ロザリンデのいつわりの薔薇 ~駆け落ち寸前に別れたあなたは侯爵家の跡取りでした~

碓氷シモン

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第一章

episode_7 テオドール・ロチルド伯爵という男 その1

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 貴族の家に嫡男が生まれなかった場合、通常は当代当主の死去に伴い家名は断絶するが、一つだけ、娘が嫁ぎ先で産んだ子供、つまり外孫に限ってのみ、母親の実家の爵位を相続できるという特例があった。当然、その外孫は男子である必要があるのだが。

 ウォレスはこれにすがった。自分が生きているうちに、娘のマティルダかロザリンデのどちらかが貴族の家に嫁ぎ、男児を設けてくれれば、その子がムーア家の新しい当主になれる。であればぐずぐずしている暇はない。ウォレスは俄然、姉マティルダの結婚相手探しに躍起になった。

 そこに狙いすましたかのように現れたのが、テオドール・ロチルド伯爵だった。

 テオドールは実業家としても成功しており、かなりの資産家だった。だがロチルド伯爵家はいわゆる成り上がり貴族の家柄で、伯爵位も金に明かして手に入れたのだという噂がつきまとっていた。本来ならば名門貴族ムーア子爵家の令嬢に結婚を申し込むなどできないはずだが、その時のウォレスにはそんなことを忖度する余裕は一切なかった。

 先の民法の特例にはいくつか条件があった。まず、母親の嫁ぎ先は実家より爵位が上であること。これは下位貴族の家に産まれた息子が図らずして高位貴族の爵位を手にしてしまうことを防ぐためだ。これに関してはムーア家は子爵、ロチルド家は伯爵なので問題ない。次に、嫁ぎ先の爵位を相続できる男子が存在していること。長男はあくまで本来相続すべき爵位を継ぎ、次男以下の男子の誰かが母親の実家の爵位を継ぐ。つまり、その家には少なくとも二人以上の男子が産まれ、無事に成人していないとこの話は成立しない。

 マティルダは当時、十七歳だった。大丈夫だ、妻だって三人、男児を産んだじゃないか。ウォレスはマティルダとテオドールに賭けた。

 ただ一つ、不可解といえば不可解なことがあった。子爵令嬢マティルダ・ムーアは心根も優しく、教養も高く、身のこなしは優雅でいかにも貴族の令嬢といったたたずまいではあったが、その目鼻立ちはお世辞にも美しいとは言えなかった。それに対し、妹のロザリンデはまだ十一歳のあどけない少女といってもよい年頃だが、既に界隈で評判の美少女の誉れが高かった。だがなぜかテオドールはロザリンデには目もくれず、マティルダに熱烈なアプローチをし、結婚を申し込んだ。

 ロザリンデとひとまず婚約だけ交わし、結婚できる歳まで待つこともできるのに、なぜテオドールはあえてマティルダを妻にしたいと望んだのだろう。ウォレスの胸に疑問が湧かなかったといえば嘘になる。だがウォレスも子爵家の当主であると同時に、二人の娘の父親だった。娘達には幸せになってもらいたい、あんなにも望まれて嫁ぐのであれば、きっとテオドールはマティルダに生涯変わらぬ愛を捧げてくれるだろう。そう考え、子爵は二人の結婚を許した。

 マティルダはロチルド伯爵夫人となり、やがて男児を出産した。ロチルド家は跡継ぎの誕生を喜んだが、ウォレスの不安はまだ拭えなかった。頼むからもう一人、男児を産んで、立派に育て上げてくれ……。もちろん並行してロザリンデの嫁ぎ先探しも進めてはいたが、なにぶんまだ子供ができるなんてはるか先の話だ。その後、マティルダは二度の出産を経験したが、どちらも生まれてきたのは女児だった。

 三人目の子供が産まれた直後、マティルダは体調を崩し、子育てと伯爵夫人としての働きの両立が難しくなった。乳母か養育係を雇いたいとマティルダが夫に相談したところ、テオドールは思ってもみなかったことを言い出した。君の妹のロザリンデに手伝いに来てもらったらどうだろうか。素性の知れない乳母よりも、実の妹のほうがお互いに都合が良くはないか、と。

 マティルダにとっては、これ以上の話はなかった。彼女は早速、実家の父に手紙を出し、ロザリンデをロチルド伯爵領によこしてくれるよう頼んだ。ウォレスにとっても、間もなく十六歳になろうとしていたロザリンデにとっても、悪い話ではなかった。ムーア子爵領は国境沿いの辺境の地だが、ロチルド領は王都からほど近い。ロザリンデも年頃の女性だから、当然、きらきらした都会の生活への憧れもある。それにしばらく会っていなかった姉や、かわいい甥と姪と一緒に暮らせるのは楽しいだろう。ウォレスはウォレスで、ロザリンデほどの見目麗しい令嬢が王都の近くにいれば、きっと良い嫁ぎ先が見つかるはずだと考えた。こうして全員の利害が一致して、ロザリンデはロチルド伯爵家で姉夫婦と同居することになった。
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