それを愛と呼ぶのだろう

稲葉鈴

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2.姉のリューディアはキュラコスキ伯爵子息に嫁いだ

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「パーヴァリ」

 久しぶりにキュラコスキ伯爵家に嫁入りした姉のリューディアに再会したのは、レヘコスオ学院を卒業し、殿下の側近の使い走りとして勤め始めた頃に催された、第二王女殿下主催の夜会だった。

 ハンナマリ第一王女殿下がミエト国にお輿入れされ、王家の王女はクリスタ王女お一人になった。故にどこかの家に降嫁されるであろうから、その練習である。と、目されている。

 真実は集団お見合いの類かもしれないが、まあ自分はその辺りの事は知らない。手配に関する作業はしたけれど、殿下方の御心まで踏み込むのは職分ではないからだ。

 呼ばれた己の名に反応して振り返れば、夫にエスコートされた姉がいた。すらりと伸びた背筋に、落ち着いたピンクのドレス。若いご令嬢が着るようなものではなく、幾分灰色がかっているように見える。上にもう一枚薄布を重ねてでもいるのだろう。姉は昔から、ピンク色が好きだったから。

「お久しぶりです。姉上、キュラコスキ卿」
「久しぶり、パーヴァリ。お仕事は順調?」
「まだ使い走りですから」

 学院を卒業したのはついこの間だ。これから短い夏の間を使った社交の期間、それからさらに短い秋の巡幸の季節、長い冬の内政の期間を経て、配属が決まる。自分よりも、すでに殿下の側近として働いている兄に使われているケルッコの方が、忙しそうだ。

 姉夫妻の少し後ろに、薄黄色いドレスをまとったご令嬢が一人困った顔をして佇んでいる。薄茶色い髪をハーフアップにして、それから襟足でまとめているのだろう。もこもこしているように見えるから、三つ編みにしているのかもしれない。大きな瞳も、同じような薄茶色。

 あちらでは、フィルップラ侯爵令息とどうしてともに入場して来たのかと、問い詰められているご令嬢もいる。楽しそうなので誰も止めにはいかないが、目の前のご令嬢もそちらに混ざりたいのではないだろうか。

 いや、自分からそんな話は振らないのだが。



 姉夫婦から近況を聞かれ、それに答える形で、緩やかに会話が成立してゆく。姉の嫁ぎ先であるキュラコスキ伯爵家としては、縁戚に国の重鎮がいるのは、特に何かをする予定がなくても嬉しい事なのだろう。励むように、と、笑顔で自分の腕を軽く叩きながら、会話が結ばれる。

「それでね」

 ようやく姉が、本題の口火を切った。

 姉夫婦が自分の近況について聞いていたのは、まあご本人たちの興味もあるだろうが、後ろにいらっしゃるご令嬢に自分を売り込むのも含めているのだろう、と思ったので正直に答えておいた。

 先に紹介しておくべきではないのか、と少し思ったが口には出さない。出したところで、すでに遅い。

「こちら、メルヴィ様。メルヴィ・クレーモア子爵令嬢よ」
「初めまして。パーヴァリ・メラルティンと申します」
「はじめまして。ご紹介にあずかりました、メルヴィと申します」

 ご令嬢は軽く足を引き、腰を落とす淑女の礼をして下さった。

 姉夫婦はじゃあね、とだけ言って去っていく。じゃあね、じゃない。

「姉が大変な失礼を」

 思わずため息を吐く。吐いたため息はすぐに吸えば深呼吸だとたまに殿下が言っているが、今はそんな気が起きない。

「いえ、そんな」

 呆然と姉夫婦を見送ったメルヴィ嬢に、エスコートさせていただいてもよろしいかと問いかける。恥ずかしそうに頷いて頂けたので、腕を差し出して。

「一旦、軽食でもつまみましょうか。喉も乾いておりますし」
「そうしていただけると、助かります」

 メルヴィ嬢をエスコートして、なぜフィルップラ侯爵令息と入場したのかと問い詰められていたアハマニエミ伯爵令嬢を中心とした一団からは少し離れたところへと歩を進める。クリスタ王女が中心近くにいたように見えたが、見なかったことにしよう。職分から外れる。

