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本編

-41- 魔力の高い女性が少ない理由

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「なあ、タイラー、神殿のやつらが言ってたことがすべて正しいとは限らないってのは分かったけどさ、ちょっと、引っ掛かってることがあって」

昼食までの間、俺はさっそくタイラーに国の制度や諸々と、エリソン侯爵領の現状を学ぶことにした。
オリバーは案の定渋ったが、なんとか説き伏せて温室に向かわせた。

未練がましく何度も振り返るオリバーに、皆して笑っちまったのは許してほしい。
あのルックスでそういうことされると、すげーギャップがある。
綺麗な水色の髪に、琥珀の瞳、整った顔立ち、鍛えられた体。
ウッディーアンバーな良い香りに、甘さを含む男らしい声音。
なのに、腕っぷし0で、お子様舌で、甘えん坊ときた。
なんつーか、見た目とのギャップは俺以上にある奴だと思うんだよなあ…まあ俺は、そこがあいつの良いところと思ってんだけどさ。
……っ、さておき。

「どうぞ、なんなりと」
「や、オリバーのやつがさ…神器でも養子に入れば、結婚自体は簡単に出来るっつってたし、親父さんたちも勧めてくれるから、養子も結婚も、良いんだ。俺も…嬉しいし」
「ええ」
「オリバーが子爵の3男で、宮廷薬師も辞めた以上、結婚に関しちゃ危うい立場ってのも分かるし」
「それだけではないですがね、ちゃんと皆さんアサヒを歓迎してますよ、勿論、私も」
「うん」

オリバー自身にも、タイラーも、ソフィアもだ。
親父さんたちにも歓迎されていることは分かる。

養子先の伯父さんにしたって、反対していないことだけは確かだ。

だが、神殿でサミュエルが言っていた言葉が、まだ気になってる。
相手が聖女であっても、あまり良い話ではない、と言っていたあの言葉だ。

オリバーにはシャーロット様っつー貴族の母親がいるし、ソフィアもあれだけてのひらから水をだし、飯で魔力が回復するくらいだ。
ってことは、だ。
貴族の女性は少ないがいて、魔力の高い女性もいるってことだろ?

俺は4日間まだこの家から出ていないし、家にくる商人やら業者やらは全員男だった。
オリバーの兄弟も男三人。
けど、数人しか会ってない中で、少ないとはいえ魔力の高い女性が2人いるっていうのは辻褄が合わないだろ?
…まさか、サミュエルの言ってた、神器様召喚目的やら初代聖女の話やらも眉唾物ってことはないだろうな?

じゃなかったら、俺に都合の悪いことをオリバーたちが言ってないだけってことだ。
多分、あいつは、俺に嘘は言わないだろうが、隠し事はする。
人間誰しもが見せたくないことや言いたくないこともあるから、それはいいと思う。
だが、自分に都合の悪いことはともかく、俺に都合の悪いことを故意に隠されるのはやめて欲しいと思う。
そこは、今後のためにも、ちゃんと受け止めていきたいって思ってる。
俺だって、オリバーと一緒になるなら、人として成長しないとならないな、くらいには思ってんだ。

「けどさ、世間的っつーか、貴族的に?あー、えーと、他人から見て、どうなんだ?
神器との結婚って、あんまり、好ましくない、とかねーの?
200年もあって、神器の男と結婚したのなんかいないって聞いたんだけど、そこらへん本当に大丈夫なのかなって思ってさ。
俺のせいでオリバーや親御さんが周りから変な目に見られるとか、ぜってーやなんだけど」
「それは、大丈夫ですよ。アサヒは優しいですね」
「優しいわけじゃなくて、ただ臆病なだけだって。
…それに、ソフィアだって、シャーロット様だって、女性で魔力が高いんだろ?
女性で魔力が高い人間は産まれなくなったって話だったけど、ふたりとも魔力高いんだろうし…なんか、どこが間違ってどこが正しいんだか、すげーもやもやしてる」

魔力の高い貴族の女性が普通にいたら、俺は競えない気がする。
オリバーの愛情を疑ってるわけじゃない。
が、ようは、俺の欠点がオリバーの欠点になりうるからだ。
養子に入れてまで男の神器を欲した、酔狂…とか、さ。


「帝国内で魔力の高い女性が産まれなくなったのは本当ですよ。
ですが、帝国内の人間同士で、ということです。
シャーロット様は、神器様と御当主の間にお生れになられた方です」
「あ……そっか、そういうことか」

失念していた。
神器様と貴族の間なら、魔力の高い女性が産まれてもなんら不思議じゃなく、子供は貴族の生まれとなるのか。

「じゃあ、その、オリバーの祖父さんは、神器様を貰ったってことか?」
「ええ、男性の方です。
シャーロット様とオリバー様のお顔は良く似ておいでですが、髪色と瞳の色は違えど、美しさは神器様から引き継がれているものかと」

ああ、だからか。
神器様っつーのは、美しいらしい。
オリバーも、ぱっと人目を惹く美しさがある。
なら、シャーロット様はけっこうな美人なんじゃないか?

