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第251話 確かにあったかもしれない『過去』 at 1995/9/29
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最悪の予想が当たってしまった――。
それが僕の率直な感想だった。
「――ですがね?」
しかし、どこか腑に落ちない顔つきで、荻島センセイは片眉を吊り上げてみせる。
「確かに古ノ森君の言ったとおり、一年の時にクラスでいじめに遭っていた、という確固たる証言が先生側・生徒側の両方から得られましたよ。が、同時に、具体的ないじめの内容は今ひとつふわっとしていて、誰も彼も記憶が曖昧で定かではなかったのです。そう、まるで――」
「………………まるで?」
「まるで、いじめの被害者であるはずの水無月さんだけ存在していなかった、そんな不思議な感覚を、センセイは覚えましたよ。いやあ、まったく落語みたいな馬鹿々々しい噺ですがね」
「……なるほど。確かに変ですね」
――いや、変じゃない。
むしろ、そうであるはずだ。
前回の僕とロコを含めた三人の『リトライ者』による情報共有の場で判明したわずかな情報から仮説を組み立ててみるならば、そうである方が最も筋が通るのだ。
なぜならそれは、この僕らの『過去』に落ちてきたのが水無月さんなのだから。
とはいえ水無月さんには、残念ながら、本当にいじめの被害に遭っていた事実があるのだろう。だからこそ、この僕らの『過去』と乖離しないように、その事実と記憶のみがうっすらと残されているのだ。例の『西中まつり』で登場した向井さんと、ええと――もう一人の名は忘れた――あの二人は恐らく、実際のいじめ行為はほとんどしていない。記憶があるだけなのだ。
『最悪の予想』と僕が感じたのは、この『架空のいじめ』を完全に排除することは極めて困難なのではないか、という推測ゆえだ。蒸し暑い夏の日の、アスファルトの上の逃げ水のように、追えば追うほど逃げていく実体のない蜃気楼のようなものだからだ。核心に迫れば迫るほど、首謀者も根源もあやふやになって判然としなくなる。こうなると、手の打ちようがない。
ふと、僕の脳裏に疑問が湧いた。
「ちょ――ちょっと待ってください? センセイの話しぶりでは、確かに過去にいじめの事実が遭った、と聴こえたんですけど……違いますか? 合ってますよね?」
「ええ、そう言いましたよ、私はね」
荻島センセイは急にとぼけたような顔つきをしてみせた。
「ならば、と聡明な君はきっとあたしにこう尋ねるんでしょうね? じゃあ旦那、今はどうなんです? って。まあ、ありていに言っちまうと、水無月さんへの偏見や嫌悪感が残っているってなぁ事実でさぁね。それについちゃあ、このあたしだってごまかしようがござんせんよ」
そして荻島センセイは、まるで落語の一席でも語るかのように、ブロークン・江戸弁を操って、べらんめえとばかりにまくしたてた。それから、にやり、と口元を笑みの形に引き上げた。
「……けどね? 変わってきたのもこれまた事実。その原因を作ったのは君たちだ。一体どんな魔法を使ったのかは知りませんけれどね? でも、君たちのおかげで、クラスのみんなの水無月さんに対する気持ちは良い方向に変わりはじめています。完全に、とまでは言いませんが」
「それは……よかった……」
「おや? おやおや? 私のハナシを素直に信じるんですか? 事実を隠蔽しているかも――」
即座に盲目的に、僕の返答は聴こえてしまったのだろうか。抜け目のない視線でそううそぶく荻島センセイに、僕はここ最近で一、二番に入る真面目な顔をすると、するり、と言った。
「そんなセンセイじゃないってこと、とっくに知ってますから」
「……はははっ! やっぱり君は、実に喰えない生徒ですねぇ」
「あははは……それはお互い様だと思いますけどね、センセイ」
まるで真剣勝負のポーカーで対峙している勝負師のごとく、僕と荻島センセイはお互いを見つめて、にやり、と微笑んでいた。相手の実力と度量を知った上でのかけひき。悪くはない。
「ま、これからも君には期待していますよ、古ノ森君?」
