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第23話 世界一愛しき我が姫へ
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「……な、何ですかこれ」
食堂の扉を開くなり、目の前に広がる光景にミラは目を丸くした。
普段の、上品ながらも白一色しかない装いの食事の席が──予想だにもしなかったものへと変貌を遂げていたのだ。
色とりどりの花を活けた花瓶を中央に据えた食卓は、黄金の薔薇を刺繍した白いレースのテーブルクロスを広げ、その上に様々な料理を食器と共に並べている。
その中でもひときわ目を引くのは、花瓶の隣にどんと鎮座している巨大なケーキだ。
たっぷりの生クリームと大粒の苺をこれでもかと言わんばかりに惜しみなく使って築かれた、五段重ねの城。単純に苺を並べるだけでも大変だろうに、その苺一粒一粒に花のような飾り切りが施され、まるで紅の花が咲き誇る女神の住まう宮殿である。
辺りを儚げに漂う、透き通った花たち。シャボンの泡のように照明の光を浴びて虹色に輝いているそれらは、手を伸ばして触れようとすると空気の流れに押されてするりと指先から逃げて別の場所へと行ってしまう。こんな特性を持つ植物の存在は思い当たらないので、恐らくこれは魔法による産物なのだろうと彼女は思った。
そして、いつも彼女が座っている食事の席には──
「待ってたよミラちゃん! さぁ座って座って!」
右隣に花冠を持ったナギが、左隣に何かの織物らしき白い布を持ったウルが、笑顔で彼女の訪れを待っていたのだった。
遅れて廊下から現れたファズが、微苦笑しながら彼女の背中を追い越しざまに叩く。
「こりゃまた随分と凝った飾り付けだな。その情熱を少しは公務の方にも注いでほしいもんだが……ミラちゃん、皆が待ってるから、座ろうか」
「あ、……は、はい」
人間には到底作り出せないこの幻想的な演出をただの飾り付け扱いするとは、流石竜人である。『普通』のレベルが人間とはまるで違う。
おっかなびっくりと自分の席へと近付くと、到着と同時にさり気なく椅子の後ろへと回ったウルが座りやすいようにそれを引いてくれる。
どうぞと勧められて控えめにそこに腰掛けると、彼は手にしていた織物をふんわりと彼女の膝に掛けた。柔らかな肌触り……これは膝掛けのようだ。
「セトは急用が入ってついさっき出かけたよ。でもすぐに片付けてくるって言ってたから、パーティーが終わる前には帰ってくるんじゃないかな。先に食事しながら待ってようね」
「こんな時まで仕事とか真面目かよ、あいつ。んなもん用があるって断りゃいいのに」
肩を竦めながらぼやくナギに、彼は失笑を返す。
「断れなかったんでしょ。王宮からの呼び出しみたいだし」
「あー……そりゃ確かに断れないな。運がないなぁあいつ」
「自業自得なんだししょうがないよ」
どうやらセトは自分の務めをすっぽかした責任を問われるために国王から呼び出しを食らったようだ。
ウルはその被害者であるためか、今回はセトに同情する気はないらしい。兄弟一温厚で優しい男も、理不尽な扱いを受ければ気分を害するのである。
ナギは短く溜め息のようなものを漏らすと、手にした花冠をミラの頭に被せた。
「さて、後はシュイ待ちだけど……あいつ、何してんの?」
「此処にいるぞ」
唐突に横手から湧いた声に、思わず肩が跳ねる。
いつからそこにいたのか、大量の豚すね肉の煮込みを豪快に盛り付けた大皿を手にしたシュイが普段通りの仏頂面で兄弟たちに視線を向けていた。
礼服を纏っているのは相変わらずだが、上半身は腕を捲ったシャツ一枚と彼にしては随分と軽装で、腰には黒い前掛けを身に着けている。彼が台所に立つ際の基本的なスタイルだ。
そして──
「……お前、頭どうしたの?」
「人の頭がおかしくなったみたいに言うな。髪と言え」
半ば目を大きくして自分の頭に注目してくるナギに、シュイは憮然と返す。
正確には、シュイの額に……だ。
「少しばかり髪型を変えただけだ。俺だってたまにはそういう気分になる時もある」
「お前、額に髪の毛掛かるの鬱陶しいから前髪垂らすのは嫌いだって言ってなかったっけ」
「…………」
今までのシュイは、前髪も後ろ同様に長く伸ばしてオールバックに纏めることによって顔に毛先が被らないようにしていた。彼曰く、毛先が肌に触れるとむず痒くて集中力が散漫になるのが気に入らないから、らしい。
だが、現在の彼の前髪は、中央から若干左右に流れてはいるものの、眉に掛かる程度の長さに整えられている。自分で切ったのか誰かに整えてもらったのかは分からないが、元々高かった顔面偏差値が更に上がりそうな見事な仕上がりである。
兄弟の中で一番の美貌の持ち主、男でありながら女性すら超えうる美しさを持つ竜人、と世間に認知されている彼だが、これでますます彼に憧れ虜になる女性たちの数が増えることだろう。
