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第二章 オフセット印刷VS異種族
第27話 かくして無窮魔道士は爆誕す
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「はあ?」
起き抜けの絢理は、疑念を隠そうともせず露骨に眉をしかめた。
激闘から一夜明け、エックホーフ邸。その朝食会場での出来事である。
魔法により土石で固められたフォークリフトを素手で掘り出すという荒業を成し、暴走するドラゴンを撃退した絢理。彼女は宮廷試合が終わるなり、電池が切れたようにパタリと倒れた。
仕事柄徹夜には慣れている彼女だったが、異世界という慣れない環境下で巨大な怪異と対峙したとあっては、流石の胆力も限界だったのだろう。
タビタの計らいでエックホーフ邸に運ばれた彼女は、侍女により丁寧に身体を清められ、ふかふかのベッドに寝かされた。
泥のように爆睡した彼女は結局一夜明けるまで一度も目ざめず、その睡眠時間は二十時間に及ぶ。目覚めた絢理がまず食事を要求したのも無理からぬことだった。
その朝食会場で、向かいに座したタビタは、
「グーテンべルクに会いに行こうと思うのよね」
にべもなく、そう言ってのけた。絢理が顔をしかめるのも当然だろう。そうしたくないがために王室からの要求に反駁し、命からがら宮廷騎士を退けたのだから。
それがただの一晩で翻意したとあっては、
「馬鹿なんですか?」
「直球過ぎてただの悪口よそれ」
「だってそうでしょう。何のために命懸けで試合までしたんです」
呆れながらも、絢理はフォークを素早く走らせ、卓上のパンとソーセージ、サラダを胃に収めていく。疲労と空腹に支配された五臓六腑に染み渡る。
「結局、意味がないってことに気づいたのよ」
「意味がない?」
「昨日ね、オーヴァンが帰り際に教えてくれたの。グーテンブルク王はこの程度じゃ諦めないって」
王をよく知るオーヴァンは、警告か親切心か、タビタに忠告を残したのだと言う。
この一件で、タビタ・エックホーフへの評価は大きく変わる。田舎の貴族令嬢から、宮廷騎士を退けた竜人へと。王は寧ろ関心を強め、更に強力な刺客を差し向けるだろう。手中に収めるために、より手段を選ばなくなるはずだ。
「あるいは私が竜人だってことさえ看過してたのかもしれないって」
「ジャイアニズム極めてるなー…」
への字口から嫌悪感たっぷりに吐き出す絢理に対して、タビタは苦笑する。
「そのジャイア何とかは分からないけど。でもそれなら、いっそ打って出てやろうってわけよ」
状況も変わったしね、と彼女は言う。
「状況?」
「頼りになる護衛を雇う目処がついたし。それにまあちょっと、気まずいのよ……。貴族の娘が竜種と分かって、しかもそれが街中で大暴れしちゃって」
「ああ成程」
それでほとぼりを冷ましたいというのは、頷ける話だった。
「それに、グーテンブルク王が私の出自を知っているとしたら、聞いてみたいこともあるし」
「そう言うことなら良いんじゃねーですか? 最悪ドラゴンに変身すれば、タビタさんが負けるってことはないんでしょうし」
絢理は会場脇に控える侍女、エルマに目を向けた。彼女が気まずそうに身を固くすると、絢理は一息。
「二回も盗みたくなるほど貴重な魔導書もあるわけですし」
との絢理の皮肉を受け、エルマは一転して怪訝そうな表情を浮かべた。
「……二回、とは?」
惚けているというより、本当に分からないという顔だ。そもそもこの段に至って、誤魔化す意味などない。
絢理もまた、嫌な予感に表情を曇らせた。
「……私の部屋に忍び込んで一回、それから馬車を狙って二回目、ですよね?」
「いえ、その、私が魔導書を狙ったのは、馬車での一件のみですがーーその直前にも盗まれていたのですか?」
「……っ」
血の気が引いていく。
では、絢理の宿に忍び込んで魔導書を盗み出したあの人影。あれは、誰だ?
