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二章 暗紅の瞳の男

レオニードの決意2

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「姉さん、行かないで!」

 不意打ちの締め付けと涙声に、レオニードの胸が詰まる。
 身内と離れた時の夢を見たのだろう。そう思うと不憫でならない。

 みなもを落ち着かせようと、レオニードはその背を撫でようとした。
 手に、何か硬いものが当たる。

(これは、胸当て?)

 疑問に思った矢先、みなもの体が弾かれたように離れた。

 紅潮した頬から色香が漂い、レオニードの鼓動が大きく脈打つ。
 睫毛を伏せて細い長息を吐くと、みなもは立てた膝に腕を乗せてうつむいた。

「ごめんレオニード……嫌な夢を見た。たまに見るんだ……村を襲われて、家族や仲間を殺されて、姉さんと離れる夢。肩を揺すられて、姉さんが戻ってきたかと思ったよ」

 自嘲気味にみなもが「そんな都合のいい話、あるはずないか」と呟く。
 涙こそ出ていないが、丸まった背中が泣いているように見える。

 しかし再びみなもが顔を上げると、いつもの気丈な顔に戻っていた。
 さっきまで儚げだった瞳の光は力強くなり、危うい弱さを隠す。

 ずっとそうやって仲間や家族を失った悲しみや、一人になった心細さに耐えてきたのだろう。
 不意にみなもが泣くまいと意地を張り続ける子供のように見えた。

 なんの慰めにならないと分かっていても、思わずレオニードは手を伸ばし、少し寝乱れたみなもの頭を優しく撫でる。

 怒られる事を覚悟していたが、意外にもみなもは微笑を浮かべた。

「フフ……懐かしいな。いつも怖い夢を見た時、姉さんがこうしてくれたから」

 そう言ういながら、みなもはやんわりとレオニードの手から離れてこちらを見上げる。

「ありがとう。少し楽になったよ」

 みなもの穏やかな言葉や表情とは裏腹に、「もうこれ以上、深く関わるな」と突き放された感じがする。

 初めて言葉を交わした時から、彼は強い人だと思っていた。
 ただ、今はその強さが悲しい。

 不意に抱きしめたい衝動に駆られたがレオニードは思いとどまる。
 今は何をしても、みなもを追い詰めるだけだ。そして自分の心も冷静に彼と向き合えない。

「……そうか。それなら良かった」

 釈然としなかったが、レオニードは引き下がる。
 しかし引き下がりながらも決意する。

 全力で彼を守り、力になろう。
 ――彼が何者であったとしても。
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