異世界を印刷で無双する/社畜が転生先で「つまり印刷機で魔法陣を大量印刷すれば無双できるのでは」と気づいたがまさかのラスボスに戸惑いを隠せない

セント

文字の大きさ
14 / 51
第二章 オフセット印刷VS異種族

第14話 チーレム……!

しおりを挟む


オルトの様子は、まるで蛇に睨まれた蛙だった。
応接間に通されたオルトと絢理は、豪奢なテーブルを挟んでタビタと対峙している。

腕組みして冷たい眼差しを向けてくる少女は、昨晩の様子とは似ても似つかない。否、あるいは窃盗犯を追い詰めた時の顔に近いものがあるかもしれないが――それにしても業者に向ける視線としては、あまりに冷酷に過ぎるような気がした。

絢理でさえ緊張して、口を一文字に引き結んでいる。

その絢理に、タビタは一瞥もくれない。
昨夜はあんなに友好的であったのに、まるで別人のようだ。否、本当に別人なのだろうか。

誰も言葉を発しない張り詰めた空気の中、メイドが紅茶を注ぐ音だけが、やけに大きく聞こえる。

全員にカップが行き渡ったところで、メイドは応接間の入口へと辞し、慇懃に礼をした。

「それでは、失礼いたします」
「ええ、ありがとうエルマ」

応接間の扉が丁寧に、音もなく閉められる。
その瞬間を待ち構えていたのは、誰あろう眼前の金髪美少女だった。

「ぷはーっ、息が詰まるったらないわね」

張り詰めていた空気が一気に瓦解した。
タビタは伸ばしていた背筋を背もたれに預けて、足を組んだ。張りをほぐすように首と肩を揉みながら言う事には、

「貴族ぶるのも大変よねー。ねえオルト?」

水を向けられたオルトは苦笑しながら、紅茶で渇いた咽喉を潤した。

「相変わらずだね、正真正銘の貴族令嬢だろうに君は」
「毅然としてるなんてキャラじゃないのよ。昔からそう言ってるのに、そう振る舞わないといけない場面は増える一方で、嫌になっちゃう」

人目の有無によって、タビタの態度は極端に豹変した。様子を見るに、こちらが素なのだろう。
相好を崩したタビタが、気安げに絢理へと視線を転じた。

「貴女、オルトの知り合いだったのね」
「ええ、昨日は大変お世話になりました」

やはり昨晩の金髪美少女はタビタ・エックホーフで間違いなかった。
オルトが疑問符を浮かべながら二人を交互に見てきたため、かいつまんで説明をする。
絢理も紅茶に口をつけながら、いろいろと表出してきた疑問をぶつけた。

「お二人とも、随分と親しいのですね」
「あら。あら何? 妬けちゃう?」
「なわけないでしょう頭湧いてるんですか?」

途端に下世話な笑みを浮かべるタビタを、絢理はへの字口で一蹴した。
絢理の暴言にも貴族令嬢は気を悪くした様子もない。寧ろ面白がるように身を乗り出してきた。

「腐れ縁っていうのかしら。家ぐるみの交流が長くてね」
「家ですか?」

オウム返しに尋ねる絢理に、本当に知らないの? という顔でタビタは目を丸くする。

「エックホーフ家とハウンドマン家といったら、そこそこ有名よ?」

絢理が懐疑的な眼差しをオルトに向ける。

「……貴方、貴族だったんですか?」
「まあ、僕は落ちこぼれだけどね」
「それなら納得です」
「酷い……」

落ち込むオルトを尻目に、勝手に得心する絢理。
フォローを入れたのはタビタだった。

「落ちこぼれなんてことはないわよ。魔法書士としての腕は一流なんだから」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、それにしても今回の発注数は尋常じゃなかった」

肩を落としていたオルトが居住まいを正す。一転して、探るような口調で問うた。

「――何かあったのかい?」

これまでにもオルトは魔法陣の納品を行ってきた。一度や二度ではない。
常連上得意となっていたタビタだったが、今回の発注枚数は通常の三倍にも上った。
それも、日常生活に使用するものではなく、どれも戦闘に特化した魔法陣だ。
その発注の背景には、異常事態があるに違いない。