一帯を支配する沈黙を破るように、ふとした声が闖入した。
「大変だ!」
一同が目を向けた先では、血相を変えたオルトが息を切らしていた。
このタイミングでの登場に、絢理が半眼になって問うことには、
「魔導書が盗まれたとか言い出し始めるんじゃないでしょうねノッポさん?」
意表をつかれた顔で、オルトは首肯した。
「どうしてそれを……?」
「そうですか、やっぱりですか……」
犯人の見当はつかないが、昨日のことがあった今では、魔導書を狙う理由もわかる気がする。現にあれ一冊で、才女とはいえ十七歳の少女が、遥か格上の宮廷騎士を退けるに至ったのだから。
しかしあれが盗まれたとあっては、タビタにとって痛手だろう。制御できないとはいえ、魔導書さえあれば、竜の姿を取り戻せる。どんな局面も死なずに乗り切れるに違いない。
「魔導書がなくても、それでも王都へ向かうんですか?」
絢理の確認に、しかしタビタは相好を崩してさえみせた。
「問題ないわよ。頼りになる護衛の目処がついたって言ったでしょ?」
そうして、タビタは絢理に意味ありげな笑みを向けるのであった。
「……はい?」
その意味を理解して、絢理がへの字口を深める。
「騎士の中でも一握りだけが務めることのできる宮廷騎士。それを危なげなく倒した竜人。その竜人をさえ、物の一撃で倒した最強の魔道士。さしづめ、無窮魔道士ってところかしら?」
「いや、いやいや待ってください誰が貴族の護衛旅なんてダルそうなこと……」
「この世界での生き方、それと寝食は保証してあげられるけど?」
あ、これノッポさんから事情聞いてて予め断る理由全部潰されてるやつだ。
察しのいい絢理は、盛大にため息をついた。
「まあ私も、グーテンブルクには興味がありますし」
印刷技師から貴族の護衛へ。戸叶絢理は、ジョブチェンジを余儀なくされた。
「よろしくお願いします」
<第二章・完 第三章に続く>
起き抜けの絢理は、疑念を隠そうともせず露骨に眉をしかめた。
激闘から一夜明け、エックホーフ邸。その朝食会場での出来事である。
魔法により土石で固められたフォークリフトを素手で掘り出すという荒業を成し、暴走するドラゴンを撃退した絢理。彼女は宮廷試合が終わるなり、電池が切れたようにパタリと倒れた。
仕事柄徹夜には慣れている彼女だったが、異世界という慣れない環境下で巨大な怪異と対峙したとあっては、流石の胆力も限界だったのだろう。
タビタの計らいでエックホーフ邸に運ばれた彼女は、侍女により丁寧に身体を清められ、ふかふかのベッドに寝かされた。
泥のように爆睡した彼女は結局一夜明けるまで一度も目ざめず、その睡眠時間は二十時間に及ぶ。目覚めた絢理がまず食事を要求したのも無理からぬことだった。
その朝食会場で、向かいに座したタビタは、
「グーテンべルクに会いに行こうと思うのよね」
にべもなく、そう言ってのけた。絢理が顔をしかめるのも当然だろう。そうしたくないがために王室からの要求に反駁し、命からがら宮廷騎士を退けたのだから。
それがただの一晩で翻意したとあっては、
「馬鹿なんですか?」
「直球過ぎてただの悪口よそれ」
「だってそうでしょう。何のために命懸けで試合までしたんです」
呆れながらも、絢理はフォークを素早く走らせ、卓上のパンとソーセージ、サラダを胃に収めていく。疲労と空腹に支配された五臓六腑に染み渡る。
「結局、意味がないってことに気づいたのよ」
「意味がない?」
「昨日ね、オーヴァンが帰り際に教えてくれたの。グーテンブルク王はこの程度じゃ諦めないって」
王をよく知るオーヴァンは、警告か親切心か、タビタに忠告を残したのだと言う。
この一件で、タビタ・エックホーフへの評価は大きく変わる。田舎の貴族令嬢から、宮廷騎士を退けた竜人へと。王は寧ろ関心を強め、更に強力な刺客を差し向けるだろう。手中に収めるために、より手段を選ばなくなるはずだ。
