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その変化に驚きと共に困惑した私は、彼の手を振り払おうとしたけれど、大きく力強いそれは微動だにしない。
「いっ痛い……っ」
思わず声が出る。
「あっ……ごめん。でも、駄目だ。ちゃんといつもの駅で降りるんだ」
光太さんの顔は真剣そのもので、私の腕を掴んだまま離そうとはしない。
「わっ、わかりました。だから腕を……」
「駅に着いたら離すよ」
光太さんの声が、表情が、さっきまでと全然違う。
ずっと感じていた安心感が、恐怖と気持ち悪さに変わった。
この人、一体何者?
最寄り駅の葉月坂に着くまでの時間。二人ともずっと黙ってた。
私は光太さんが怖くて。気持ち悪くて。
顔を上げられずに俯いたまま。
普段よりも、電車に乗っている時間が長く感じる。
足元を濡らす水が車内灯の光を反射し、車両が揺れるたびにキラキラさせながら波立つ。そんな光景を眺めながらも、私の心は嵐の中に立たされているように乱れていた。
早く着いて! 早く……っ!
心の中で唱え続ける。
恐怖なのか、不安なのか。どちらにしろここから逃げたい。
なんでこんなことになってるんだろう。
訳のわからない奇妙な状況を呪いたくなった。
普段の倍、いや数十倍にも思える時間だった。
やっと葉月坂駅につき扉が開くと、彼は腕を離してくれた。
私は光太さんの顔を見ず、声もかけず、逃げるように電車を降りた。
そのまま振り返らずに小走りで駅を出た。
*
今日は、電車の時間をずらした。二、三本遅い電車に乗れば、光太さんはいないはず。そうすれば、あの異常な状況に巻き込まれずに済むかもしれない。
暫く違う路線の電車に乗ろうかな? とも思った。でも、そうすると歩く距離がいつもの倍以上になってしまう。
迷った末に、やっぱりいつもの電車の六車両目に乗り込んでしまった。
彼の姿はない。
ほっとした。
やっぱり、あの水は彼が関係していたんだ。
だとすると――
彼は本当に何者なのだろう?
浮かぶ疑問にゾッとする。
普通の人ではない。
肌寒さを覚え、半袖のブラウスから出た腕を数回摩った。
そのうちに動き出す電車。
もう彼が乗り込んでくることも無いだろう。
そう思うと、安堵感が込み上げて気が抜けた。
でも少しすると、隣に誰かが座る気配がした。
「遅い時間だな。残業?」
その声に、全身に戦慄が走る。
光太さんだった。
いつの間に?
さっきまで確実に、この車両にはいなかったのに!
「どうして……? ……ここに?」
声が小さくなってしまう。
背筋が凍るような恐怖。
心臓がバクバクする。
「どうして? 変なこと言うなぁ。俺たち、いつもそうだろ?」
いつも……って?
私たちが話すようになったのは、つい数日前から。
この人、絶対変だ。
逃げなきゃ。
そう思って場所を移動しようと腰を浮かせたと同時に、電車がトンネルに入る。
トンネル?
この路線にトンネルなんて……あったっけ?
窓の外が真っ暗になった瞬間、水位が一気に膝の高さまで上がった。
「な……なに……? なにこれ」
乗客の誰かが出す音。衣服の擦れる音、スマホから漏れ聞こえるシャカシャカ音。
同じリズムを刻みながら進む、線路を電車が踏む音。
そう言った周りの音が、全て消えた。
車両の揺れも感じなくなった。
静寂の中で、水だけがたゆたい、ゆらゆら不気味に生きていた。
「嘘……待って……」
「大丈夫」
水位がさらに上昇していた。腰元近くまで迫っている。
「こんなの変でしょ!? 普通じゃない!」
あり得ない状況に混乱しながら周りを見回すと、乗客は全員消えていた。
車内には私と光太さんだけ。
「あなた、なんなの……っ!? 私、どうなるの!? おかしいでしょ! ……助けて!」
「いっ痛い……っ」
思わず声が出る。
「あっ……ごめん。でも、駄目だ。ちゃんといつもの駅で降りるんだ」
光太さんの顔は真剣そのもので、私の腕を掴んだまま離そうとはしない。
「わっ、わかりました。だから腕を……」
「駅に着いたら離すよ」
光太さんの声が、表情が、さっきまでと全然違う。
ずっと感じていた安心感が、恐怖と気持ち悪さに変わった。
この人、一体何者?