しかしタビタは嘆息し、つまらなそうに頬杖をついた。

「別に。戦うことになったから必要になっただけ」
「戦う? 誰と?」
「さっき貴方たちもすれ違ったでしょ? ――騎士・オーヴァンとよ」
「何だって!?」

驚愕と共に、思わずオルトは立ち上がる。膝をぶつけてティーセットが甲高い音を立てた。彼の表情には焦燥の色が濃い。しかしその困惑を、タビタは却って冷静に受け止めていた。

それは既に、ある種の覚悟を固めた者の貌だった。

「どうしてそんな事に……?」
「グーテンベルク王からの求婚を断ったのよ」
「な……ッ」

オルトは絶句し、

「何てことを……」

力を失ったようにふらふらと椅子に腰を落ち着けた。
一方で、にべもなく答えたタビタは、ふてくされたように視線を逸らす。
重い沈黙が周囲を包み込む。タビタはへそを曲げ、オルトは頭を抱えている。事情を呑み込めていないのは、絢理だけだった。

「話が見えないのでご教示願いますノッポさん」

オルトだ……とやはり力なく訂正してから、彼は訥々と話し始めた。

「ヨハネス・グーテンベルク王は、有力な貴族を何人も妻に迎えているんだ」
「重婚――というよりもそれは」

絢理の脳裏に閃く単語があった。
異世界転生して印刷技術というチートを用いて無双、そして妻を複数娶るとなればその状況はまさに、

「チーレム……ッ!」

歴史上の人物がチーレムを築くとは何事か。
戦慄する絢理をよそに、オルトは続けた。

「王の求婚は勅令に相当する。断る権利なんてない」
「それはまた、随分とやりたい放題ですね」
「そうやって彼は、この国における自分の地位を絶対的なものにしてきた」
「でもそれが、どうして戦いになるんです?」
「勅令に背いた場合、決闘をしなければならないんだ」
「決闘?」

オウム返しに尋ねる絢理に応えたのは、タビタだった。

「ヨハネス王の派遣した宮廷騎士と戦い、見事勝つことができれば命令に背く権利を獲得できる。敗北すれば命令を受け入れるしかない――そういうルールなのよ」
「成程。それで先程の人との決闘となるわけですね」

絢理の脳裏で、様々な出来事が繋がっていく。
昨日に納品ができなかった急用とは、まさに派遣されてきた騎士・オーヴァンとの面会か何かだったのだろう。
友好的な面会ではないだろうから、アポイントの設定もろくにしないままに往訪したのだろう。

そして昨夜、タビタが疲れを癒したくなった理由もオーヴァンに起因する。
勅令に反する意志の確認と、それに伴う決闘の実施が決められたに違いない。

「検問が厳しかった理由もそれだろうね」

絢理の思考を読んだように、オルトが捕捉する。
成程。王都からの宮廷騎士の来訪――そのために、警備が厳重だったのか。
日本でも海外から要人が来日する際には大使館回りが騒がしくなるものだ。

「しかしその宮廷騎士というのは、どんだけ強いんです?」

昨夜、絢理を救ってくれたタビタも相当に腕が立つ。確か闘技大会でも優勝経験があるとオルトも言っていた。
充分に勝機はあるのではないか。そう思ったが、オルトの表情は苦いままだ。

「国中の精鋭という精鋭を集めているのが宮廷騎士団だ。剣も魔法も一級品の腕前だからね、正直、タビタでも勝つのは難しいと思うよ」
「だからオルト、貴方に魔法陣をこれだけ書いてもらったのよ」

弱気な発言を打ち消すように、タビタは毅然と言い放った。


「――負ける気ないから、私」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

転生したら『塔』の主になった。ポイントでガチャ回してフロア増やしたら、いつの間にか世界最強のダンジョンになってた

季未
ファンタジー
【書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡٩( 'ω' )و】 気がつくとダンジョンコア(石)になっていた。 手持ちの資源はわずか。迫りくる野生の魔物やコアを狙う冒険者たち。 頼れるのは怪しげな「魔物ガチャ」だけ!? 傷ついた少女・リナを保護したことをきっかけにダンジョンは急速に進化を始める。 罠を張り巡らせた塔を建築し、資源を集め、強力な魔物をガチャで召喚! 人間と魔族、どこの勢力にも属さない独立した「最強のダンジョン」が今、産声を上げる!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~

北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。 実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。 そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。 グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・ しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。 これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。

猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る

マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・ 何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。 異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。  ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。  断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。  勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。  ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。  勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。  プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。  しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。  それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。  そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。  これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。

処理中です...