「センセイは……僕を買い被りすぎです」
「さあ? たとえ思い過ごしであろうとも、君がその一役を担っていることは事実ですから」
それが僕の率直な感想だった。
「――ですがね?」
しかし、どこか腑に落ちない顔つきで、荻島センセイは片眉を吊り上げてみせる。
「確かに古ノ森君の言ったとおり、一年の時にクラスでいじめに遭っていた、という確固たる証言が先生側・生徒側の両方から得られましたよ。が、同時に、具体的ないじめの内容は今ひとつふわっとしていて、誰も彼も記憶が曖昧で定かではなかったのです。そう、まるで――」
「………………まるで?」
「まるで、いじめの被害者であるはずの水無月さんだけ存在していなかった、そんな不思議な感覚を、センセイは覚えましたよ。いやあ、まったく落語みたいな馬鹿々々しい噺ですがね」
「……なるほど。確かに変ですね」
――いや、変じゃない。
むしろ、そうであるはずだ。
前回の僕とロコを含めた三人の『リトライ者』による情報共有の場で判明したわずかな情報から仮説を組み立ててみるならば、そうである方が最も筋が通るのだ。
なぜならそれは、この僕らの『過去』に落ちてきたのが水無月さんなのだから。
とはいえ水無月さんには、残念ながら、本当にいじめの被害に遭っていた事実があるのだろう。だからこそ、この僕らの『過去』と乖離しないように、その事実と記憶のみがうっすらと残されているのだ。例の『西中まつり』で登場した向井さんと、ええと――もう一人の名は忘れた――あの二人は恐らく、実際のいじめ行為はほとんどしていない。記憶があるだけなのだ。
『最悪の予想』と僕が感じたのは、この『架空のいじめ』を完全に排除することは極めて困難なのではないか、という推測ゆえだ。蒸し暑い夏の日の、アスファルトの上の逃げ水のように、追えば追うほど逃げていく実体のない蜃気楼のようなものだからだ。核心に迫れば迫るほど、首謀者も根源もあやふやになって判然としなくなる。こうなると、手の打ちようがない。
ふと、僕の脳裏に疑問が湧いた。
「ちょ――ちょっと待ってください? センセイの話しぶりでは、確かに過去にいじめの事実が遭った、と聴こえたんですけど……違いますか? 合ってますよね?」
「ええ、そう言いましたよ、私はね」
荻島センセイは急にとぼけたような顔つきをしてみせた。
「ならば、と聡明な君はきっとあたしにこう尋ねるんでしょうね? じゃあ旦那、今はどうなんです? って。まあ、ありていに言っちまうと、水無月さんへの偏見や嫌悪感が残っているってなぁ事実でさぁね。それについちゃあ、このあたしだってごまかしようがござんせんよ」
そして荻島センセイは、まるで落語の一席でも語るかのように、ブロークン・江戸弁を操って、べらんめえとばかりにまくしたてた。それから、にやり、と口元を笑みの形に引き上げた。
「……けどね? 変わってきたのもこれまた事実。その原因を作ったのは君たちだ。一体どんな魔法を使ったのかは知りませんけれどね? でも、君たちのおかげで、クラスのみんなの水無月さんに対する気持ちは良い方向に変わりはじめています。完全に、とまでは言いませんが」
「それは……よかった……」
「おや? おやおや? 私のハナシを素直に信じるんですか? 事実を隠蔽しているかも――」
即座に盲目的に、僕の返答は聴こえてしまったのだろうか。抜け目のない視線でそううそぶく荻島センセイに、僕はここ最近で一、二番に入る真面目な顔をすると、するり、と言った。
「そんなセンセイじゃないってこと、とっくに知ってますから」
「……はははっ! やっぱり君は、実に喰えない生徒ですねぇ」
「あははは……それはお互い様だと思いますけどね、センセイ」
まるで真剣勝負のポーカーで対峙している勝負師のごとく、僕と荻島センセイはお互いを見つめて、にやり、と微笑んでいた。相手の実力と度量を知った上でのかけひき。悪くはない。
「ま、これからも君には期待していますよ、古ノ森君?」
「センセイは……僕を買い被りすぎです」
「さあ? たとえ思い過ごしであろうとも、君がその一役を担っていることは事実ですから」
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