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第46話 その7「嫌なものは嫌だと言おう。断じて」 at 1995/4/26
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長い廊下を歩いていく足音は二つきりだった。
そして、なぜか僕の隣には、怒ったような表情を浮かべてむすりとしたままの上ノ原広子が。
「……授業始まるぞ? ついて来なくたっていいのに」
「サボってるわけじゃなくって、ちゃんとした理由があるでしょ? それに、あたしの勝手」
「掃除当番じゃないだろ?」
「黙んなさいよ、優等生のケンタ。うるさい」
僕を『ケンタ』と呼ぶのは、ロコくらい――いや、今はもうひとりいたっけ。
それでも、中学生になってからロコと一対一でまともに会話したのは、これがはじめてのような気がする。小学校の頃は違った。同じ団地棟に住んでいることもあって、しょっちゅうボール投げやら互いの家に遊びに行ってゲームをしたりだとか、毎日のように遊んでいたものだ。
しばらく無言のまま階段まで進み、二階、一階へと降りてさらに奥の、体育館に続く渡り廊下の方へと僕たちは進んで行く。そこから体育館に行くのとは別方向の、校舎裏へと回り込むと焼却炉はあった。上履きから外用の木のサンダルに履き替えた足音がからころと鳴り響く。
焼却炉の火は消えていた。
僕は開けっ放しの鉄扉の中に、ゴミ箱の中身を一気に残らず流し込んだ。
「これでいいな」
「あのさ……ありがとね、ケンタ」
「?」
そういやあ、いたんだっけ。黙ったままだから忘れかけてた。
珍しくしおらしい声音で囁くように言ったロコを振り返ると、居心地悪そうに視線をそらす。
「そ、それさ……実はね……」
「……別に誰のだっていいだろ?」
ぶっきらぼうに僕が言い放つと、ロコは驚いたように目を丸くする。
そして、今度は僕が目をそらす番だった。
「な、なんだよ? どうでもいいじゃんか。僕は誰かを助けたかったわけじゃない。誰かに感謝されたかったわけじゃないんだ。嫌なものは嫌だと言う、これ、ロコが言ってたことだろ?」
途端にロコの顔がゆるみ、くしゃりと笑って見せる。昔よく見た、ロコ独特の笑い顔だ。もう見ることはないと思っていた、懐かしい笑顔だった。
「あははは。ケンタのくせに、生意気じゃん」
「くせに、ってなんだよ。いいだろ、別に」
ムッとして言い返した僕を残して、まるでバレエを踊るようなステップでロコは歩いていく。
長くつやつやとした黒髪は陽の光など浴びずともキラキラと輝いて、まるで舞台でスポットライトを当てられたプリマドンナのように、ロコのいる場所だけくっきりと浮かび上がって見えた。そして上履きの置いてあるところまで辿り着くと、くるり、と優雅なターンをしてみせる。
それからこう言った。
「あんたが教室出てってから、ダッチの奴、すっかりへこんで小さくなってたよ。いい気味」
「仕返しとか嫌がらせされそうで、今からビクビクしてるよ」
「大丈夫。クラスの女子は、全員あんたの味方してくれるから」
「お、大袈裟だって……たいしたことしたわけじゃないんだし」
ロコの話は半分程度に受け取るとして、クラスの女子をいくら味方につけようが、小山田はその程度のことでどうにかできる奴じゃない。それなら室生たちがとっくに勝っているはずだ。
だがしかし、もうはっきりと明確に、否定しようのないほどきっぱりと、僕は小山田を、『小山田組』を敵に回してしまった。そう態度と声と意志で、宣戦布告をしてしまったのだ。僕の意志とは裏腹に、知らずのうちに喧嘩を売ってしまった委員決めの時とはまるで訳が違う。
(まあ、とりあえずは向こうの出方を窺うしかない、か……)
それさえわかればいくらでも対処のしようはある。
なんたって四〇年分の知恵があるからな。
そして、なぜか僕の隣には、怒ったような表情を浮かべてむすりとしたままの上ノ原広子が。
「……授業始まるぞ? ついて来なくたっていいのに」
「サボってるわけじゃなくって、ちゃんとした理由があるでしょ? それに、あたしの勝手」
「掃除当番じゃないだろ?」
「黙んなさいよ、優等生のケンタ。うるさい」
僕を『ケンタ』と呼ぶのは、ロコくらい――いや、今はもうひとりいたっけ。
それでも、中学生になってからロコと一対一でまともに会話したのは、これがはじめてのような気がする。小学校の頃は違った。同じ団地棟に住んでいることもあって、しょっちゅうボール投げやら互いの家に遊びに行ってゲームをしたりだとか、毎日のように遊んでいたものだ。
しばらく無言のまま階段まで進み、二階、一階へと降りてさらに奥の、体育館に続く渡り廊下の方へと僕たちは進んで行く。そこから体育館に行くのとは別方向の、校舎裏へと回り込むと焼却炉はあった。上履きから外用の木のサンダルに履き替えた足音がからころと鳴り響く。
焼却炉の火は消えていた。
僕は開けっ放しの鉄扉の中に、ゴミ箱の中身を一気に残らず流し込んだ。
「これでいいな」
「あのさ……ありがとね、ケンタ」
「?」
そういやあ、いたんだっけ。黙ったままだから忘れかけてた。
珍しくしおらしい声音で囁くように言ったロコを振り返ると、居心地悪そうに視線をそらす。
「そ、それさ……実はね……」
「……別に誰のだっていいだろ?」
ぶっきらぼうに僕が言い放つと、ロコは驚いたように目を丸くする。
そして、今度は僕が目をそらす番だった。
「な、なんだよ? どうでもいいじゃんか。僕は誰かを助けたかったわけじゃない。誰かに感謝されたかったわけじゃないんだ。嫌なものは嫌だと言う、これ、ロコが言ってたことだろ?」
途端にロコの顔がゆるみ、くしゃりと笑って見せる。昔よく見た、ロコ独特の笑い顔だ。もう見ることはないと思っていた、懐かしい笑顔だった。
「あははは。ケンタのくせに、生意気じゃん」
「くせに、ってなんだよ。いいだろ、別に」
ムッとして言い返した僕を残して、まるでバレエを踊るようなステップでロコは歩いていく。
長くつやつやとした黒髪は陽の光など浴びずともキラキラと輝いて、まるで舞台でスポットライトを当てられたプリマドンナのように、ロコのいる場所だけくっきりと浮かび上がって見えた。そして上履きの置いてあるところまで辿り着くと、くるり、と優雅なターンをしてみせる。
それからこう言った。
「あんたが教室出てってから、ダッチの奴、すっかりへこんで小さくなってたよ。いい気味」
「仕返しとか嫌がらせされそうで、今からビクビクしてるよ」
「大丈夫。クラスの女子は、全員あんたの味方してくれるから」
「お、大袈裟だって……たいしたことしたわけじゃないんだし」
ロコの話は半分程度に受け取るとして、クラスの女子をいくら味方につけようが、小山田はその程度のことでどうにかできる奴じゃない。それなら室生たちがとっくに勝っているはずだ。
だがしかし、もうはっきりと明確に、否定しようのないほどきっぱりと、僕は小山田を、『小山田組』を敵に回してしまった。そう態度と声と意志で、宣戦布告をしてしまったのだ。僕の意志とは裏腹に、知らずのうちに喧嘩を売ってしまった委員決めの時とはまるで訳が違う。
(まあ、とりあえずは向こうの出方を窺うしかない、か……)
それさえわかればいくらでも対処のしようはある。
なんたって四〇年分の知恵があるからな。
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