「あるいは私が竜人だってことさえ看過してたのかもしれないって」
「ジャイアニズム極めてるなー…」
への字口から嫌悪感たっぷりに吐き出す絢理に対して、タビタは苦笑する。
「そのジャイア何とかは分からないけど。でもそれなら、いっそ打って出てやろうってわけよ」
状況も変わったしね、と彼女は言う。
「状況?」
「頼りになる護衛を雇う目処がついたし。それにまあちょっと、気まずいのよ……。貴族の娘が竜種と分かって、しかもそれが街中で大暴れしちゃって」
「ああ成程」
それでほとぼりを冷ましたいというのは、頷ける話だった。
「それに、グーテンブルク王が私の出自を知っているとしたら、聞いてみたいこともあるし」
「そう言うことなら良いんじゃねーですか? 最悪ドラゴンに変身すれば、タビタさんが負けるってことはないんでしょうし」
絢理は会場脇に控える侍女、エルマに目を向けた。彼女が気まずそうに身を固くすると、絢理は一息。
「二回も盗みたくなるほど貴重な魔導書もあるわけですし」
との絢理の皮肉を受け、エルマは一転して怪訝そうな表情を浮かべた。
「……二回、とは?」
惚けているというより、本当に分からないという顔だ。そもそもこの段に至って、誤魔化す意味などない。
絢理もまた、嫌な予感に表情を曇らせた。
「……私の部屋に忍び込んで一回、それから馬車を狙って二回目、ですよね?」
「いえ、その、私が魔導書を狙ったのは、馬車での一件のみですがーーその直前にも盗まれていたのですか?」
「……っ」
血の気が引いていく。
では、絢理の宿に忍び込んで魔導書を盗み出したあの人影。あれは、誰だ?
一帯を支配する沈黙を破るように、ふとした声が闖入した。
「大変だ!」
一同が目を向けた先では、血相を変えたオルトが息を切らしていた。
このタイミングでの登場に、絢理が半眼になって問うことには、
「魔導書が盗まれたとか言い出し始めるんじゃないでしょうねノッポさん?」
意表をつかれた顔で、オルトは首肯した。
「どうしてそれを……?」
「そうですか、やっぱりですか……」
犯人の見当はつかないが、昨日のことがあった今では、魔導書を狙う理由もわかる気がする。現にあれ一冊で、才女とはいえ十七歳の少女が、遥か格上の宮廷騎士を退けるに至ったのだから。
しかしあれが盗まれたとあっては、タビタにとって痛手だろう。制御できないとはいえ、魔導書さえあれば、竜の姿を取り戻せる。どんな局面も死なずに乗り切れるに違いない。
「魔導書がなくても、それでも王都へ向かうんですか?」
絢理の確認に、しかしタビタは相好を崩してさえみせた。
「問題ないわよ。頼りになる護衛の目処がついたって言ったでしょ?」
そうして、タビタは絢理に意味ありげな笑みを向けるのであった。
「……はい?」
その意味を理解して、絢理がへの字口を深める。
「騎士の中でも一握りだけが務めることのできる宮廷騎士。それを危なげなく倒した竜人。その竜人をさえ、物の一撃で倒した最強の魔道士。さしづめ、無窮魔道士ってところかしら?」
「いや、いやいや待ってください誰が貴族の護衛旅なんてダルそうなこと……」
「この世界での生き方、それと寝食は保証してあげられるけど?」
あ、これノッポさんから事情聞いてて予め断る理由全部潰されてるやつだ。
察しのいい絢理は、盛大にため息をついた。
「まあ私も、グーテンブルクには興味がありますし」
印刷技師から貴族の護衛へ。戸叶絢理は、ジョブチェンジを余儀なくされた。
「よろしくお願いします」
<第二章・完 第三章に続く>
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