隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

55. 夜に大きな声を出したら迷惑。でも、白石は我慢するらしい(意味深)

55.　夜に大きな声を出したら迷惑。でも、白石は我慢するらしい(意味深)



　オレは頭を抱えている。

　​なぜか目の前には浴衣姿の白石がいる。オレの部屋にある座椅子にふんぞり返り、得意げな顔で麦茶を啜っている。ついさっきまで、両親と談笑していたときと全く同じ表情だ。

　実家という、最もプライベートな空間に、こいつが堂々と居座っているこの状況。それはまるで、オレの人生の侵食が進んでいる証拠のようだった。

「あ。先輩。お風呂あがりましたよ」

「っていうか……お前まさかオレが帰るまでここに泊まるつもりなの？」
　​
「ご両親が泊まって行ってって言ってくれましたから。それに、先輩と付き合ってるなら秋人の部屋で問題ないわよねって」

「だから付き合ってねぇから問題なんだよ！」

　​オレが声を荒げると、白石はニヤリと笑い、わざとらしく小首を傾げた。その表情は、オレの苛立ちを面白がっているようにも見える。

「え？問題って？先輩……もしかして私に何かするつもりですか？いや～ん。先輩のエッチ！」

「お前は何を言ってんだよ！？」

　​心底うんざりした。こいつはどこまでオレをからかうつもりなんだ。もう疲れた。一日中、白石の突拍子もない行動に振り回されて、オレの気力はすっかり底をついている。実家に帰ってきたら、心身ともに休まるはずだったのに、現実は真逆だ。

　​だが、そんなオレの疲労も意に介さず、白石は思い出したように声を上げた。

「あっそうだ！先輩に聞きたいことあったんですけど」

「なんだよ？」

「さっき話していた従妹の雛山千春ちゃんでしたっけ？どんな子なんですか？」

　​不意に出た名前にオレは眉をひそめた。白石がこの話をどういう意図で持ち出してきたのか、その腹が読めない。

「は？何でそんなこと聞くんだ？」

「だって気になるじゃないですかぁ。さぞかし可愛いんでしょうね？」

「しばらく会ってねぇから分からんが、あいつは普通だと思うぞ……」

　​お前と違ってな。

　​そう心の中で付け加える。千春はオレの二つ下の従妹で、昔はよく遊んだ。おとなしくて、控えめで、白石のような派手さとは無縁のごく普通の女の子。白石とは正反対だ。

「へぇそうなんですか……きっと先輩も可愛がってきたんでしょうね？」

「なんだよその含みを持たせた言い方は？」
　​
「いいえなんでもありませんよ？ただ、出る杭は打っておかないとと思って」

　……なんだよ、出る杭って。
　​
「安心しろ。千春はオレのことなんか好きじゃないと思うぞ？」

「そうかもしれませんね。こんな先輩を好きなのは私くらいですよ！自慢したり、喜んだりしていいですからね？じゃあ私はそろそろ寝ますね。お休みなさい」

　​白石はそう言うと、オレの部屋に敷かれた布団に潜り込んだ。オレは、その突然の行動に呆然としながらも、小さく返事をした。

「ああ、お休み」

　​ベッドに横になり、天井をじっと見つめる。ふと、白石が言った「出る杭は打っておかないと」という言葉が頭の中で反響した。あいつは、一体何を警戒しているんだろうか？オレの従妹である千春に、何か危険な匂いでも感じたのだろうか？いや、考えすぎか。

　​そんなことを考えていると、暗闇の中から白石の声がした。

「……先輩、遠慮せずに私の布団に入ってきてもいいんですよ？」

「は？何言ってんだよ。冗談でもやめろ」

「冗談じゃないですよ？部屋……先輩の匂い、落ち着きます」

「お前、本当にやめろって。両親が起きてきたらどうするんだよ」

「だから、問題ないって言ったじゃないですか。先輩のご両親は、私たちが仲良しなことを喜んでくれますよ？それに声なら我慢します！さすがに、吐息くらいは許してくださいね？」

「そういう問題じゃねぇんだよ！」

　​オレが声を張り上げると、白石はクスクスと笑い始めた。その笑い声が、やけに響く。

「先輩、照れてますよね？仕方ないなぁ、私の方から入ってあげましょうか？」

「おい、待てって！本当に来るな！頼むから、そこで寝ててくれ！」

「分かりましたよ。そんな大きな声出したら迷惑ですよ？何時だと思ってるんですか先輩？」

　こいつ……誰のせいだと思ってんだよ。もう無視しよう。こいつのペースに乗せられてはいけない。オレはそう心に誓い、目を閉じた。

　窓の外からは、虫の音が微かに聞こえてくる。普段なら安らぎを感じるその音が、今はひどく遠く、そして孤独に聞こえた。

　オレの隣には、オレの人生を乱す者がいる。だが、その乱された生活が、なぜか全く嫌ではない自分がいることも、オレは知っていた。それが、一番厄介なことだった。