それを愛と呼ぶのだろう

稲葉鈴

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3. メルヴィ子爵令嬢と踊っていたのは見られていた

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「それで、あのご令嬢はどちらの方だ?!」

 翌日。

 いつものように出仕すれば、ケルッコがすっ飛んできてきらきらした瞳で問うてくる。ケルッコは恋愛話が好きだ。その割に、本人に未だに婚約者はいない。

 ケルッコに言わせれば、いないからこそそういう話をしたいのだという。よく分からない。

「見ていたのか。メルヴィ嬢は、クレーモア子爵家の次女だそうだ」
「クレーモア子爵家か、可もなく不可もなく、だな」
「そうだな」

 王女様が降嫁したこともなければ、王妃を輩出したこともない。その点では我が家と同じだが、我が家のようにこうして殿下方の側近くで働くこともない。

 騎士の家系というわけでもなく、ただ、国の経済を問題なく回してくれているだけだ。そのことに誰も不満はない。領を過不足なく運営し、悪事などを働かない。問題のない範囲で私腹を肥やし、有事に倉庫を開放する。それが求められる貴族の姿であり、それ以上を求めないことも往々にしてある。そういうことだ。

「それで、婚約するのか」
「どうだろうな」
「どういうことだよ」
「彼女はあまり乗り気ではないように見えた」

 お互いに結婚適齢期ではあるが、お互いに一目惚れには至らなかった。

 もしかしたら程よくお付き合いをし、程よく情が芽生え、程よく愛せるかもしれないが。だが昨日はそれに至らなかった。

 以前からケルッコが言っているが、恋愛にはどちらかの、出来れば双方向の愛が必要だ。恋だけではどうしようもない。そこには愛が、何らかの形の愛が必要なのだとよく熱弁している。酒が入ると特に。

 現在自分は仕事が楽しいと思っているし、彼女と踊るのが楽しくなかったとは言わないが、仕事の調整をしてまでお茶をしたい、と思うほどの情熱もない。おそらくは、お互いに。

 昨日は一応、最近流行っている、というカードを帰宅後に送っておいた。カードに記載されているのは短い一文。なんでも、色々な詩文や歌詞から選りすぐられているらしい。母上付きのメイドに頼んで、ご令嬢に送るのによさそうな、当たり障りのない、カードを選んでもらったわけだ。

 さて殿下の執務室の控えの間にも、これが置いてある。孫娘が二人いるという殿下の執事であるラッセが持ち込んだのだそうだ。彼は愛しい孫娘たちから令嬢方の流行を聞いてきてくれるので大層有り難がられている。

 その棚には一応詩の全文も掲載してくれているから、どれを選べばどれくらいの熱量、というのも分かってありがたい。

 メルヴィ嬢から届いた返事のカード、こちらは花だった。今流行しているという詩人のカードではなく、普遍的な。多分、意中の相手に送るのであれば、花言葉なんかをあしらっているものを使うだろう、と思われるようなものだった。

 そしてあちらの親御さんから父に連絡があるでもなく。こちらからも、一応姉に見合のまねごとをさせられた、とだけ伝えておいた。

 進めるか、という話には首を横に振ったくらいだ。

 望まれるのであれば悪くはないが、自分から強く望むほどではない。



 自分はそう思ったし、おそらく、メルヴィ嬢もそう思ったのだと思う。



 この時は、それで終わった。

 ご縁がなかったのだと思ったけれど、自分と彼女のご縁は、ちゃんとあったのだ。
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