような顔をして、レオを見つめ返していた。

「あの……」

 ジュノは声を潜めながらも、確かめるようにレオに問いかけた。その声は、小さくなる。

「レオ様には婚約者がいらっしゃるんですよね?」

「それは……」

 レオは、言葉に詰まった。一から説明しても、今の姫様には重すぎる話だ。しかも、自分たちの婚約や、そこからの解消。それを伝えたら、どうなる? そう考えると言葉が見つからなかった。

「婚姻の約束をしている女性が居る方が、他の人にそういう言葉をかけるのは……よくありませんよね?」

 ジュノは、悲しそうに目を伏せた。

「私も昔の記憶が無いけど、それがよくない事なのはなんとなくわかる……。なので……」

 ジュノは、レオを見つめた。

「明日からよろしくお願いします」

 どう言葉を紡いでいいのかわからなかったジュノは、途中で話を切り替え、レオに頭を下げそう言った。

「できるだけ、レオ様にご迷惑がかからないようにしますね」

 その言葉に、レオの胸が締め付けられるように痛む。

(姫様……)

「いいえ」

 レオは、静かに言った。

「迷惑など、ひとつもありません」

 レオの声は、低く温かかった。

「姫様が私のそばにいてくださることが……何よりの幸福です」

「でも……」

 ジュノの声が、再び小さくなる。

「レオ様には婚約者様が……」

 どうやらジュノは、距離感的なものに戸惑っているのだ。そう思い、レオは苦笑した。

「その話は……またいずれ」

 レオも、話題を変えた。

「さあ、もうお休みください」

 レオは椅子に座るジュノの手を取り、そのまま立ち上がらせると、ベッドサイドまで誘導し、肩を優しく叩いた。ジュノもそのまま、ベッドの端へ腰を掛けた。

「明日は早いですから」

 レオの手が、ジュノの頬に触れた。その感触は、柔らかく温かい。

「おやすみなさい」

 優しく囁くレオに、ジュノは少し躊躇った後、小さく頷いた。

「おやすみなさい」

 ジュノは、目を閉じた。

「レオ様も……お休みになってくださいね」

「はい」

 レオはそのまま、部屋を出た。扉が、静かに閉まる。廊下に出たレオは、深く、大きく息を吐いた。

(姫様……ジュノ……)

 レオの胸が、激しく痛み出す。

 記憶を失ったジュノ。彼女は、レオを気遣ってくれた。婚約者という言葉が重くのしかかる。

 だが――

(俺は、あなたを絶対に守る。今度こそ)

 レオは、心の中で誓った。

(たとえ、あなたが俺を忘れても)
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