118 / 176
第118話 後悔しない旅を
しおりを挟む
夜。静けさに包まれた僕の部屋の中で、僕はシルバーの毛を梳いていた。
屋外にいると毛玉ができたり埃やら何やらが付いて汚くなるので、たまにこうして風呂に入れて毛並みを整えてやっているのだ。
やっぱり綺麗にしてやった方が伝説の魔獣らしいし、シルバーも気持ちいいだろうしね。
動物は普通は水に濡れるのを嫌がるものなのだが、シルバーは文句ひとつ言わず風呂に入ってくれるから手間がかからなくて楽だ。
丁寧に背中の毛を梳いていると、シルバーが口を開いた。
『明日、出かけるんでしょ』
「ああ。海賊王の宝がある神殿とやらに行くらしい」
僕が答えると、シルバーは僅かな沈黙を間に挟んで言った。
『シルカ、すっかり冒険者になったね』
……確かに僕は最近出かけてばっかりだし、シルバーにそう思われても無理はないか。
ううん、と僕は首を振った。
「……僕はよろず屋の店主だよ。冒険者じゃない」
『何が違うの?』
怪訝そうに問うてくるシルバーに、僕は答えた。
「よろず屋の店主はよろず屋を経営するのが仕事だ。冒険者とは全然違うよ」
『そうじゃなくて』
シルバーは続けた。
『今のシルカはあちこち旅に出てる。冒険者って旅をする人のことを言うんでしょ? 今のシルカと全然変わらないよ』
「…………」
僕は答えられなかった。
僕が自分のことを冒険者だなんてこれっぽっちも思ってなかったし、冒険者だとは認めたくなかったからだ。
色々な人に誘われて、頼まれて、旅に同行してはいるけれど、僕は自分が冒険者だと名乗ったことは一度もない。
僕は、あくまでよろず屋の店主なんだというプライドがあったから。
此処で商売をしながら暮らしていきたいと心の底から思っているから。
だから、僕は冒険者じゃない。そう、主張したいのだ。
「……僕は、よろず屋の店主だよ」
先程と同じ言葉を、呟く。
自分自身にも、言い聞かせるように。
「誰が何と言おうと、僕は、此処で店を経営するただの人間だ」
『いいんじゃない? シルカはそういう人間で』
尻尾を揺らして、シルバーは言った。
『旅もする、よろず屋の店主ってことでさ。ほら、旅をしながら商売をする人間がいるでしょ? あれと同じなんじゃないかな』
「……行商人ってことか?」
『それを行商人って言うの? まあ何でもいいけれど、この世には色々な人間がいるから、シルカが旅もするよろず屋の店主でもいいんじゃないかってことだよ』
旅もする、よろず屋の店主。それが、今の僕。
それをよろず屋の店主と言っていいものなのだろうか。
僕が考えていると、シルバーはちらりと僕の方を見た。
『そんなに深刻な顔ばっかりしてないで、もう少し旅をすることに前向きになりなよ。あの人間たちはシルカのことを仲間だって言ってくれたんでしょ? シルカが旅の一員としてどんな役割に納まったんだとしても、あの人間たちはシルカのことを受け入れてくれるよ』
……旅を、前向きに考える。
すんなりとそれができたら、どんなに気分が楽になることだろう。
僕は、魔物が怖い。使えるようになった魔術だって、ちゃんと使いこなせる自信があるわけじゃない。
──そんな、僕にも。
旅することを繰り返しているうちに、旅をすることに慣れる日が来るのだろうか。
『明日は、行ってらっしゃい。シルカにとっていい旅になるといいね』
「……うん」
僕は頷いて、シルバーの毛を梳いていたブラシを置いた。
──明日、僕はブランたちと一緒に旅に出る。
旅に出たことを後悔しない旅にするように努力しよう……と、僕はそう心の中で自分に言い聞かせたのだった。
屋外にいると毛玉ができたり埃やら何やらが付いて汚くなるので、たまにこうして風呂に入れて毛並みを整えてやっているのだ。
やっぱり綺麗にしてやった方が伝説の魔獣らしいし、シルバーも気持ちいいだろうしね。
動物は普通は水に濡れるのを嫌がるものなのだが、シルバーは文句ひとつ言わず風呂に入ってくれるから手間がかからなくて楽だ。
丁寧に背中の毛を梳いていると、シルバーが口を開いた。
『明日、出かけるんでしょ』
「ああ。海賊王の宝がある神殿とやらに行くらしい」
僕が答えると、シルバーは僅かな沈黙を間に挟んで言った。
『シルカ、すっかり冒険者になったね』
……確かに僕は最近出かけてばっかりだし、シルバーにそう思われても無理はないか。
ううん、と僕は首を振った。
「……僕はよろず屋の店主だよ。冒険者じゃない」
『何が違うの?』
怪訝そうに問うてくるシルバーに、僕は答えた。
「よろず屋の店主はよろず屋を経営するのが仕事だ。冒険者とは全然違うよ」
『そうじゃなくて』
シルバーは続けた。
『今のシルカはあちこち旅に出てる。冒険者って旅をする人のことを言うんでしょ? 今のシルカと全然変わらないよ』
「…………」
僕は答えられなかった。
僕が自分のことを冒険者だなんてこれっぽっちも思ってなかったし、冒険者だとは認めたくなかったからだ。
色々な人に誘われて、頼まれて、旅に同行してはいるけれど、僕は自分が冒険者だと名乗ったことは一度もない。
僕は、あくまでよろず屋の店主なんだというプライドがあったから。
