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第二章 オフセット印刷VS異種族
第26話 絢理さんのもう一つの秘策
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「いえ。決着をつけましょう、いまここで」
「……何だと?」
眉をしかめるオーヴァンに、絢理は怯むことなく不敵な笑みを返した。
当惑しているのは彼ばかりではない。
タビタも、絢理に踏まれたままのオルトも疑問符を浮かべていた。
一際反対の声を上げたのは、エルマだ。
「何を仰っておられるのです絢理様! お嬢様をこれ以上戦わせるわけには……っ!」
「しゃらっぷ!」
と、絢理はぴしゃりと言い放ち、メイドを黙らせる。
「まさか逃げたりしませんよね? 騎士ともあろうお方が?」
挑発的な言葉を放つ絢理は、腰に両手を当ててオーヴァンを見上げる。
頭二つ分以上も小さい絢理を、オーヴァンは怪訝な眼差しを返すしかない。
「本気なのかね」
「もちろん。ああいえ、別にこちらは不戦勝だって構いませんよ? ねえタビタさん?」
水を向けられ、タビタは咄嗟に返答に窮した。
「え、それはまあ、えっと、本気、なのよね?」
一同の懐疑的な眼差しにも、絢理が言を翻すことはなかった。
お互いに満身創痍の無観客試合は、そうして幕を開けた。
否、無観客というには不完全か。
瓦解した闘技場に対峙する戦士二人を、オルトとエルマが不安そうに見守っている。
長らく地面と接吻していたオルトだが、絢理が作業着をエルマに貸し与えたことでようやく人としての尊厳を取り戻していた。
そのオルトが視線を転じる先、自信ありげに笑みを浮かべる絢理。
「絢理君、本当に良かったのか?」
「何ですノッポさんまで」
いまにも決闘が始まろうという刹那に疑問の声。絢理はそれを、虫でも払うように面倒くさそうに応じた。
「オーヴァンもボロボロとはいえ、だからってタビタに勝ち目があるとは……」
「何言ってるんです、千載一遇のチャンスですよ」
幸の薄そうな表情へ向けて、絢理は人差し指をビシッとへ向けた。
「貴方が言ったんですよ?」
「……僕?」
魔法書士の青年は目を丸くするばかりで、絢理の思惑を全く理解できていない。
察しの悪いオルトへ嘆息しながら、絢理は口を尖らせた。
「ノッポさんの魔法陣じゃ宮廷騎士のそれには敵わないって話です。それがお二人の戦力差となっているのなら、いまがチャンスってもんでしょうが」
絢理は手のひらサイズの何かを包み込むような仕草をしながら、底意地の悪そうな笑みを浮かべながら続けた。
視線をオルトではなく、自身の両手に向けながら、
「――ですよねえ? エレメンタルさん?」
瞬間、言葉に呼応するように絢理の手の中にエレメンタルが具現化した。
彼は苦しそうに荒く息をつきながら、空中をバタバタともがいている。
にやにやと邪悪な笑みを浮かべる絢理を恨めしそうに見上げながら言う事には、
「て、んめえ……ッ! 大量に、つ、使うなって、言っ……言って……ッ! きゅごおおおおおおおおお」
恨み節を最後まで言うこともできず、エレメンタルは掻き消えた。
その様子を見たオルトも、ようやく得心したようだ。
「そ、そうか……! いま、この空間は――」
「ええ。私が大量に魔法を使ったおかげで、一切の魔法が使えなくなってるはずです」
絢理がこの闘技場で放った魔法陣は、計24,000枚にも達する。
それだけの魔法を媒介したエレメンタルは過労に倒れ、しばらくはマナを使うことは不可能となる。
それはオルトが教えてくれた、この異世界でのルールだ。
絢理はそれを逆手に取って見せた。
大量の魔法陣による絨毯爆撃。それが尽きてからの近接限定戦。
絢理が脳裏に描いていた二段階での作戦が、見事に達成された瞬間だった。
したり顔の絢理が頷くと同時、本日二度目の宮廷試合が、幕を開けた。
◆
結果的に、タビタ・エックホーフは勝利を収めた。
魔法を活用した遠距離戦で優位に立てると学習していたオーヴァンは、一度目の試合と同様の戦略を取ろうとした。
だが、その極めて合理的な戦略こそが隙を生じさせた。発動するはずの魔法が発動しない――その事実がオーヴァンの判断に間隙を生んだ。
エレメンタルを過労に追い込むという極めて非情な戦略が、オーヴァンを追い詰めた。
一方、タビタは相手に魔法を使わせまいとした。なるべく近接戦に持ち込み、剣戟の展開を望んだ。そしてそれが功を奏した。
結果、タビタの剣はオーヴァンを捉え、勝利を収めるに至ったのだ。
歓声のない静かな決着。
絢理は我が意を得たりと頷き、オルトは安堵の息をつき。
エルマは主人の勝利に感無量、ぼろぼろと涙を流すのだった。
「これにて一件落着ですね」
ありもしないエア印籠を掲げながら、絢理は長い一日をそう締めくくった。
長く長く吐き出した息に、隠していた疲労と緊張を、少しだけ滲ませながら。
<続>
「……何だと?」
眉をしかめるオーヴァンに、絢理は怯むことなく不敵な笑みを返した。
当惑しているのは彼ばかりではない。
タビタも、絢理に踏まれたままのオルトも疑問符を浮かべていた。
一際反対の声を上げたのは、エルマだ。
「何を仰っておられるのです絢理様! お嬢様をこれ以上戦わせるわけには……っ!」
「しゃらっぷ!」
と、絢理はぴしゃりと言い放ち、メイドを黙らせる。
「まさか逃げたりしませんよね? 騎士ともあろうお方が?」
挑発的な言葉を放つ絢理は、腰に両手を当ててオーヴァンを見上げる。
頭二つ分以上も小さい絢理を、オーヴァンは怪訝な眼差しを返すしかない。
「本気なのかね」
「もちろん。ああいえ、別にこちらは不戦勝だって構いませんよ? ねえタビタさん?」
水を向けられ、タビタは咄嗟に返答に窮した。
「え、それはまあ、えっと、本気、なのよね?」
一同の懐疑的な眼差しにも、絢理が言を翻すことはなかった。
お互いに満身創痍の無観客試合は、そうして幕を開けた。
否、無観客というには不完全か。
瓦解した闘技場に対峙する戦士二人を、オルトとエルマが不安そうに見守っている。
長らく地面と接吻していたオルトだが、絢理が作業着をエルマに貸し与えたことでようやく人としての尊厳を取り戻していた。
そのオルトが視線を転じる先、自信ありげに笑みを浮かべる絢理。
「絢理君、本当に良かったのか?」
「何ですノッポさんまで」
いまにも決闘が始まろうという刹那に疑問の声。絢理はそれを、虫でも払うように面倒くさそうに応じた。
「オーヴァンもボロボロとはいえ、だからってタビタに勝ち目があるとは……」
「何言ってるんです、千載一遇のチャンスですよ」
幸の薄そうな表情へ向けて、絢理は人差し指をビシッとへ向けた。
「貴方が言ったんですよ?」
「……僕?」
魔法書士の青年は目を丸くするばかりで、絢理の思惑を全く理解できていない。
察しの悪いオルトへ嘆息しながら、絢理は口を尖らせた。
「ノッポさんの魔法陣じゃ宮廷騎士のそれには敵わないって話です。それがお二人の戦力差となっているのなら、いまがチャンスってもんでしょうが」
絢理は手のひらサイズの何かを包み込むような仕草をしながら、底意地の悪そうな笑みを浮かべながら続けた。
視線をオルトではなく、自身の両手に向けながら、
「――ですよねえ? エレメンタルさん?」
瞬間、言葉に呼応するように絢理の手の中にエレメンタルが具現化した。
彼は苦しそうに荒く息をつきながら、空中をバタバタともがいている。
にやにやと邪悪な笑みを浮かべる絢理を恨めしそうに見上げながら言う事には、
「て、んめえ……ッ! 大量に、つ、使うなって、言っ……言って……ッ! きゅごおおおおおおおおお」
恨み節を最後まで言うこともできず、エレメンタルは掻き消えた。
その様子を見たオルトも、ようやく得心したようだ。
「そ、そうか……! いま、この空間は――」
「ええ。私が大量に魔法を使ったおかげで、一切の魔法が使えなくなってるはずです」
絢理がこの闘技場で放った魔法陣は、計24,000枚にも達する。
それだけの魔法を媒介したエレメンタルは過労に倒れ、しばらくはマナを使うことは不可能となる。
それはオルトが教えてくれた、この異世界でのルールだ。
絢理はそれを逆手に取って見せた。
大量の魔法陣による絨毯爆撃。それが尽きてからの近接限定戦。
絢理が脳裏に描いていた二段階での作戦が、見事に達成された瞬間だった。
したり顔の絢理が頷くと同時、本日二度目の宮廷試合が、幕を開けた。
◆
結果的に、タビタ・エックホーフは勝利を収めた。
魔法を活用した遠距離戦で優位に立てると学習していたオーヴァンは、一度目の試合と同様の戦略を取ろうとした。
だが、その極めて合理的な戦略こそが隙を生じさせた。発動するはずの魔法が発動しない――その事実がオーヴァンの判断に間隙を生んだ。
エレメンタルを過労に追い込むという極めて非情な戦略が、オーヴァンを追い詰めた。
一方、タビタは相手に魔法を使わせまいとした。なるべく近接戦に持ち込み、剣戟の展開を望んだ。そしてそれが功を奏した。
結果、タビタの剣はオーヴァンを捉え、勝利を収めるに至ったのだ。
歓声のない静かな決着。
絢理は我が意を得たりと頷き、オルトは安堵の息をつき。
エルマは主人の勝利に感無量、ぼろぼろと涙を流すのだった。
「これにて一件落着ですね」
ありもしないエア印籠を掲げながら、絢理は長い一日をそう締めくくった。
長く長く吐き出した息に、隠していた疲労と緊張を、少しだけ滲ませながら。
<続>
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