【3部連載中】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~

南條 綾

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3章 不条理な山の招待

81話 死をもたらす雪の華

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 エレナが俺の腕を掴み、震える指で地面を指した。

「シビさん、見てください……足元が……」

 岩肌が、変わっていた。
 それまでの茶褐色の土や岩は姿を消し、そこにあるのは黒光りする鋭利な結晶の群れだった。
 光を吸い込むような黒い結晶が、表面に薄く白い粉をまとって、まるで無数の黒い牙が並んでいるように見える。

 結晶の隙間から、冷たい空気がスーッと漏れ出し、足元を這うように広がっていく。

「シビさん。危険ですわこの白いの。冷たくて何者かの攻撃ですの?」

「これは雪だ。一応自然現象だ」

 多分、位置的に海洋国家に近いエレナは雪を見たことがないのだろう。
 綺麗な雪が、薄く、不気味に張り付いている。
 表面はサラサラに見えて、触れれば指先が凍りつくような冷たさ。

 普通の雪ならふわっとした柔らかさがあるはずなのに、この白いものはなんだ!
 地面の黒光りする結晶の尖った部分に、食い込むように食いついて密着している。
 まるで血を吸う生き物のように、じっとりと張り付いて離れない。
 息を吐くと、白い粉が軽く舞い上がり、俺の鼻先でゆっくりと溶けていく。
 甘ったるい腐敗臭が、ほんの少し混じっている気がした。

「これが……雪、なんですの?名前は知っているんですがこんなに綺麗なんですね」

 エレナの声に、わずかな驚きと好奇心が混じる。
 彼女の瞳が、純粋に白い粉を映してキラキラと輝いている。
 俺は、その白い塊を軽く踏んでみた。ギュッ、という柔らかな音じゃない。
 バリッ、とガラスの粉を砕くような嫌な音が、静寂の中に響き渡る。
 足裏に伝わるのは、鋭い破片が革靴の底を突き刺すような痛み。
 踏んだ部分が、黒い結晶に沿ってパキパキと細かく割れ、白い粉が飛び散って俺の足元に降り積もる。
 粉はすぐに溶けず、肌に張り付いて、じんわりと冷たい痺れを広げていく。
 まるで、無数の小さな針が皮膚に刺さっているような……。やはり普通の雪じゃないのか。

 今度は何が起きるっていうんだ?
 見上げれば、そこには想像を絶する『壁』がそびえ立っていた。

「おい、冗談だろ……」

 目の前にそびえ立つのは、斜面というよりは垂直に近い黒い絶壁だった。
 あまりに巨大すぎて、首が折れるほど仰け反っても、その頂がどこにあるのか判別すらできない。
 黒い岩肌が、雲の底に飲み込まれるように伸び、ところどころに白い粉が張り付いて、まるで死んだ肌に霜が降りたように見える。

 風がなく、静寂が耳に痛い。
 絶壁の表面が、微かに脈打っているような錯覚。
 いや、錯覚じゃないかもしれない。

 雲の隙間から漏れる淡い光が、壁の凹凸をなぞるたび、ゆっくりと影が動いている気がする。
 光が当たるたび、黒い岩肌が微かに波打ち、まるで皮膚の下で何かがうごめいているように。

 全貌を現したのではない。
 俺たちはただ、この怪物の『足首』をようやく抜けて、その底知れない巨大さの片鱗を突きつけられただけなんだ。

「あんな高さまで、登るっていうのか……」

 俺は最初富士山より少しでかいぐらいだと思っていたんだが、富士山なんて目じゃなかった。
 5千メートル? いや8千メートル以上あるのか?
 雲の底が低く垂れ下がり、頂上が見えないどころか、
 この絶壁が山の表面なのか、それとも山の皮膚なのか、もう区別がつかない。

 岩肌の凹凸おうとつが、ゆっくりと呼吸しているような錯覚さえ起こす。
 いや、錯覚じゃないかもしれない。

 俺の胸が、ドクン……ドクンと重く脈打つ。
 山の脈動と同期してる気がして、吐き気がこみ上げる。

 エレナの震える手が、俺の腕を強く握りしめている。
 彼女の指先が、冷たく凍りつきそうだった。
 霧の冷気が彼女の白い僧侶服に染み込み、布が肌に張り付いて、
 細い体がより小さく見える。

 彼女の呼吸が、俺の背中で浅く速くなっているのがわかる。
 このままじゃ、二人とも正気が持たないかもしれない。

 「シビさん、見てください。雪が、まるでお花みたいに……」

 エレナがうっとりとした声を上げ、ふらふらと雪の積もった岩影へ吸い寄せられていく。
 俺が止める間もなかった。
 彼女が踏み出した足元で、バリバリとガラスが砕けるような不快な音が響き、同時にその雪が、内側から淡い青紫色の光を放ち始めた。

 ただの雪じゃない。
 地面から、鋭利な幾何学きがかく模様もようを描く。
 氷の結晶が、植物の蔦のような速度で急速に成長し始めた。
 結晶の表面が、青紫に脈打つように光り、蔦の先端が尖った棘のように伸びる。

「しまっ――エレナ、離れろ!」

 叫んだが、遅かった。
 美しく透き通った氷の蔦が、蛇のようにエレナの足首に巻き付く。
 蔦の冷気が、服の下の肌を一瞬で凍りつかせ、
 彼女の白い脚を締め上げるように締めつける。

「っ!? あ、熱い……いえ、冷たすぎて……、はぁ……肌が焼けるよう……です……っ」

 エレナが短い悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちる。
 彼女の声が、普段の穏やかな響きとは違う、甘く掠れた喘ぎのように漏れ出た。

 びしょ濡れになっていた僧侶服に、氷の結晶が容赦なく食らいついた。
 パリパリと凍りつく音が響き、濡れて肌に張り付いていた布地が、結晶の成長に合わせて無惨に裂けていく。
 白い僧侶服の裾が、ゆっくりと裂け、露わになった彼女の白い太ももに、青白い氷のトゲが愛撫するように這い上がる。

 トゲの先端が肌に軽く食い込み、淡い青紫の光を放ちながら、貪欲に体温を吸い取っていく。
 エレナの唇から、抑えきれない吐息が漏れる。

「はぁ……っ、ん……冷たくて……熱くて……体が、震えて……」

 彼女の声が、痛みと奇妙な感覚が混じった喘ぎに変わっていく。
 太ももの内側を這う氷のトゲが、肌をなぞるようにゆっくり動くたび、
 エレナの体がビクンと震え、息が浅く速くなる。
 白い肌に霜が張り始め、青紫の光が彼女の体を内側から照らし、
 まるで体温が吸い取られるごとに、彼女の吐息が甘く湿っていく。

「シビさん……あっ……だめ、こんな……はぁ……」

 胸元まで這い上がった氷の破片が、僧侶服の裂け目を広げ、
 豊満な胸の谷間に触れると、彼女の背中が弓なりに反った。

「んっ……! 冷たいのに……熱い……体が、溶けそう……っ」

 喘ぎが、痛みと快感の境界を曖昧に揺らめかせる。
 彼女の瞳が潤み、頰がわずかに紅潮し、普段の慈愛に満ちた表情が、苦痛と奇妙な陶酔に歪む。
 氷の蔦がさらに締め付け、彼女の体を固定するように絡みつき、
 体温を吸い取るたび、エレナの声が甘く震える。

「くそっ、離れろってんだよ!」

 俺は力ある言葉を発する。
 めんどくせぇ……酸素呪文のついでだ、熱量付与を上乗せしてやってやる。
 だが、魔力を練った瞬間に異変を察知した。
 本来なら指先から溢れ出すはずの熱い奔流が、この希薄な空気の中で、まるで見えない壁に阻まれるように霧散していった。

 魔力の流れが途切れ、指先で渦巻いていたはずの赤い熱が、ぱちぱちと音を立てて散らばり、灰色の霧に吸い込まれる。
 発動はしたけど、威力は半分以下だ。
 俺が放った微かな熱を帯びた一撃が、エレナを拘束する氷の蔦を粉砕する。
 バキンッ、という乾いた音とともに蔦が砕け散り、青紫の光が一瞬爆ぜた。

 だが、砕け散った氷の破片は、まるで意思を持っているかのように空中で静止し、ゆっくりと回転しながら、再びエレナの豊満な胸元へと吸い寄せられていった。

 破片が彼女の肌に触れた瞬間、青紫の光が一瞬強く閃いた。
 彼女の胸の谷間に細かな霜が張り、息を白く吐く彼女の唇が震える。
 霜は瞬時に広がり、谷間の柔らかな肌を覆い、青白い光が内側から透けて彼女の胸を照らす。

 エレナの体がビクンと跳ねた。

「んっ……あ……っ、冷たくて……胸が、締め付けられて……はぁ……」

 痛みと奇妙な感覚が混じった喘ぎが漏れる。
 破片はさらに胸の頂点へ這い上がり、僧侶服の残った布を突き破り、
 肌に直接触れて体温を吸い取るように光を強める。
 彼女の呼吸が乱れ、胸が上下に激しく揺れ、
 白い肌に青紫の血管のような光が浮かび上がる。
 まるで、氷が彼女の体を内側から侵食し、体温を奪うたびに、彼女の吐息が甘く湿ったものに変わっていく。