 ちらり、と、メルヴィ嬢がアハマニエミ伯爵令嬢たちの一団へと視線をやる。自分もそちらを見たのだから、まあ、咎めるつもりもない。というか、目につく集団なのは確かだ。現在ではアハマニエミ伯爵令嬢とクリスタ王女を中心に、女性陣が。その周りに、ダンスに誘いたいのだろうか、男性陣が少しずつ集まり出したところか。

「お酒は」
「あまり、得手ではなくて」

 侍従を呼び止めて、炭酸水を二杯頼む。メルヴィ嬢が、こちらを見て目を瞬いた。

「本日は、モルサを使用しています」
「どうもありがとう」
「良い夜を」

 モルサは黄色い粒が連なるベリーだ。酸味があって、炭酸水を爽やかにしてくれるから好まれるが、今の季節はドライモルサしか出回っていない。旬じゃないからだろう。それでもモルサが出てくるあたりに、王家の夜会を感じさせる。

 細長いグラスの底の方にはモルサのジュレが沈み、その細長いグラスを振るとジュレが混ざる。炭酸も抜けるが、好きな濃さに出来るので人気がある飲み物だ。

「どうかされましたか」
「パーヴァリ様は、お酒を召されませんの?」

 ああ、それで瞬きを繰り返していたのかと腑に落ちる。わが国では、男性は酒を嗜むものだ。酒に弱いと侮られたり憐れまれたりする。市民は知らないが、貴族はそうだ。

「自分は先ごろ学院を卒業した身です。それほど強くはありませんので、ご令嬢にお付き合いしている、という、体裁を頂けると助かります」

 学院では食前酒に食後酒など、酒を嗜む機会は多い。先輩に呼ばれて飲むこともあるが、先生に呼ばれて飲む事すらあるのである。勿論、建前としては十八歳を超えてから、であって、実際の所は十五歳の頃には誰もが飲んだことはあるのだが。十歳の頃にはそんなことには馴染んでいない。自分のように兄や従兄がいるものは漏れ聞いていたりもするが。

 けれどメルヴィ嬢が微笑まれたので、対応としては正しかったのだろう。

 こくり、と、炭酸を喉に送り込んで、互いに一息入れる。姉がすべてを放棄して立ち去ったせいで、互いにとっかかりがないのだ。

「気になりますか」
「え」
「フィルップラ侯子が、ビルギッタ・アハマニエミ嬢と夜会にいらっしゃいまして。その件で皆、アハマニエミ伯爵令嬢を問い詰めていらっしゃるのでしょう」

 視線だけで、あの一団を指し示す。

 他に話題らしい話題がないのだから仕方あるまい。令嬢としては、何事かと気になることであろうし。

 陛下のお声がかりのお見合の直中であることを、自分は知っている。フィルップラ侯子のお見合のために、彼を城に長時間拘束は出来ないと、殿下以下側近の皆様が頑張っておられることを直に聞いて知っているからだ。どこでって、殿下の執務室の控えの間で。フィルップラ侯子の抜けた穴を埋めるためにそして穴を作るために、自分も現在早出残業の日々である。

 ただまあそういった詳しい事情を、婚約者でもない、ただ紹介されただけのご令嬢に教えるわけにはいかないので、当たり障りのないところだけを教える。

 メルヴィ嬢も知りたかったのは、何の集まりなのだろうか、という点だけだったようで。それが解消されたら微笑まれたので良かったのだろう。まあ、気になる集団ではある。

 丁度炭酸水を飲み終わるころ、楽団が奏でる音楽を変えた。

 挨拶の時間は終わり、ダンスの時間だ。

「一曲踊って頂けますか?」
「ええ、喜んで」

 自分たちは侍従にグラスを渡して、ダンスホールへと向かった。
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