最寄り駅の葉月坂に着くまでの時間。二人ともずっと黙ってた。
私は光太さんが怖くて。気持ち悪くて。
顔を上げられずに俯いたまま。
普段よりも、電車に乗っている時間が長く感じる。
足元を濡らす水が車内灯の光を反射し、車両が揺れるたびにキラキラさせながら波立つ。そんな光景を眺めながらも、私の心は嵐の中に立たされているように乱れていた。
早く着いて! 早く……っ!
心の中で唱え続ける。
恐怖なのか、不安なのか。どちらにしろここから逃げたい。
なんでこんなことになってるんだろう。
訳のわからない奇妙な状況を呪いたくなった。
普段の倍、いや数十倍にも思える時間だった。
やっと葉月坂駅につき扉が開くと、彼は腕を離してくれた。
私は光太さんの顔を見ず、声もかけず、逃げるように電車を降りた。
そのまま振り返らずに小走りで駅を出た。
*
今日は、電車の時間をずらした。二、三本遅い電車に乗れば、光太さんはいないはず。そうすれば、あの異常な状況に巻き込まれずに済むかもしれない。
暫く違う路線の電車に乗ろうかな? とも思った。でも、そうすると歩く距離がいつもの倍以上になってしまう。
迷った末に、やっぱりいつもの電車の六車両目に乗り込んでしまった。
彼の姿はない。
ほっとした。
やっぱり、あの水は彼が関係していたんだ。
だとすると――
彼は本当に何者なのだろう?
浮かぶ疑問にゾッとする。
普通の人ではない。
肌寒さを覚え、半袖のブラウスから出た腕を数回摩った。
そのうちに動き出す電車。
もう彼が乗り込んでくることも無いだろう。
そう思うと、安堵感が込み上げて気が抜けた。
でも少しすると、隣に誰かが座る気配がした。
「遅い時間だな。残業?」
その声に、全身に戦慄が走る。
光太さんだった。
いつの間に?
さっきまで確実に、この車両にはいなかったのに!
「どうして……? ……ここに?」
声が小さくなってしまう。
背筋が凍るような恐怖。
心臓がバクバクする。
「どうして? 変なこと言うなぁ。俺たち、いつもそうだろ?」
いつも……って?
私たちが話すようになったのは、つい数日前から。
この人、絶対変だ。
逃げなきゃ。
そう思って場所を移動しようと腰を浮かせたと同時に、電車がトンネルに入る。
トンネル?
この路線にトンネルなんて……あったっけ?
窓の外が真っ暗になった瞬間、水位が一気に膝の高さまで上がった。
「な……なに……? なにこれ」
乗客の誰かが出す音。衣服の擦れる音、スマホから漏れ聞こえるシャカシャカ音。
同じリズムを刻みながら進む、線路を電車が踏む音。
そう言った周りの音が、全て消えた。
車両の揺れも感じなくなった。
静寂の中で、水だけがたゆたい、ゆらゆら不気味に生きていた。
「嘘……待って……」
「大丈夫」
水位がさらに上昇していた。腰元近くまで迫っている。
「こんなの変でしょ!? 普通じゃない!」
あり得ない状況に混乱しながら周りを見回すと、乗客は全員消えていた。
車内には私と光太さんだけ。
「あなた、なんなの……っ!? 私、どうなるの!? おかしいでしょ! ……助けて!」
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