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43. 十一日目夜⑥
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だんっと床を強く蹴る音ともに、アストンの後ろの襟首が強く引っ張られる。
「せいぜい、気を強く持て」
その声が、あの金の瞳の男だと気づいたのは、空中に高く投げ飛ばされた後だった。天井のシャンデリアが間近に見える。浮遊感とともに、懐がむくむくと大きくなる。そのポケットには、何を入れていたのか。
思い出す前に、それがはち切れた。肉色の塊がアストンの目の前に広がる。それに飲み込まれ、包み込まれ、押しつぶされ、プツリとアストンの意識が途切れた。
安息は一瞬だった。
激痛に意識が引き戻される。
視界が、赤くてチカチカしてノイズだらけだった。
身体中に杭がうちこまれたように痛い。僅かに動く手が、時折地面に当たって、また激痛が走る。
思考すらも激痛に飲まれて途切れ途切れだ。
絶え間なく悲鳴や絶叫が聞こえてうるさくてたまらない。
うごくたびに、ぷちぷちと気持ち悪い感触がする。
視界の端に、見知った顔が見えた。
(お……父……さ……)
近づけば、父は怯えた顔で首を振る。
はて、父はこんなに小さかっただろうか。
次の瞬間、父親はどこにもいなかった。
ただ、ワインをぶちまけた後が残るのみだった。
これじゃない。
ほしかったのは、これじゃない。
(シウ……リ……)
脳裏に浮かぶ、琥珀色の憐れみを浮かべた瞳。
それが誰かもすでにわからず、アストンだったものは、ただひたすら、周りにある何かを潰し続けた。
◇
床は血で塗れて、足の踏み場もなかった。
背中の扉には巨大な閂がかけられ、仮装舞踏会の会場唯一の出入り口を塞いでいる。
開けてくれという叫び声。
狂ったような断末魔。
魔獣が床を踏み鳴らす鈍い音。
ドンドンと叩く音に混じり、聞こえてくるのは全て悲鳴混じりの恐怖。
「これくらいでいいです、ゼンさん。ありがとうございます、期待通りです」
シウの言葉に、刃こぼれした剣をゴミのようにゼンが投げ捨てる。二人ともすでに仮面は外していた。
警備や受付役の男が、血だまりの中に何人も倒れていた。扉からなんとか逃げおおせた貴族たちも、みな血だまりに倒れている。
「中の魔獣、倒さなくていいのか」
「倒せるんですか?」
「もちろん」
「倒さなくていいです。そのほうが、追手が減るでしょう」
ゼンはうつむくシウの頬にが触れようとし、その手が血が汚れていることに気づき、ひっこめた。
「シウ、泣かないで」
「泣いてませんよ。人を殺すのにも慣れましたから」
シウの目の前にしゃがんで、じっとその瞳の色を見る。暗く沈んだその色は、幸せの色からは程遠い。ゼンは無性に胸が痛んだ。
「殺したのは、全部俺だから」
「違います。ゼンさんの雇い主は私なので、全部私に責任があるんです。それにこれは私の私怨なんです。たとえあなたがすべて許しても、私は許さない。あなたが地獄を味わう発端となった全てを壊してやらないと、私の気がすまないんです」
ゼンはシウを抱えて、その場を立ち去る。これ以上、人の死ぬ音を、彼女に聞かせたくなかった。
「シウ」
「なんですか」
「今日のドレス、似合っててかわいい」
「それ、最初に言う台詞ですよ」
ごめん、と小さく呟くゼンの血に濡れた髪を、シウは撫でる。彼女の手にはめていた白い手袋が、血に染まった。
二人の向かう先。
少し遠くの広場に、漆黒の飛竜が舞い降りた。
「せいぜい、気を強く持て」
その声が、あの金の瞳の男だと気づいたのは、空中に高く投げ飛ばされた後だった。天井のシャンデリアが間近に見える。浮遊感とともに、懐がむくむくと大きくなる。そのポケットには、何を入れていたのか。
思い出す前に、それがはち切れた。肉色の塊がアストンの目の前に広がる。それに飲み込まれ、包み込まれ、押しつぶされ、プツリとアストンの意識が途切れた。
安息は一瞬だった。
激痛に意識が引き戻される。
視界が、赤くてチカチカしてノイズだらけだった。
身体中に杭がうちこまれたように痛い。僅かに動く手が、時折地面に当たって、また激痛が走る。
思考すらも激痛に飲まれて途切れ途切れだ。
絶え間なく悲鳴や絶叫が聞こえてうるさくてたまらない。
うごくたびに、ぷちぷちと気持ち悪い感触がする。
視界の端に、見知った顔が見えた。
(お……父……さ……)
近づけば、父は怯えた顔で首を振る。
はて、父はこんなに小さかっただろうか。
次の瞬間、父親はどこにもいなかった。
ただ、ワインをぶちまけた後が残るのみだった。
これじゃない。
ほしかったのは、これじゃない。
(シウ……リ……)
脳裏に浮かぶ、琥珀色の憐れみを浮かべた瞳。
それが誰かもすでにわからず、アストンだったものは、ただひたすら、周りにある何かを潰し続けた。
◇
床は血で塗れて、足の踏み場もなかった。
背中の扉には巨大な閂がかけられ、仮装舞踏会の会場唯一の出入り口を塞いでいる。
開けてくれという叫び声。
狂ったような断末魔。
魔獣が床を踏み鳴らす鈍い音。
ドンドンと叩く音に混じり、聞こえてくるのは全て悲鳴混じりの恐怖。
「これくらいでいいです、ゼンさん。ありがとうございます、期待通りです」
シウの言葉に、刃こぼれした剣をゴミのようにゼンが投げ捨てる。二人ともすでに仮面は外していた。
警備や受付役の男が、血だまりの中に何人も倒れていた。扉からなんとか逃げおおせた貴族たちも、みな血だまりに倒れている。
「中の魔獣、倒さなくていいのか」
「倒せるんですか?」
「もちろん」
「倒さなくていいです。そのほうが、追手が減るでしょう」
ゼンはうつむくシウの頬にが触れようとし、その手が血が汚れていることに気づき、ひっこめた。
「シウ、泣かないで」
「泣いてませんよ。人を殺すのにも慣れましたから」
シウの目の前にしゃがんで、じっとその瞳の色を見る。暗く沈んだその色は、幸せの色からは程遠い。ゼンは無性に胸が痛んだ。
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「シウ」
「なんですか」
「今日のドレス、似合っててかわいい」
「それ、最初に言う台詞ですよ」
ごめん、と小さく呟くゼンの血に濡れた髪を、シウは撫でる。彼女の手にはめていた白い手袋が、血に染まった。
二人の向かう先。
少し遠くの広場に、漆黒の飛竜が舞い降りた。
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