此処で商売をしながら暮らしていきたいと心の底から思っているから。
だから、僕は冒険者じゃない。そう、主張したいのだ。
「……僕は、よろず屋の店主だよ」
先程と同じ言葉を、呟く。
自分自身にも、言い聞かせるように。
「誰が何と言おうと、僕は、此処で店を経営するただの人間だ」
『いいんじゃない? シルカはそういう人間で』
尻尾を揺らして、シルバーは言った。
『旅もする、よろず屋の店主ってことでさ。ほら、旅をしながら商売をする人間がいるでしょ? あれと同じなんじゃないかな』
「……行商人ってことか?」
『それを行商人って言うの? まあ何でもいいけれど、この世には色々な人間がいるから、シルカが旅もするよろず屋の店主でもいいんじゃないかってことだよ』
旅もする、よろず屋の店主。それが、今の僕。
それをよろず屋の店主と言っていいものなのだろうか。
僕が考えていると、シルバーはちらりと僕の方を見た。
『そんなに深刻な顔ばっかりしてないで、もう少し旅をすることに前向きになりなよ。あの人間たちはシルカのことを仲間だって言ってくれたんでしょ? シルカが旅の一員としてどんな役割に納まったんだとしても、あの人間たちはシルカのことを受け入れてくれるよ』
……旅を、前向きに考える。
すんなりとそれができたら、どんなに気分が楽になることだろう。
僕は、魔物が怖い。使えるようになった魔術だって、ちゃんと使いこなせる自信があるわけじゃない。
──そんな、僕にも。
旅することを繰り返しているうちに、旅をすることに慣れる日が来るのだろうか。
『明日は、行ってらっしゃい。シルカにとっていい旅になるといいね』
「……うん」
僕は頷いて、シルバーの毛を梳いていたブラシを置いた。
──明日、僕はブランたちと一緒に旅に出る。
旅に出たことを後悔しない旅にするように努力しよう……と、僕はそう心の中で自分に言い聞かせたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
Chivalry - 異国のサムライ達 -
稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)
ファンタジー
シヴァリー(Chivalry)、それは主に騎士道を指し、時に武士道としても使われる言葉である。騎士道と武士道、両者はどこか似ている。強い精神をその根底に感じる。だが、士道は魔法使いが支配する世界でも通用するのだろうか?
これは魔法というものが絶対的な価値を持つ理不尽な世界で、士道を歩んだ者達の物語であり、その中でもアランという男の生き様に主眼を置いた大器晩成なる物語である。(他サイトとの重複投稿です。また、画像は全て配布サイトの規約に従って使用しています)
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
死に戻り勇者は二度目の人生を穏やかに暮らしたい ~殺されたら過去に戻ったので、今度こそ失敗しない勇者の冒険~
白い彗星
ファンタジー
世界を救った勇者、彼はその力を危険視され、仲間に殺されてしまう。無念のうちに命を散らした男ロア、彼が目を覚ますと、なんと過去に戻っていた!
もうあんなヘマはしない、そう誓ったロアは、二度目の人生を穏やかに過ごすことを決意する!
とはいえ世界を救う使命からは逃れられないので、世界を救った後にひっそりと暮らすことにします。勇者としてとんでもない力を手に入れた男が、死の原因を回避するために苦心する!
ロアが死に戻りしたのは、いったいなぜなのか……一度目の人生との分岐点、その先でロアは果たして、穏やかに過ごすことが出来るのだろうか?
過去へ戻った勇者の、ひっそり冒険談
小説家になろうでも連載しています!
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
野獣と噂の王太子と偽りの妃
葉月 まい
ファンタジー
継母に勧められるまま、
野獣のように恐ろしいと噂の
王太子との縁談に向かった
伯爵令嬢のプリムローズ。
「勘違いするな。妃候補だなどと思っているなら大きな間違いだ。とっとと帰れ」
冷たくあしらわれるが
継母と異母妹の為にも
邪魔者の自分が帰る訳にはいかない。
「わたくしをここの使用人として
雇っていただけませんか?」
「…は?!」
戸惑う王太子の告白。
「俺は真の王太子ではない。そなたはこんなところにいてはならない。伯爵家に帰れ」
二人の関係は、どうなっていくのか?
⎯⎯⎯⎯ ◦◈◦◈◦◈◦⎯⎯⎯⎯
プリムローズ=ローレン(十七歳)…伯爵令嬢
母を知らずに育ち、継母や異母妹に遠慮しながら毎日を過ごしている。
自分がいない方がいいと、勧められるまま王太子の妃候補を募る通達により、宮殿へ。
野獣のように恐ろしいと噂の王太子に
冷たくされながらも
いつしか心を通わせていく。
そんなプリムローズの
幸せなプリンセスストーリー♡
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる