拝啓、あなた方が荒らした大地を修復しているのは……僕たちです!

FOX4

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お兄様Incoming

PHASE-17

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「大丈夫なんですかね~」
 ギイギイと軋む背もたれに体重を預けながら、イーロンの職員さん達はちゃんとやっているのかと、天井を仰いでいる。

「問題ねえよ」
 帰ってきてからというもの、上機嫌なおっさんが僕の目の前にいる。
 あまり目を合わせたくないので、天井を見ているのも理由の一つだったりする。
 最初は皆さん怪訝な表情で、整備長の話を耳にしていたけども、やはりというべきか、ロールさんがその内容に肯定すると、一転して、皆さんの尊敬を受けるようになっていた。
 それからはずっと調子こいてる。

「あんな仕事場でへべれけだったのにですか?」

「へべれけなのは別としても、あいつ等は普段から、酒飲みながら仕事してるらしいからな」

「はあ!?」
 耳を疑ってしまう。背もたれの反動を利用して勢いよく立ち上がった。
 酒を飲みながらってなんだよ。
 膨れる僕に、寒い環境下では、強めの酒を飲みつつ体を温め、体の動きをよくするって教えてくれる。
 まったくもって納得のいくものではない。だって、仕事してなかったじゃん。僕たちが頑張ったじゃん。
 しかも何が寒いだよ。暖炉で暖房ガンガン効いてたじゃん。暖かい環境でご飯食べてるよね。寒い思いって、自宅と職場の移動の間くらいだろ。

「甘過ぎでしょ」

「まあ、そう言ってやるなよ」
 あら、普段だったら、僕の発言や良しとばかりに賛同するでしょう。
 とくにお酒大好きな貴男なら、その環境が羨ましくてたまらないはず。整備長にとってはまほろばでしょ? そういう職場で仕事したいんじゃないですかね。
 でも、整備長は、酔いどれたのはあの時だけだと口にする。
 よく考えろと、僕を諭そうとしている。
 彼等は今まで甲鎧王の脅威下にあり、それから開放されたんだ。一日二日、羽目を外しても目くじら立てずにいてやれ。
 いままで苦しめられていた、街道の雪崩の撤去作業は大雪降る寒空の下で励んでいた。そこに、気付けの酒を飲むくらいは許してやってもいいじゃないか。だとさ。
 なんなのこの大人のような意見。整備長じゃないみたい。
 これが、かりそめから刷り込まれていって、人間性まで磨きのかかった英雄だとでもいうのだろうか? このまま、皆に尊敬される素敵な整備長に変わるのだろうか。

「イーロンの話しみたいだけど、丁度、ロトト山脈の所有権が決まったよ」
 魔石鏡にて結果を局長と一緒に聞いたそうで、ロールさんが僕の横の空いた席に座る。
 どうせ、魔王軍と折半くらいで話が付いたところでしょう。
 ――――と、思っていたけども、魔王軍は権利を放棄して、ロトト山脈から完全撤退するので、採掘権はイーロンの街に譲渡するとの事だった。
 んな、アホな……。
 かなりの利益を得られる山脈をまるまる手放すとか……、何考えてんの? 富を得る事を必要としていないのかな?
 まあ、兵仗やらは自分たちで作ったりする存在だし、お金の価値観は人間と違うのかも知れない。甲鎧王は邪神のために軍事資金として蓄えてたけど。
 価値観の違いは齟齬が生じるだろうけども、でも、拠点を一つ明け渡す行為は不利益な事だとは分かる。
 イーロンが発展すれば、北の地に、勇者御一行を中心とした人間サイドの一大拠点が出来るはず。

