3 / 6
3
しおりを挟む
「この水、変ですよね」
さっきの口から漏れた独り言の言い訳をしてみる。
「そうだね。でも、きっと大丈夫でしょ」
彼の声は柔らかく、落ち着いていた。
それでも、何を話せばいいのかわからずに、思いついた適当な話題を振ってみる。
「そういえば……昨日の雷、凄かったですよね」
「うん、あんな音、久しぶりだったな」
「電車、揺れましたよね。……ちょっと怖かった」
「あの音で、目が覚めた気がした。そいえば、駅から、歩いて帰ってるの?」
「はい。15分くらい。ちょうどいい運動になってます」
「ああ、あの坂の途中に信号がやたら長いとこ、あるよね」
「わかります! 私、よく引っかかるんです。あそこ」
「俺も小さい頃、あそこでよく信号にひっかかって、持ってたアイス溶かしたことあったなぁ」
「家に着く前に食べたらよかったのに」
「うん。一緒に居た女の子にもそう言われたよ」
「へぇ? 仲良かった子なんですか?」
「うん。とても。昔にね大事な約束をした子」
「そうなんですね」
「でも今はなかなか会えなくてね。話すこともあまりなくて。寂しいよね」
そう言った光太さんは、少しだけ微笑んだけど寂しそうな眼をする。
私はと言うと、胸の奥がチクリとした。
昔の話なのに。今日初めて話した人なのに。
『大事な約束をした子』
その小さな女の子にちょっとしたやきもち……してるんだなって自分でもわかった。
その後、駅前で見かけた浴衣の話から、昔いった盆踊りの話をお互いにしたり。
川べりで魚釣りをしたり、ざりがにを取った話をしたり。
どうやら地元が同じみたいで、共通の話題が多くてとても楽しい。
他の人が聞いたら他愛もない話を重ねていく。
気づくと、あっという間に葉月駅のアナウンスが流れた。
「着いたみたいだね」
「はい」
「話相手になってくれてありがとう。あっという間だった」
「こちらこそ。お話出来て楽しかったです」
お互いに顔を見て、微笑みあう。
電車の降り際「じゃあ」と言いあい、やっぱりお互いの場所へと戻ってゆく。
改札口を出て、自宅まで歩いてる最中。
もしかしたらまた、あの車両で会った時に、もう少しお近づきになれるかも。
そんな期待感が、私の中で仄かに生まれてた。
ちょっと嬉しくなって、知らず知らず頬が緩んでいた。
*
その翌日。
今日もいつもの時間に車両に乗る。
ただ、少し変化があった。
「今、帰り?」
光太さんが、声を掛けて来てくれた。
「はい。光太さんもですか?」
「うん。久しぶりにね。懐かしい人たちと会ってたんだ」
そんな風に話してると、いつものように動き出す電車。
なのにまた、寒気がしてきて――
足元をみたら床に水が張っていた。
「え? また?」
どんどん水が流れ込んできて、車両の中に水が溢れてくる。
あっという間に水位が、足首まで達していた。
これは……異常だ。絶対におかしい。
なのに周りの乗客は誰も気にしていない。普通に座って、普通にスマホを見て、普通に眠っている。
水の中に足を突っ込んでいるのに。
「この車両……おかしいですよね?」
光太さんに真剣に話しかけた。
「そうだね」
あっさりと言う。
「どうしてそんなに冷静なんで――」
「落ち着いて」
彼は私が全部言い終わる前に、そう言い微笑んだ。
「大丈夫だから。彩佳は、心配しすぎ」
その笑顔がなぜか胸に響く。
暖かくて、安心できる笑顔。
でもこのまま、ここに居てはいけない気がしてならない。
「でも……。私、次の駅で……降ります」
そう伝えた瞬間、光太さんの表情が変わり
「駄目だ!」
急に、私の腕を強く掴んできた。
さっきの口から漏れた独り言の言い訳をしてみる。
「そうだね。でも、きっと大丈夫でしょ」
彼の声は柔らかく、落ち着いていた。
それでも、何を話せばいいのかわからずに、思いついた適当な話題を振ってみる。
「そういえば……昨日の雷、凄かったですよね」
「うん、あんな音、久しぶりだったな」
「電車、揺れましたよね。……ちょっと怖かった」
「あの音で、目が覚めた気がした。そいえば、駅から、歩いて帰ってるの?」
「はい。15分くらい。ちょうどいい運動になってます」
「ああ、あの坂の途中に信号がやたら長いとこ、あるよね」
「わかります! 私、よく引っかかるんです。あそこ」
「俺も小さい頃、あそこでよく信号にひっかかって、持ってたアイス溶かしたことあったなぁ」
「家に着く前に食べたらよかったのに」
「うん。一緒に居た女の子にもそう言われたよ」
「へぇ? 仲良かった子なんですか?」
「うん。とても。昔にね大事な約束をした子」
「そうなんですね」
「でも今はなかなか会えなくてね。話すこともあまりなくて。寂しいよね」
そう言った光太さんは、少しだけ微笑んだけど寂しそうな眼をする。
私はと言うと、胸の奥がチクリとした。
昔の話なのに。今日初めて話した人なのに。
『大事な約束をした子』
その小さな女の子にちょっとしたやきもち……してるんだなって自分でもわかった。
その後、駅前で見かけた浴衣の話から、昔いった盆踊りの話をお互いにしたり。
川べりで魚釣りをしたり、ざりがにを取った話をしたり。
どうやら地元が同じみたいで、共通の話題が多くてとても楽しい。
他の人が聞いたら他愛もない話を重ねていく。
気づくと、あっという間に葉月駅のアナウンスが流れた。
「着いたみたいだね」
「はい」
「話相手になってくれてありがとう。あっという間だった」
「こちらこそ。お話出来て楽しかったです」
お互いに顔を見て、微笑みあう。
電車の降り際「じゃあ」と言いあい、やっぱりお互いの場所へと戻ってゆく。
改札口を出て、自宅まで歩いてる最中。
もしかしたらまた、あの車両で会った時に、もう少しお近づきになれるかも。
そんな期待感が、私の中で仄かに生まれてた。
ちょっと嬉しくなって、知らず知らず頬が緩んでいた。
*
その翌日。
今日もいつもの時間に車両に乗る。
ただ、少し変化があった。
「今、帰り?」
光太さんが、声を掛けて来てくれた。
「はい。光太さんもですか?」
「うん。久しぶりにね。懐かしい人たちと会ってたんだ」
そんな風に話してると、いつものように動き出す電車。
なのにまた、寒気がしてきて――
足元をみたら床に水が張っていた。
「え? また?」
どんどん水が流れ込んできて、車両の中に水が溢れてくる。
あっという間に水位が、足首まで達していた。
これは……異常だ。絶対におかしい。
なのに周りの乗客は誰も気にしていない。普通に座って、普通にスマホを見て、普通に眠っている。
水の中に足を突っ込んでいるのに。
「この車両……おかしいですよね?」
光太さんに真剣に話しかけた。
「そうだね」
あっさりと言う。
「どうしてそんなに冷静なんで――」
「落ち着いて」
彼は私が全部言い終わる前に、そう言い微笑んだ。
「大丈夫だから。彩佳は、心配しすぎ」
その笑顔がなぜか胸に響く。
暖かくて、安心できる笑顔。
でもこのまま、ここに居てはいけない気がしてならない。
「でも……。私、次の駅で……降ります」
そう伝えた瞬間、光太さんの表情が変わり
「駄目だ!」
急に、私の腕を強く掴んできた。
0
あなたにおすすめの小説
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜
紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。
しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。
私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。
近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。
泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。
私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる