ロザリンデのいつわりの薔薇 ~駆け落ち寸前に別れたあなたは侯爵家の跡取りでした~

碓氷シモン

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第一章

episode_5 姉と妹

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 翌朝、ロザリンデはマティルダから、天気が良いので庭に面したテラスで朝食をとらないかと誘われた。テオドールと顔を合わせるのが嫌で一度は断ろうとしたのだが、仕事の都合でもう朝早くに出かけたことを聞き、それならと誘いを受けることにした。

 ロチルド伯爵家の広い庭の一角はちょっとした薔薇園のようになっていて、ロザリンデが世話をしていた。今まさに季節は初夏で、大輪のものから小さな花が房のようにまとまって咲くものまで、色とりどりの薔薇が咲き誇っている。その薔薇園に面したテラスに白いダマスク織のクロスをかけたテーブルがセットされて、マティルダと子供たちはもう席についていた。

 皿の上で湯気を立てる、キノコのソースがかかったオムレツに、きつね色に焼き上がったパン。みずみずしいベリーや旬を迎えた杏が盛られた籠、黄金色に輝く採れたての蜂蜜、金彩で縁取られた優美な食器、糊のきいたナプキン……いつも通りの豪華な伯爵家の朝食だ。目が覚めた時には沈んだ気分だったが、テーブルの様子が目に入った瞬間、若く健康な女性としての本能が目覚めて、ロザリンデは急にお腹が空いてきてしまい、現金なものだとなぜかおかしくなった。

「お待たせしてごめんなさい、お姉様」
「いいのよ。それよりロザリンデ、目が赤いわ。もしや昨夜遅かったの?……わたくしのほうこそごめんなさいね、あなたにテオドールの補佐を任せっきりにしてしまって。本来なら妻のわたくしがやらなければいけないことなのに」

 優雅な手つきで磨き上げられたシルバーのポットを持ち上げて、お茶を注ぎながら何気なく発せられたマティルダの言葉が、ロザリンデの胸に突き刺さった。マティルダは何も知らない。毎夜、あの扉の向こうで何が行われているのかを。ロザリンデは湧き上がる罪悪感と恥ずかしさに耐えられなくなって、慌てて姉から目を逸らしてうつむいた。

「お姉様は無理ができないお体ですもの、気になさる必要はないわ。それにお姉様は伯爵夫人として立派に義務を果たされたじゃないの。わたくしだけ甘えているわけにはいかなくってよ」

 薄い磁器のカップを受け取りながらつとめて明るく答えると、マティルダの薄いブルーの瞳にほんの少しの悲しみが滲んだ。

「伯爵夫人と子爵令嬢としての義務、ね。ああ、アルフレッドが生きていたら、わたくしたちももう少し……」
「それは言わない約束よ、お姉様」

 最後まで聞かず、ロザリンデは姉の言葉を遮った。

 アルフレッドが生きていたら……それは、マティルダとロザリンデ姉妹の実家であるムーア子爵家にゆかりのある人間ならば、誰もが多かれ少なかれ思ったことだろう。

 ムーア家は爵位こそ子爵でさほど高くないが、王国でも一、二を争う名門の家柄だ。その起源は今から二百年の昔、王国の歴史の始まりにまで遡ることができる。

 王国の初代国王は遠征からの帰還中、急な病に倒れ、たまたまその地を治めていたムーア家の居城に運び込まれた。そしてそのまま逝去した。

 王都から王子が駆け付け、その場で葬儀が行われたが、その際、新国王となった王太子がムーア家の礼を尽くした振舞いに大いに感動し、この地に王家の霊廟を建てることを許可した。そして、ムーア家の当主が代々、その霊廟の墓守を務めることが勅令により決められた。

 正直、この職は官位としてはかなり曖昧なもので、ムーア家にはほとんど実利はない。むしろ霊廟の管理や、王の代替わりの度にその御霊みたまを迎え入れるためにかかる費用のあれこれはほとんど持ち出しだ。だが、王家に忠誠を誓う貴族としては最高の名誉職であるのも事実であった。この王家の墓守という肩書によって、片田舎の豪族に過ぎなかったムーア子爵家は、一躍名門貴族の仲間入りを果たしたのである。

 ただし、この地位は世襲であり、その権利はムーア家の爵位を継いだ男子のみが有すること、またもし万が一ムーア家が何らかの事情で断絶した場合、廃止されるという条件も付与されていた。だからムーア家は、何があろうと未来永劫、家名を存続させる必要があったのである。
 
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