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第180話 ピオニー・ヴァイオレット at 1995/8/14
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週が明けて月曜日だ。
新暦・八月十三日の盆の入りから、同じく八月十六日の盆明けまでの四日間は、世間一般的に『お盆休み』と呼ばれる期間にあたる。それもあってこの年の八月第三週は、中学生の親世代にもつかの間の休暇が与えられることとなり、実家に帰省したり、旅行にでかけたりと、皆様お忙しそうである。
だが、僕らのような「団地っ子」たちにとっては、それは決して多数派ではないってことだ。
カタカタカタタタタ――。
「ねー? モリケン? モリケンのウチは、実家帰ったりしないのー?」
「いやいや、そういうシブチンのところこそどうなんだよ? ウチは千葉と栃木で近いからさ」
「近いから……なんなのさ?」
カタ――。
たしかに。タイピングする手を止め考えてみる。でも、僕に親父やお袋の考えはわからない。
カタカタカタタタタ――。
「なんかさ、いまさら? ってことらしい。なにも、こんな混雑する時期じゃなくても、って」
「へー。しょちゅう帰ってるからってこと? でもさ、お盆だからこそ、帰るんじゃないの?」
「だ・か・ら。僕の考えじゃないんだって……。それより、シブチンの方こそどうなんだよ?」
「ウチは佐渡と沖縄だからねー。どっちも遠いじゃん?」
「遠いから……なんなんだよ?」
カタ――。
旅費がかかるから? 確かにシーズン真っ盛りだと、飛行機も新幹線も高いからかな?
カタカタカタタタタ――。
「……ま、いっか。僕ら子供にオトナたちの事情はわからないし、出かけなくてもいいしな」
「ところでさ……なんかあった、モリケン?」
カタ――。
「どうしてそう思うんだよ? 僕はいつもどおりだぜ?」
「そこだよ、そ・こ」
渋田は軽く肩をすくめてみせると、迷うことなく緑っぽいモニターの一点を指さした。
「『ENTRE』って書いてる。そのスペルミス、もう三回目だよ? モリケンらしくないね」
「あ……ホントだ」
『ENTER』と綴るべきが『ENTRE』と最後があべこべになっていた。いやあ、僕のはクイーンズ・イングリッシュだからさ、と強がる気にもなれず、タイプの手を休めて僕は溜息をはいた。
「はぁ……。シブチンの言うとおりさ。先週の金曜日、ちょっとね……」
「ふーん。だから、スミちゃんもノハラさんも、来てないってことなんだ」
「………………え?」
さすがにこの僕でも、ぎょっ、とした。
慌ててその場を取り繕おうとしたが、それより早く口を開いたのは渋田だった。
「いや、さ。……ここだけの話だよ? スーパー『三徳』で、頼んでおいた段ボールを、サトチンと受け取りに行った帰り道にね、僕たち、見ちゃったんだよ……二人が言い争ってるとこ」
「え……!? ど、どこで? どこで見たんだ!!」
「ちょ――ちょっと! く、苦しいってば! キリスト教病院の前あたり! 夕方頃だって!」
バス通りの上にかけられた木曽根団地と咲山団地とをつなぐ連絡橋。その下の咲山団地センターバス停の奥の方にあるのがこの近隣唯一の総合病院、キリスト教病院だ。その建物の前にはちょっとした緑地とベンチがあって、そこで二人は興奮した様子で話していたのだと言う。
「け、けほっ! な、なんなのさ、モリケン……。一体どうしたんだよ、慌てすぎだってば」
「ご、ごめん……。で、でもだな? 言い争い、ってのは見間違いなんじゃ――?」
「間違いないよ。長い付き合いのサトチンが、『あんなに怒ってるスミ、見たことない』って」
新暦・八月十三日の盆の入りから、同じく八月十六日の盆明けまでの四日間は、世間一般的に『お盆休み』と呼ばれる期間にあたる。それもあってこの年の八月第三週は、中学生の親世代にもつかの間の休暇が与えられることとなり、実家に帰省したり、旅行にでかけたりと、皆様お忙しそうである。
だが、僕らのような「団地っ子」たちにとっては、それは決して多数派ではないってことだ。
カタカタカタタタタ――。
「ねー? モリケン? モリケンのウチは、実家帰ったりしないのー?」
「いやいや、そういうシブチンのところこそどうなんだよ? ウチは千葉と栃木で近いからさ」
「近いから……なんなのさ?」
カタ――。
たしかに。タイピングする手を止め考えてみる。でも、僕に親父やお袋の考えはわからない。
カタカタカタタタタ――。
「なんかさ、いまさら? ってことらしい。なにも、こんな混雑する時期じゃなくても、って」
「へー。しょちゅう帰ってるからってこと? でもさ、お盆だからこそ、帰るんじゃないの?」
「だ・か・ら。僕の考えじゃないんだって……。それより、シブチンの方こそどうなんだよ?」
「ウチは佐渡と沖縄だからねー。どっちも遠いじゃん?」
「遠いから……なんなんだよ?」
カタ――。
旅費がかかるから? 確かにシーズン真っ盛りだと、飛行機も新幹線も高いからかな?
カタカタカタタタタ――。
「……ま、いっか。僕ら子供にオトナたちの事情はわからないし、出かけなくてもいいしな」
「ところでさ……なんかあった、モリケン?」
カタ――。
「どうしてそう思うんだよ? 僕はいつもどおりだぜ?」
「そこだよ、そ・こ」
渋田は軽く肩をすくめてみせると、迷うことなく緑っぽいモニターの一点を指さした。
「『ENTRE』って書いてる。そのスペルミス、もう三回目だよ? モリケンらしくないね」
「あ……ホントだ」
『ENTER』と綴るべきが『ENTRE』と最後があべこべになっていた。いやあ、僕のはクイーンズ・イングリッシュだからさ、と強がる気にもなれず、タイプの手を休めて僕は溜息をはいた。
「はぁ……。シブチンの言うとおりさ。先週の金曜日、ちょっとね……」
「ふーん。だから、スミちゃんもノハラさんも、来てないってことなんだ」
「………………え?」
さすがにこの僕でも、ぎょっ、とした。
慌ててその場を取り繕おうとしたが、それより早く口を開いたのは渋田だった。
「いや、さ。……ここだけの話だよ? スーパー『三徳』で、頼んでおいた段ボールを、サトチンと受け取りに行った帰り道にね、僕たち、見ちゃったんだよ……二人が言い争ってるとこ」
「え……!? ど、どこで? どこで見たんだ!!」
「ちょ――ちょっと! く、苦しいってば! キリスト教病院の前あたり! 夕方頃だって!」
バス通りの上にかけられた木曽根団地と咲山団地とをつなぐ連絡橋。その下の咲山団地センターバス停の奥の方にあるのがこの近隣唯一の総合病院、キリスト教病院だ。その建物の前にはちょっとした緑地とベンチがあって、そこで二人は興奮した様子で話していたのだと言う。
「け、けほっ! な、なんなのさ、モリケン……。一体どうしたんだよ、慌てすぎだってば」
「ご、ごめん……。で、でもだな? 言い争い、ってのは見間違いなんじゃ――?」
「間違いないよ。長い付き合いのサトチンが、『あんなに怒ってるスミ、見たことない』って」
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