「で、魔石鏡の中で、アームラン局長は上機嫌だったよ。お酒を飲みながら、左うちわだ~って喜んでたよ」

「ちょっと待ってくれよ。なんで左うちわ?」
 お? 整備長の声の階梯が一段降りましたよ。

「ロトト山脈の権利は、イーロン整備局の預かりになったそうです。本来ならイーロンの役所なんでしょうけど、今回の活躍もあった事で、鉄鉱石採掘権の筆頭に任命されたそうです」
 これで、発生する利益も、整備局が多いに確保か……。
 しかし、活躍ってなんだよ。なんもやってないよあいつ等……。
 ――――その利益で、修繕と、改修を行っていく。それも、自分たちが動く事無く、人足を雇ってから、やってもらおうと画策しているようだ。
 流石は、他力本願の極みのような方々だ。そこも抜かりない。
 雇用すれば、それだけ極寒の地にも人が集まる。
 集まれば、新たなる商売が始まり、更なる雇用も生まれる。そうやって、街の規模を大きくしていく。

「本格的に、酒を飲むだけの仕事になりそうですね」
 侮蔑を混じらせて口に出してやった。

「ふ」
 何ですか? また、余裕もって諭すつもりですか? 【ふ】とか、何をニヒルからほど遠い存在が、鼻で笑ってくれてますかね。

「――――ふ……、ふざけんじゃねえ!」
 あれぇ!? 鼻で笑う【ふ】じゃなくて、台詞の頭部分だった?
 先ほどの僕みたいに、勢いよく立ち上がっての咆哮。

「なんだよそれ! 俺だってそんな環境で仕事したいわ!」

「いやいや、お酒飲むのは気付けなんでしょ?」

「違うね。これは断じて違うね。言ったんだろ。左うちわって、あいつら仕事もしないで酒飲んで一日中過ごして、給金もらうとか――――もらうとか!」
 うるさいな! どんだけデカい声で興奮してんですか。周囲が冷ややかな視線になってますよ。
 やっぱり、いつもの整備長じゃないか。みたいな感じに戻ってますよ。
 メッキが簡単にはがれてますよ。

「そんなん俺がやりたいわ! 俺は英雄よ。一枚、噛ませろよ」
「別に利益があるからって、それが給金になるわけじゃないですから」
「うるせえ! 酒飲んで同じくらいの給金なら、俺はそっちを選びたい」
「じゃあ、移動願い出せばいいじゃないですか」
 新たな整備長に僕を推薦してさ――――。

「そんな事したら、お前等が寂しいだろ」
 いやいや、平和が訪れますよ。仕事が捗りますよ。皆、毎日が楽しい就労でしょう。さっさと白き大地へとお行きなさい。
 反応を返してやらなかったら、寂しい目を送ってきた。
 ハハハ、反応してあげませんよ。

「魔王軍も随分と気っぷが良いですよね」

「うん。でもこれって、位置的に必要なかったというか。あえてイーロンの街を大きくさせようと思っているような」
 疑問符。位置的にってなに? 
 僕も、そして、未だに寂しい視線を送るおっさんも首を傾けてしまうよ。

「イーロンより北は何があるかな?」
 何があるのかな? 寒い大地しかないような。
 分からないのかな? と、覗き込んでくる仕草はたまらないです。眼鏡かけてもらっていいですか。先生と言いたいんで。
 でもって、ご褒美にいい事してもらいたいです。

 なんだ? 何かあったっけ? 
 ――――……あ! あれか。邪教という名のお笑い養成所の総本山があったね。
 そうだよ。邪神の拠点があるじゃないか。

「よくよく考えたら、よくそんな寒いところでチューリップを育ててますよね」

「温度管理の行き届いた、専用の部屋を作ってるって。趣味って傾倒すると、凄くこだわるからね」
 チューリップという単語で、僕が邪神の拠点がある事を理解していると、笑顔だ。
 ご褒美の科目は保健体育で。生命の誕生の仕組みでお願いします。もちろんマンツーマンで。
 
 魔王軍としては、イーロンの規模を大きくさせ、北の邪神に目を光らせる事を、自分たちではなく、勇者御一行にやらせようという腹積もりのようだ。
 鉄がもたらす金よりも、監視による自分たちの労力を減らす事の方が、価値ありと考えたんだろうね。
 単純に魔王さんが、シスコンの邪神に直接的に関わり合いたくないという考えが大いに締めているような気もしないでもない。
 憶測でしかないけども、カグラさんの邪神を邪険に扱う感じから、大いにあり得るとは思うんだけども。
 さしたる名産もないような所だからね。鉄で潤えばいいけども、欲に溺れないようにちゃんと引き締めなければいけないところは引き締めてくださいよ。
 困ったら王都に助力とか考えたら、全員もれなく更なる僻地へと飛ばしてもらうように、上に願い出ますからね。
 家族もいるんですし、酒ばっか飲まないで懸命に働けよ!

「それと、グラドさんからも連絡あってね、甲鎧王さんが私に対して、下品な行為をした事を謝ってきたよ」
 ああ、だから専用の部屋とかあるって知ってたのかロールさん。談笑もあったみたいだね。
 甲鎧王は現在、信徒達と一緒に布教活動に励んでいるそうだけども、グラドさんが自分よりも上の立場だというのに納得もいっていないようで、反抗的だそうだ。
 でも、そこはグラドさん。上手い事あやして扱っているそうで、上下関係をはっきりと求めようとする時は、初老の身で有りながらも、正面から受けて立つそうで、決着はつかないでいつも終わるそうだ。
 元魔王軍幹部と互角とは、やはり最高神祇官すげ~。
 他の信徒さんも甲鎧王の配下とぶつかる事もあるみたいだけども、鍛え抜かれたボディで対抗。
 今のところギスギスとしている感は否めないらしいけども、それでも上手く付き合っていこうと前向きなグラドさん。
 一応、王の名を冠してんだから、少しは大器を見せとけよ甲鎧王。
 あと、邪神も女だ、妹だと言う前に、周りをちゃんと牽引して地盤を固めろよな。
 でもって、平和的に現状の地盤だけを統治してね。

「なんだよ~」
 うん……。反応してやらなかった事に、未だにふてくされてるけどさ。
 貴男も英雄とか言われたいんだったら、内面を磨いてくださいね。仕事もせずに酒飲んで給金もらえる事を羨ましがるなんて見ていて情けなくなりますよ。
 ほら、見てください。どんどん周りの同僚の方々の視線が、いつも通りに戻っていってますから。
 短い英雄譚でしたね。

「ハハハハハハ」
 その姿が滑稽で、大いに笑えますな。
 ついつい口からも溢れてしまった。

「ハハハ――――いたた……」
 くそ、甲鎧王め! まだ痛むぞ。大きく口開けた途端に、左頬がズキズキだ。
 普通に食事は出来るようになったけども、大きく口動かしたり、駆け足で動いたりすると、未だに体が痛む。

「まだ、きつそうだね」
 へへへ――。痛む度にホッペを撫でてもらえるのは役得なんだけどね。
 何とも身勝手であるけども、こんな時だけ甲鎧王に感謝してしまうのも駄目だよね。でもすべすべの手で撫でてもらえるの最高に気持ちいい。

「いつまでも仮病をつかうな!」

「いった」
 相手にしなかったからって、ロールさんが僕にばかり気を遣ってくれるからって、嫉妬で僕を椅子ごと押し倒しやがって!
 やめてよ。僕のウィンザーチェア、いまにも壊れそうなくらいもろいんだぞ。
 普段だったら、もう貴男なんて怖くないけどね。本当に体が痛いんだよ!
 くそ! 周囲の方々もなんて冷たいんだ。
 ロールさんが僕に優しいからってさ。こんな時だけ整備長に対してサムズアップしやがって。
 嫉妬渦巻いているね。僕にモテ期が来てるからってさ。

「この野郎」

「止めて、くだしゃ――ハハハ――――いだい! だだいだいだい!!」
 マジで止めてくれ。
 整備長、馬乗りになって僕の脇をくすぐってくる。笑い出して口は開いて痛いわ、逃げだそうと体を動かす度に床にぶつけて痛いわと、
 マジでやめろや! まだ根治してないから。
 仕事しやがれ――――!
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