もっとも、当人は自身の恋愛には全くもって興味はないようだが──
ウルの静かなツッコミに無言のまま視線を逸らすシュイの様子に、ナギは思い当たることがあったらしくにやにやとあくどい笑みを唇に浮かべた。
「あー、ひょっとしてお前、ミラちゃんに前髪あった方がカッコイイって言われたから髪型変えたの? なーに、女の子には興味ないって豪語してたイケメンシュイ様も、ミラちゃんからの好感度上げるためならそーいうこともしちゃうんだー?」
「そう思いたければ勝手に思ってろ。お前にはこのジャンボノは食わせてやらん」
「ぎゃーっごめんごめん前言撤回! お前の絶品手料理食えないとか死んじゃうから勘弁して!」
メインの肉料理をお預けと言われた瞬間に手の平を返すナギをじろりと一瞥して、それ以上のリアクションは取らずに大皿をテーブルへと置くシュイ。
顔の正面はテーブルに向けたまま横目で傍らのミラを見ると、
「料理の支度の方に時間を取られていたから大した飾り付けはできなかったが、この部屋の雰囲気は気に入ってもらえただろうか」
この部屋の幻想的な演出は、シュイが作り上げたものだったようだ。
「君は花が好きだそうだから……幻影魔法で創った偽物になってしまったのは申し訳ないと思うがね」
パチンと指先を小さく鳴らす。
と、辺りを漂っていた虹色の花の幾つかが、ほよんと表面を泡のように波立たせてその形を蝶へと変化させた。
淡い光を纏ってちらちらと星屑のような鱗粉を散らしながら、別の花を目指して宙を舞う蝶たち。花の傍まで辿り着くと、それらは再び花の形に変化して静かになった。
ふわぁ、と目を大きくしてその光景に見惚れるミラ。
「い、いえ、そんな。物凄く綺麗で、夢みたいです……私なんかのために、わざわざありがとうございます……」
「『なんか』なんて自分のことをそんな風に言わないでほしい。……君は、俺たちの大切な家族なんだ。他所の誰が何と言ってこようがね」
俺たちアヴィル家の者を生涯の家族として選んでくれてありがとう。
そう小さく言って淡く微笑んで、シュイはミラの傍から離れていった。
彼が前掛けを外して自分の席に着いたのを合図に、ナギとウルもまた各々の席へと散っていく。
空いた席が現在不在のセトのものひとつだけになったところで、グラスを右手にしたナギがそれを掲げながら、声を上げた。
「さっ、それじゃセトの奴がいないけど、始めよっか! ミラちゃんがアヴィル家に来て今日で丁度一カ月目記念パーティー! ぱーっと盛り上がろう!」
『乾杯!』
食堂の扉を開くなり、目の前に広がる光景にミラは目を丸くした。
普段の、上品ながらも白一色しかない装いの食事の席が──予想だにもしなかったものへと変貌を遂げていたのだ。
色とりどりの花を活けた花瓶を中央に据えた食卓は、黄金の薔薇を刺繍した白いレースのテーブルクロスを広げ、その上に様々な料理を食器と共に並べている。
その中でもひときわ目を引くのは、花瓶の隣にどんと鎮座している巨大なケーキだ。
たっぷりの生クリームと大粒の苺をこれでもかと言わんばかりに惜しみなく使って築かれた、五段重ねの城。単純に苺を並べるだけでも大変だろうに、その苺一粒一粒に花のような飾り切りが施され、まるで紅の花が咲き誇る女神の住まう宮殿である。
辺りを儚げに漂う、透き通った花たち。シャボンの泡のように照明の光を浴びて虹色に輝いているそれらは、手を伸ばして触れようとすると空気の流れに押されてするりと指先から逃げて別の場所へと行ってしまう。こんな特性を持つ植物の存在は思い当たらないので、恐らくこれは魔法による産物なのだろうと彼女は思った。
そして、いつも彼女が座っている食事の席には──
「待ってたよミラちゃん! さぁ座って座って!」
右隣に花冠を持ったナギが、左隣に何かの織物らしき白い布を持ったウルが、笑顔で彼女の訪れを待っていたのだった。
遅れて廊下から現れたファズが、微苦笑しながら彼女の背中を追い越しざまに叩く。
「こりゃまた随分と凝った飾り付けだな。その情熱を少しは公務の方にも注いでほしいもんだが……ミラちゃん、皆が待ってるから、座ろうか」
「あ、……は、はい」
人間には到底作り出せないこの幻想的な演出をただの飾り付け扱いするとは、流石竜人である。『普通』のレベルが人間とはまるで違う。
おっかなびっくりと自分の席へと近付くと、到着と同時にさり気なく椅子の後ろへと回ったウルが座りやすいようにそれを引いてくれる。
どうぞと勧められて控えめにそこに腰掛けると、彼は手にしていた織物をふんわりと彼女の膝に掛けた。柔らかな肌触り……これは膝掛けのようだ。
「セトは急用が入ってついさっき出かけたよ。でもすぐに片付けてくるって言ってたから、パーティーが終わる前には帰ってくるんじゃないかな。先に食事しながら待ってようね」
「こんな時まで仕事とか真面目かよ、あいつ。んなもん用があるって断りゃいいのに」
肩を竦めながらぼやくナギに、彼は失笑を返す。
「断れなかったんでしょ。王宮からの呼び出しみたいだし」
「あー……そりゃ確かに断れないな。運がないなぁあいつ」
「自業自得なんだししょうがないよ」
どうやらセトは自分の務めをすっぽかした責任を問われるために国王から呼び出しを食らったようだ。
ウルはその被害者であるためか、今回はセトに同情する気はないらしい。兄弟一温厚で優しい男も、理不尽な扱いを受ければ気分を害するのである。
ナギは短く溜め息のようなものを漏らすと、手にした花冠をミラの頭に被せた。
「さて、後はシュイ待ちだけど……あいつ、何してんの?」
「此処にいるぞ」
唐突に横手から湧いた声に、思わず肩が跳ねる。
いつからそこにいたのか、大量の豚すね肉の煮込みを豪快に盛り付けた大皿を手にしたシュイが普段通りの仏頂面で兄弟たちに視線を向けていた。
礼服を纏っているのは相変わらずだが、上半身は腕を捲ったシャツ一枚と彼にしては随分と軽装で、腰には黒い前掛けを身に着けている。彼が台所に立つ際の基本的なスタイルだ。
そして──
「……お前、頭どうしたの?」
「人の頭がおかしくなったみたいに言うな。髪と言え」
半ば目を大きくして自分の頭に注目してくるナギに、シュイは憮然と返す。
正確には、シュイの額に……だ。
「少しばかり髪型を変えただけだ。俺だってたまにはそういう気分になる時もある」
「お前、額に髪の毛掛かるの鬱陶しいから前髪垂らすのは嫌いだって言ってなかったっけ」
「…………」
今までのシュイは、前髪も後ろ同様に長く伸ばしてオールバックに纏めることによって顔に毛先が被らないようにしていた。彼曰く、毛先が肌に触れるとむず痒くて集中力が散漫になるのが気に入らないから、らしい。
だが、現在の彼の前髪は、中央から若干左右に流れてはいるものの、眉に掛かる程度の長さに整えられている。自分で切ったのか誰かに整えてもらったのかは分からないが、元々高かった顔面偏差値が更に上がりそうな見事な仕上がりである。
兄弟の中で一番の美貌の持ち主、男でありながら女性すら超えうる美しさを持つ竜人、と世間に認知されている彼だが、これでますます彼に憧れ虜になる女性たちの数が増えることだろう。
もっとも、当人は自身の恋愛には全くもって興味はないようだが──
ウルの静かなツッコミに無言のまま視線を逸らすシュイの様子に、ナギは思い当たることがあったらしくにやにやとあくどい笑みを唇に浮かべた。
「あー、ひょっとしてお前、ミラちゃんに前髪あった方がカッコイイって言われたから髪型変えたの? なーに、女の子には興味ないって豪語してたイケメンシュイ様も、ミラちゃんからの好感度上げるためならそーいうこともしちゃうんだー?」
「そう思いたければ勝手に思ってろ。お前にはこのジャンボノは食わせてやらん」
「ぎゃーっごめんごめん前言撤回! お前の絶品手料理食えないとか死んじゃうから勘弁して!」
メインの肉料理をお預けと言われた瞬間に手の平を返すナギをじろりと一瞥して、それ以上のリアクションは取らずに大皿をテーブルへと置くシュイ。
顔の正面はテーブルに向けたまま横目で傍らのミラを見ると、
「料理の支度の方に時間を取られていたから大した飾り付けはできなかったが、この部屋の雰囲気は気に入ってもらえただろうか」
この部屋の幻想的な演出は、シュイが作り上げたものだったようだ。
「君は花が好きだそうだから……幻影魔法で創った偽物になってしまったのは申し訳ないと思うがね」
パチンと指先を小さく鳴らす。
と、辺りを漂っていた虹色の花の幾つかが、ほよんと表面を泡のように波立たせてその形を蝶へと変化させた。
淡い光を纏ってちらちらと星屑のような鱗粉を散らしながら、別の花を目指して宙を舞う蝶たち。花の傍まで辿り着くと、それらは再び花の形に変化して静かになった。
ふわぁ、と目を大きくしてその光景に見惚れるミラ。
「い、いえ、そんな。物凄く綺麗で、夢みたいです……私なんかのために、わざわざありがとうございます……」
「『なんか』なんて自分のことをそんな風に言わないでほしい。……君は、俺たちの大切な家族なんだ。他所の誰が何と言ってこようがね」
俺たちアヴィル家の者を生涯の家族として選んでくれてありがとう。
そう小さく言って淡く微笑んで、シュイはミラの傍から離れていった。
彼が前掛けを外して自分の席に着いたのを合図に、ナギとウルもまた各々の席へと散っていく。
空いた席が現在不在のセトのものひとつだけになったところで、グラスを右手にしたナギがそれを掲げながら、声を上げた。
「さっ、それじゃセトの奴がいないけど、始めよっか! ミラちゃんがアヴィル家に来て今日で丁度一カ月目記念パーティー! ぱーっと盛り上がろう!」
『乾杯!』
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