俺は特別そうかっていうと疑問だが、まあ、世間一般的には綺麗な方だとは思う、見た目だけは。

「その祖父さんは結婚しなかったのか?」
「されていましたよ。5年程で離婚されましたが」

マジか。
勝手なイメージだが、元の世界と違って、貴族間なんて離婚を気軽にできる感じじゃなさそうだが。

「それは、神器様が問題になったのか?」
「いいえ、違います。
彼女は、商家生まれで魔力の少ない方でした。
ものすごい商人気質といいますか…損得勘定で生きているような、少し変わった方で。
結婚する条件が、神器様との間に3人以上の子供を作られること。
そのうち1人、男児を実家の商家に養子に出すこと。
もし女児が産まれたら政略結婚はさせないで本人の意思を尊重すること。
3つを条件に、今抱えている負債も神器様に関する金銭も全て実家で負担する、と」

「それに、オリバーの祖父さんがのんだわけか」
「実際その話に合意し判を押されたのはその父君で、彼女は説き伏せました」
「あー…なるほど」
「まだあまり魔法具が発達していませんでしたから。
水の属性で強い魔力を持つ者は、商家なら喉から手が出るほど欲しいと思われたでしょうね」

「…けどさ」

にしたって、離婚しなくたってよかったのでは?
そんなふうに思っちまう。

「彼女は自分でもっと商売したい、と帝都に住むことを望まれました。
彼女と子爵の間柄はけして悪いものではなかったと聞きます。
ですが、男女間というより、男性同士の友情のような、信頼があったと。
彼女自身も、神器様を気に入っておられたようですし。
今じゃ、帝都一の商家ですよ」
「そっか…」

胸糞悪い話じゃなかったことにほっとする。
シャーロット様自身は、恋愛結婚なのだろう。

けど、200年もあって、前例のないことなのはなんでだ?

「神器が養子に入って結婚した類がないのはなんでなんだ?」
「神器様とご結婚されると、神器様との間には、その旦那様とのお子しかできないからです」
「ん?えーと……あー、なるほど、だからか」
「アサヒは理解が早いですね」
「夫人同士では、認められてないってことだろ?」
「ええ、そうです」

『第三夫人までもつことが許されていますし、ご結婚は属性を合わせてされる方が多いのです。
契約者様のご夫人との間にもお子を授かるのが認められております』
サミュエルが言っていた言葉だ。

それぞれの間に子供が生まれるなら、それぞれの貴族の実家にとっても血が途絶えないメリットがある。
次男三男を貴族に嫁がせて、旦那の所有物である神器の間に子供を作らせる。
だが、神器が旦那と結婚、つまり夫人になったら?
夫人同士は認められていないらしい。
メリットは……ねえな、血も1貴族だけだ。
だから、か。

「良い話ではありませんよっつってたのは、一貴族限定になっちまうってことか」
「神器様は本来5年に一度しか来られませんし、数もそう多くありません。
それに、一世代目で女児がお生れになる確率は低く、二世代目ではその確率は更に低くなると聞きます。
女性の貴族が稀だというのは、本当のことですよ」
「マジか…そんなん、すぐ政略結婚にされそうだけど、よく親父さんと結婚出来たな」
「シャーロット様は、御小さいころからご自身の立場をよくご存じでいらっしゃいました。
ご結婚されるまで、領から出ませんでしたし。
エリソン侯爵様もご協力くださり、領民合わせてシャーロット様の美しさを外に漏らさないことに尽力尽くしてくださったと聞いています」
「なるほどなあ」

そんな話を聞くと、エリソン侯爵領ってところはその頃からかなり良いところなのだろう。
地域制が強いかもしれないが、領民を守ってくれるところのようだ。

「それと、ソフィアは、彼女は魔力自体はそう多くないはずですよ」
「そうなのか?」
「ええ。水魔法が少し使える程度なはずです。
亡くなった旦那様も、市井の方ですよ。お子様も魔力は低いはずです」
「ふーん…少し……、ま、いっか」

少しか?と思ったが、追及しないことにした。
毎日ソフィアはにこにこと楽しそうだし。

「アサヒ、大丈夫ですよ。
アサヒとオリバー様のご結婚に関して快く思わない方は、オリバー様へ横恋慕している貴族男性のみですから」
「うわー…すげー多そうだ」
「否定はできません」
「ははは…だろうな」

多そうだ、とは思ったが、もやもやは晴れた。
男相手なら、面と向かってきても容赦しない。
最大限、猫をかぶって乗り切ってやろう。
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