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十話 至高への一歩

間接的な口説き

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 引きずり出すように華候焔は俺の手を掴んで謁見の間を離れた。

 てっきり俺の部屋に行って押し倒すのだろうと思っていたが、予想に反して華候焔は俺を夕方の城下町へ連れ出し、三階建ての酒場へと連れ込んだ。

 一、二階はすでに町民や旅人などが席を取り、料理と酒を楽しんでいる。店内の賑わいも熱気も、現実のものと変わらない。

 俺たちが通された最上階は、下層の喧騒が嘘のように静まり返っていた。どうやら特別な客をもてなすための場所らしい。窓は大きく開かれ、赤くて低い手すりの向こうに広がる城下町と城の眺めに俺は目を奪われる。

 未だに実感が湧かないが、ここは俺の領地。
 今まで戦いやゲームの秘密や人間関係のことばかりに気が向いてしまい、城の外で息づいている市井のことまで考えられなかった。

 景色に目を奪われて立ち尽くしていると、華候焔が小さく笑いながら俺の肩に手を置いた。

「良い眺めだろ? たまには城の外で食べるのも悪くないと思ってな」

 促されるままに部屋へ入り、俺たちは脚の低い机を挟みながら窓側へ座る。

 おもむろに華候焔がパン、パン、と手を叩くと、料理を手にした女性たちが机の上に並べてくれる。
 その内のひとりが華候焔に近づき、艶やかに微笑みながら尋ねた。

「華候焔様、当店へお越し下さりありがとうございます。今日はどのような者を手配致しましょうか? 領内の美しい娘を揃えておりますわ。華候焔様の望まれる娘が必ずおりますかと――」

「すまないが今日は二人で静かに楽しみたい。どうか構わないでくれ」

「まあ、それは残念ですわ。大陸一の遊び上手とお聞きしておりましたから、私も含めて店の娘たちも楽しみにしておりましたのに……」

「期待させて悪かったな。その肩書きはもう過去のものだ。今はこの地の領主にすべてを捧げている身。刹那の浮気すらできぬほど、俺の心は領主様で占められている」

「フフ……領主様に妬いてしまいますわね。それでは失礼致します。どうかお二方とも、ごゆるりとお楽しみ下さいな」

 艶のある女性は軽く会釈すると、他の女性たちとともに部屋を出ていく。

 静かに引き戸が閉まり、彼女たちの気配が完全に消える。
 不意に華候焔が俺を見つめながら、愉快げに笑った。

「どうした誠人、顔が赤いぞ?」

 ……あんなに堂々と俺への想いを口に出されて、何も思わないはずがないだろう。
 ただ食事するだけの場所ではないことぐらい分かったが、断るならば最初の言葉だけで十分だというのに。

 隙あらば間接的でも口説いてくることに俺が頭を抱えていると、華候焔の目が細まった。

「昔ならば退屈しのぎに遊んでいたが、もう遊び女との戯れでは微塵も気を紛らわすことができぬ体になってしまった。しっかり責任は取ってもらうからな」

「焔……むしろ取り返しがつかない体になったのは、俺のほうなんだが」

 ずっと思っていたことを俺が呟くと、華候焔は短く首を横に振った。

「誠人はまだ引き返せるだろ。この世界と俺に染まり切っていない……俺と同じ場所に立っていない。その他大勢のせいで気が散っているようだからな」

 心の引っ掛かりを見抜かれて、俺の胸がドキリと跳ねる
 動揺を覗かせてしまった俺を見逃すはずもなく、華候焔は机に腕を乗せ、身を乗り出しながら顔を近づけた。
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