「エレナ、しっかりしろ!」

 俺は叫びながら、もう一度魔力を練り直す。
 だが、空気が薄すぎる。
 魔力の奔流が、霧に阻まれてまた霧散し、指先から出るのは、弱々しい熱の欠片だけ。
 破片は増え続け、エレナの胸元を覆い、彼女の体が震え、膝が折れそうになる。

「シビさん……体が、冷えて……でも熱い……っ、はぁ……助けて……」

 エレナの顔から血の気が引き、その瞳が虚空を見つめる。
 彼女の唇が青紫に変わり、吐息が白く細く、ほとんど見えなくなる。

 酸素呪文を上書きしようとしたが、魔法の効果がこの『高度』に食い荒らされている。
 魔力の糸が、指先から伸びかけた瞬間、霧に絡め取られ、ぱちぱちと火花を散らして消える。
 この山は、魔法さえも栄養源にしているのか?

 俺の胸は激しく上下し、薄い空気を無理やり肺に押し込みながら、凍りつこうとするエレナの体を引き寄せた。
 砕け散った氷の破片が、エレナの胸元に吸い寄せられ、再び結晶化しようとうごめく。
 青紫の光が彼女の谷間を這い、肌に細かな霜の網を張り巡らせていく。
 俺の常識が、本能的に叫んでいた。
 このままじゃ、彼女の体温は一滴残らずこの『山』に吸い尽くされる。

「……っ、ふざけんな!俺はもう仲間を殺させやしねえ。エレナは俺の大切なパートナーだ」

 俺はなりふり構わずエレナの体に組み付いた。
 俺の火照るような熱を持った肉体を、凍てつく彼女の体に力一杯押し付ける。
 胸が彼女の胸に密着し、腹部が腹部に重なり、太ももが太ももに絡むように。
 冷たい彼女の肌が、俺の体温を貪るように吸い込み、同時に俺の熱が彼女の冷えを溶かそうとする。

「あ……シビ、さん……あつい……」

 エレナの震える吐息が、俺の首筋にかかる。
 濡れて冷え切った彼女の僧侶服が、俺の肌に張り付いた。
 薄くなった布地越しに、エレナの柔らかな感触が、俺にダイレクトにめり込む。
 胸の重み、腰のくびれ、太ももの内側の柔らかさ……すべてが、服越しに生々しく伝わってくる。
……落ち着け、俺。これは救命措置だ。煩悩を捨てろ、エレナを助けるんだろ!
 自分に言い聞かせながら、俺は無理やり魔力を絞り出した。
 心臓が破裂しそうなほど脈打ち、全身の血管が浮き出るような感覚。
 ここで出し惜しみしたら、二人ともこの雪の苗床にされる。
 たのむ、力を貸してくれ。

 風の乙女の力に沿う願いを込めて、震える喉を震わせる。
 もう一度『力ある言葉』を叩きつける。
呼吸呪文オキシ・シェル!」
 さらに、手の平に灯した小さな灯火を握りしめ、火の精霊、火蜥蜴(サラマンダー)に意識を向けた。
熱源展開ヒート・フィールド!!」

 俺の喉から、魂の咆哮が上がった。
 本来なら、周囲数メートルを春の陽気に変えるはずの精霊呪文だ。
 だが、この狂った状況では、俺たちの体表をわずか数センチ覆うだけの、薄く儚い光の膜を作るのが精一杯だった。
 ここまで威力が下がるのか……!
 だが、この極限状態でも精霊たちは必死に力を貸してくれている。
 エレナも戦っている。
 俺が諦めてどうする。
 絶対に助ける。
 エレナはもう、俺にとって代えの効かない大切な人なんだ。
 想いが魔力に混じり、限界を超えた瞬間だった。
 パキンッ、と硬い音がして、エレナの肌を侵食していた氷の蔦が弾け飛ぶ。
 俺の体温と、弱体化した魔法の熱が、この山の冷酷な沈黙を僅かにこじ開けた。
 俺の意志力が……俺の魔力が、この『狂気』に打ち勝ちやがったんだ。

「……はぁ、はぁ……助かった、のか……?」

 視界がぐにゃりと歪み、俺はエレナを抱いたまま、たまらず雪の上に膝を突いた。
 たった一度の魔法で、魂の底からごっそりと何かを削り取られたような、最悪の脱力感だ。
 エレナの体が、俺の腕の中でわずかに温かさを取り戻し、震えが収まり始める。
 彼女の吐息が、俺の首筋に優しくかかる。

「シビさん……ありがとう……ございます……」

 俺は力なく笑い、彼女の金髪をそっと撫でた。

「……っ、クソ……」

 こめかみの奥を熱い鉄串でかき回されるような、強烈な眩暈が襲いかかる。
 景色が二重、三重にブレて、目の前の雪原がどろどろと溶け出したように見えた。
 エレナが俺の首に腕を回し、子供のようにしがみついてくる。
 震える彼女の鼓動が、俺の胸板を通してダイレクトに伝わってくる。

 ドクン……ドクン……と弱々しく、でも確実に生きているリズム。
 俺はそのあまりの近さに、彼女がまだ生きていることを、その温もりを確かめるように強く抱きしめ返した。
 彼女の冷えた頬が俺の首筋に触れ、弱々しい吐息が耳にかかる。
 冷たいのに、かすかに甘い彼女の匂いが混じって、胸の奥が熱くなる。

「無事でよかった」

 心の底からそう思う。
 本当に良かった。
 この山に飲み込まれず、氷に食われず、まだここにいる。

 彼女の体が、俺の腕の中でわずかに震えながらも、ゆっくりと温かさを取り戻していくのを感じる。
 金髪が俺の肩に触れ、彼女の体温が少しずつ俺の胸に染み込んでくる。

「泣いているんですの?」

 エレナが、疲れたような顔で俺にそう言ってきやがった。
 彼女の瞳が、わずかに潤んで俺を見上げている。
 頬に残る霜が溶け、涙のように光っている。

「泣いてないし、これは雪の跡で体温の温かさでそう見えるだけだ」
 
 俺はそう強がって言い切った。
 本当によかった。
 そう安堵したのも束の間だった。
 耳元で聞こえるエレナの吐息以外の音が、不自然に消えた。
 風の音も、氷のきしむ音も、雪の粒子が落ちる微かな音も、すべてが真空に吸い込まれたかのような、心臓が冷えるような沈黙が起きた。

 抱き合っている俺たちの周りだけ、世界の時間が切り取られたような空間があった。
 風の音も、氷のきしむ音も、雪の粒子が落ちる微かな音も、すべてが真空に吸い込まれたかのような、
 心臓が冷えるような沈黙が起きた。

 空気が重く淀み、俺の鼓動だけが、耳の中でドクン……ドクンと異様に大きく響く。
 ふと、視界の端で光が屈折した。
 雪原に反射する太陽の光ではない。
 まるで、空間そのものが熱に浮かされているかのように、ゆらりと、どろりと歪んでいた。

「……っ」

 俺は重い頭を無理やり持ち上げ、濁った視線を前方へと向けた。
 さっきまで、そこには何もない真っ白な雪原が広がっていたはずだった。
 だが、一瞬だけ瞬きをしたその隙に。
 雪煙が風に舞い、視界が白く塗り潰されて、再び晴れたその刹那。
 まるで最初からそこに根を張っていたかのように、唐突に『それら』はたたずんでいた。

「……おい、嘘だろ」

 今度は何だ? くそったれ。いろいろとアトラクションを組んでくれやがる。

 直立した数体の影があり、雪の中に半ば埋もれるように揺らめいていた。
 音もなく現れた異形であり、全身が半透明の氷で構成されたような、異常に細長い手足を持つそれは、
 人間というよりは、氷を削り出して作った歪な彫像に近い。
 胴体は透き通って内側に青紫の光が脈打ち、手足の関節が不自然に多く曲がり、指先が長く鋭く、雪を掻きむしるように震えている。
 そいつらは、目にあたる部分から淡く冷徹な光を放ち、
 じっと、獲物の弱点を見定めるようにこちらを見つめていた。
 光が俺の瞳を刺すように直視し、首筋がぞわりと粟立つ。

「シビさん、あれ……まさか、この山の、住人……?」

 俺の腕の中で、エレナの声が恐怖で引き攣る。
 彼女の指が俺の背中に食い込み、震えが止まらない。
 俺が剣を握り直そうとしたその時、静止していた異形が一歩、こちらへ足を踏み出した。

 バリッ、バリバリッ……。

 静寂を切り裂く、あの不快なガラスの砕ける音が、今度は一体ではなく、山全体から反響し始める。
 それは歓迎の音じゃない。
 獲物を囲い込み、じわじわとすり潰そうとする死の足音だった。
 音が雪原を這い回り、俺たちの足元を震わせ、異形の影がゆっくりと近づいてくる。
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