182 / 539
第181話 彼女たちのいない夏の日 at 1995/8/15
しおりを挟む
ゴンゴン――。
もう三度目になるこもった金属音が静けさに吸い込まれて消えた頃、ようやく上ノ原家全員が不在であるという認めざるを得ない事実を受け入れることにした僕は、がくりと肩を落とした。
「いないんじゃあ仕方ないか……。たぶん、お盆で里帰りしてるんだ、ロコのウチみんなで」
お父さんが山形出身で、お母さんが秋田の生まれだったはずだ。
こうして直接ロコの家を訪ねるなんて、小学生以来一度もしたことがなかったっけ。昔はそれこそ、毎日朝早くからどちらかがどちらかの家に訪ねていって、一日中遊んでいたものだ。
よその家に遊びに行ってドアが開くと、その家独特の匂いがふわりと漂ってくる。ロコの家の匂いは、学校の花壇に植えてあった黄色いフリージアの香りに似ていた。甘くフルーティーな香り。こうして団地の武骨なスチールドアの前に立っているだけで、その香りが漏れてくる。
その懐かしさが、余計に僕の気持ちをブルーにさせていた。
「ホントに……喧嘩、しちゃったのかな……スミちゃんと」
なんでそんなことになってしまったのだろう。
いや、僕の頭の中には一つだけ可能性が浮かび上がっていた。思い上がりだ、と鼻で笑われるかもしれない。身のほどを知れ、そう嘲笑し、叱咤する人もいるだろう。けれど僕は、あの忘れがたい『告白失敗デート』の後の、ロコの変化がどうしても気になってしまっていたのだ。
(……話しがあるんだけど、スミ)
でも、結局ロコは純美子にその『話』をすることはなかった。僕が先約として純美子と話し、そのあと自分の番になったものの、『もう、いい』と話すこと自体をやめてしまったのだ。いや、それだけではない。それ以来、ロコは自分から純美子に話しかけようとしなくなったのだ。
(じゃあ……あたし、帰るね)
あの震えた声。
僕も純美子も、ロコに対してなんらやましいことはしていない。
恥ずべきことなんて、たったひとカケラもない。
けれど。
あのまま、もしロコが現れていなかったら、と考えると、僕は何も言えなくなってしまう。
(ケンタ君は来ないで! あたしがロコちゃんと話したいの! お願いだから、来ないで!!)
どうして純美子は、あんな風に言ったんだろう。
わざわざ僕を遠ざけるような言葉を。
僕が一緒の方が、ロコを納得させるにはより有利だったはずなのに。ロコの考えることなんて手に取るようにわかる僕がいれば、喧嘩なんてせずに済んだはずだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「こっちもか……だよなぁ……」
結局僕は、頭の中でさんざん堂々巡りをしたあげく、純美子たち一家の暮らすハー12号棟まで訪ねていき、三回目になるノックを済ませて、はぁ、と重くじめついた溜息を吐き漏らしていた。
「ま、冷静に考えたら、純美子じゃない誰かとご対面しちゃう方がやばかったかもしれないな」
ついつい気になってここまで押しかけてしまった僕だけれど、純美子のご両親とはお会いしたことがなかったし、そもそも純美子だって僕のことをどう説明したらいいのか迷うだろう。
彼氏? ただの友だち?
それとも、部活の人?
最後のだけは、さすがにココロが折れる……。
この日の僕は、さすがに部活に顔を出す気にもなれず、そのまま家路についたのだった。
もう三度目になるこもった金属音が静けさに吸い込まれて消えた頃、ようやく上ノ原家全員が不在であるという認めざるを得ない事実を受け入れることにした僕は、がくりと肩を落とした。
「いないんじゃあ仕方ないか……。たぶん、お盆で里帰りしてるんだ、ロコのウチみんなで」
お父さんが山形出身で、お母さんが秋田の生まれだったはずだ。
こうして直接ロコの家を訪ねるなんて、小学生以来一度もしたことがなかったっけ。昔はそれこそ、毎日朝早くからどちらかがどちらかの家に訪ねていって、一日中遊んでいたものだ。
よその家に遊びに行ってドアが開くと、その家独特の匂いがふわりと漂ってくる。ロコの家の匂いは、学校の花壇に植えてあった黄色いフリージアの香りに似ていた。甘くフルーティーな香り。こうして団地の武骨なスチールドアの前に立っているだけで、その香りが漏れてくる。
その懐かしさが、余計に僕の気持ちをブルーにさせていた。
「ホントに……喧嘩、しちゃったのかな……スミちゃんと」
なんでそんなことになってしまったのだろう。
いや、僕の頭の中には一つだけ可能性が浮かび上がっていた。思い上がりだ、と鼻で笑われるかもしれない。身のほどを知れ、そう嘲笑し、叱咤する人もいるだろう。けれど僕は、あの忘れがたい『告白失敗デート』の後の、ロコの変化がどうしても気になってしまっていたのだ。
(……話しがあるんだけど、スミ)
でも、結局ロコは純美子にその『話』をすることはなかった。僕が先約として純美子と話し、そのあと自分の番になったものの、『もう、いい』と話すこと自体をやめてしまったのだ。いや、それだけではない。それ以来、ロコは自分から純美子に話しかけようとしなくなったのだ。
(じゃあ……あたし、帰るね)
あの震えた声。
僕も純美子も、ロコに対してなんらやましいことはしていない。
恥ずべきことなんて、たったひとカケラもない。
けれど。
あのまま、もしロコが現れていなかったら、と考えると、僕は何も言えなくなってしまう。
(ケンタ君は来ないで! あたしがロコちゃんと話したいの! お願いだから、来ないで!!)
どうして純美子は、あんな風に言ったんだろう。
わざわざ僕を遠ざけるような言葉を。
僕が一緒の方が、ロコを納得させるにはより有利だったはずなのに。ロコの考えることなんて手に取るようにわかる僕がいれば、喧嘩なんてせずに済んだはずだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「こっちもか……だよなぁ……」
結局僕は、頭の中でさんざん堂々巡りをしたあげく、純美子たち一家の暮らすハー12号棟まで訪ねていき、三回目になるノックを済ませて、はぁ、と重くじめついた溜息を吐き漏らしていた。
「ま、冷静に考えたら、純美子じゃない誰かとご対面しちゃう方がやばかったかもしれないな」
ついつい気になってここまで押しかけてしまった僕だけれど、純美子のご両親とはお会いしたことがなかったし、そもそも純美子だって僕のことをどう説明したらいいのか迷うだろう。
彼氏? ただの友だち?
それとも、部活の人?
最後のだけは、さすがにココロが折れる……。
この日の僕は、さすがに部活に顔を出す気にもなれず、そのまま家路についたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
初恋♡リベンジャーズ
遊馬友仁
青春
【第五部開始】
高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。
眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。
転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?
◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!
第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる