Bacato

noiz

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番外編

aprico

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「良い曲ですよねー」

倉庫前に停めた車のトランクオーディオから、キャッチーなメロディが流れている。

それは誰でも聴けるような、誰からも好かれそうな、馴染みやすいロックだった。ギャングのアジトから流れるには、あまり相応しいとは言えない。決してダサいのではないが、攻撃性に欠けているので場違いに響く。

「まあな」

ディズは煙草を吹かして頷いた。なんだかあまりこの場所に合った曲じゃないが、嫌いではないので誰も文句は言わない、というところだろう。

表に出しているテーブルセットで幹部の側近、ブルーノとカルロスと何か打ち合わせているフィーゾも、別段気にしている様子は無かった。彼の場合は、どうでもいいだけだろう。

「俺、昔からこのバンド好きなんですよ」

ミケロッツォはそう言って笑った。屈託の無い笑い方をする、まだ少年のあどけなさの残る彼は、半年前にこのカルデローネに入った新入りだ。

しかし素早いナイフの使い方や、どんな仕事も前向きにこなすその姿勢から、幹部一歩手前まで上り詰めている。   

しかし実際に幹部になる事があるとしても、それはまだずっと先だろう。経験不足と戦闘力の問題だ。素直に笑顔を振りまくミケロッツォを前に、ギャングらしくない男だなぁと、ディズは溜息混じりの紫煙を吐き出した。

「あ、そうだ。車洗いますよ」

ミケロッツォは爽やかに笑って言った。曇り空ばかりのこの街の空が、一瞬晴れたかのような輝きがあった。コイツと居ると毒気が抜かれて調子が狂うと、ディズは頭を掻いた。

「わざわざんな面倒な事しなくたって洗車出せばいいだろ」

車は倉庫に何台かあるが、ディズとフィーゾがメインに使っている一台を言っている。どの車も普段洗車に出しているので、わざわざ洗う必要はない。

「えー。いいじゃないですか。俺洗車好きなんですよ。それにほら、ディズとフィーゾさんが乗る車なんだし」
「…べつにやりたきゃ好きにすりゃいいけどよ」

ディズ、と呼び捨てなのは、ディズが敬称に鳥肌の立つタイプだからやめさせたのだ。

本当はその堅苦しい敬語もやめろと言ったのだが、ミケロッツォは癖なのか、口調まで崩すことは無かった。

「ミケロよぉ、お前なんでそんな性格なんだぁ?」

キーを持ってきたミケロッツォにディズが尋ねると、彼はホースで車に水を掛けながら首を傾げた。

「えー? そんな性格ってなんですか?」

微笑むその顔がまた、街の好青年といった風でディズは半眼になる。

「フィーゾに忠誠を誓ってんのもそうだけどよぉ。んなヘラヘラしてっとすぐ殺られちまうぜ」
「あはは、ヘラヘラしてますかね」
「してるだろが」
「そうですかぁ? 俺、フィーゾさん尊敬してるんですよ」
「そんけぇ?」
「はい」

ミケロッツォはバケツからスポンジと洗剤を出しながら微笑んだ。

「俺、11の時に親失くして身寄り無くて。国の施設にうんざりして、抜け出して…それでストリートに住むようになったんですけど」

泡立てたスポンジで車体を洗っていくミケロッツォの横顔は、相変わらず口元が微笑んでいる。

「甘かったなぁーって本当。思ったりもしたんですけど。ストリートで生きてこうなんて、普通に育ってた俺にはとても無理だって、何度も思ったんです。でも、施設には戻りたくなくて。だから野垂れ死んでもストリートに居ようって」

ミケロッツォは、傷付けないように、丁寧にボディを洗っていく。その清潔な振る舞いが、育ちの違いを感じさせた。ディズは煙草を吹かしながら、なんだか別の世界に居る人間を見るようで、逆になんの感情も浮かばずにそれを眺めていた。

「それで前まで居た組織の下で汚れ仕事してたんですけど。上の人、本当えげつなくて。そりゃギャングだから当然だって思ってたんですけど。俺、なんつーか、プライドとか本当叩き潰されて。家畜以下の扱い、だったんですよ」

苦笑したミケロッツォは、ディズに背を向けて車の天井を洗う。その背中は決して逞しい方ではない。筋肉はついているが、フィーゾや他の構成員よりも細く、頼りない身体だ。まだ骨格が出来上がっていないのだろう。

「それでも生きてくにはしょうがないんで、言いなりだったんですけど。フィーゾさんがあの組織潰してくれて、俺なんか拾って貰えて。すげー嬉しくて」

半年前、敵対組織だったミケロッツォの所属していた組織を潰した時。脇腹に銃弾を受けながら、床に這い蹲ってフィーゾに凄んだミケロッツォは、誰が見ても骨のある奴だった。俺を使ってください、と。

言ったのはそんな台詞だったが、腹を決めた男の眼をしていたミケロッツォを、フィーゾは勝手にしろと組織に入ることを許した。

邪魔になれば消すだけのことだ。組織の構成員は最低限の選び方しかしないフィーゾが、敵対組織の人間を入れたのは、珍しいことではなかった。

「俺、あの日フィーゾさんと、ディズを見て。ついてく組織、間違えたんだってやっと気付いたんですよ。俺が今までいた組織は本当に下衆野郎の巣窟だったんだなぁって」
「笑わすなよ。ギャングなんかどこも糞野郎の集まりだぜ」
「違いますよー。違ったんです。実際。フィーゾさんはどんな残酷なこともする人ですけど、わざわざ意味も無く部下を虐げたりしないじゃないですか」

そりゃ随分と最低限の人道を持ち出したもんだな、と思ったが、おそらくミケロッツォの居たその組織は、理由も無く部下の前で部下を哂い者にするような下卑た遊び方をしていたのだろう。ディズはそんなことを想像した。ミケロッツォのまだ未成熟な細い身体や、滲み出る育ちの良さを思えば、どんな仕打ちを受けたか想像できる。

「フィーゾさんは生半可なやり方して酒や薬に溺れきって生きてるような連中とは違います。だから俺、フィーゾさんについてくって決めたんです」
「ご立派な志だな」

買い被りすぎだぞ絶対。そう思いながら、ディズは昇っていく紫煙を眺めていた。

「あの日。ディズがフィーゾさんの背中を護ってた姿、あれが決め手でした」
「あぁ?」
「仕事で闘ってる人とそうでない人の見分けくらい、俺にもつきますよ」

微笑み掛けるミケロッツォになんだかムズ痒くなって、ディズはなんとなく目を逸らした。

「フィーゾさんは尊敬してますけど、ディズは俺の憧れなんです」
「はぁ?」
「俺も強くなってディズみたいになりたい」
「…お前、ギャングには向いてねぇよ」

あはは、とミケロッツォは笑う。マジでよ、とディズは呟く。なんだってこんな男がギャングになんかならなきゃならないんだ、と。内心思ったが、ディズはそれを口にしなかった。不条理の無い所にギャングなんか湧かないのだ。

ミケロッツォは丁寧に洗車し、ホースで綺麗に泡を流し落として、嬉しそうに笑った。

先刻から流れ続けているあのバンドの曲は、なんだかミケロッツォの為にあるように似合っている。
曇り空ではあるが、明るい野外で風に吹かれていたミケロッツォのアッシュブラウンの髪が、軽やかに靡く。

こういう奴が組織に居ると、やり辛くなるなぁと、ディズは眉を寄せて紫煙を吐き出した。
護るものは一人で手一杯だ。死なせたくない奴ほど、組織に居られては困る。

「俺より強くなれよ、ミケロ」

フィーゾの護衛を譲る気はまるでないくせに、ディズは口からそんな言葉を漏らした。

「はい!」

ミケロッツォは、顔一杯に笑って答える。

「稽古つけて下さいよ、ディズ」

ミケロッツォがカバーをしたままのナイフを構えてそう言ったので、ディズは煙草を足元へ落とすと、吸殻を踏み消した。


 +++


「フィーゾさん! プリン作ってきました!」

ブッと盛大にディズが噴き出した。幹部の集まる溜まり場のテーブルに、円い容器に入ったプリンが並べられていく。幹部のブルーノ、カルロスが、置かれたプリンを凝視する。呼ばれたフィーゾは一瞬プリンに目を向けたが、微かに険しい顔になった。

「おいおいミケロ! お前プリンはねぇだろうよ!」

ブルーノがそう言うと、ミケロッツォは目を丸くする。

「えっ駄目でしたか? クッキーの方が良かったですか?」

ブルーノとディズが耐え切れずに笑い出す。

「そういう問題じゃねぇけどまあいいや。貰うぜ」

ブルーノがプリンをひとつ手に取り、出されたスプーンで食べ始めた。スキンヘッドの体格のいい刺青男が小さなプリンを食べている様は相当笑えたので、ディズは口元を緩めたが、プリンを食べ始めた。
しかし、ブルーノに続いてディズの動きが止まる。

「……すげぇ…すさまじい…」

これはフィーゾに喰わせるわけにはいかねぇだろうなと思いながらディズが呟くと、ミケロが肩を竦ませる。

「えっ!!すみません!不味かったですか!?」
「…え、なんで? なんで不味くなったんだ?」
「お前、材料変なもん入れてないよな?」
「えっレシピの通りにやりましたけど…」
「どうしてこうなった」
「うわーすいません捨ててください…」

がくりと項垂れるミケロに、ブルーノが肩を叩く。

「まあ気にするな。最初はそんなもんだ」
「そうですかね…」
「お前味見しなかったのか?」
「したんですけど」
「…したのかよ…」

ディズがミケロの味音痴ぶりに絶句していると、うーんと腕を組んで呻っていたブルーノが閃いたように言った。

「よし! 今度俺が教えてやる! どうせお前部屋隣だし」
「は? なんだお前料理できんのかよ」

ディズはブルーノの提案に目を円くする。ブルーノは豪快に笑って答えた。

「俺ははっきり言って上手いぜ! あいつらにもよく食わせてるしな。まともなもん食いやがらねぇからなぁゴロツキなんてのは」

ブルーノはあいつら、と倉庫の各所で屯している部下達を指した。ブルーノの言葉に、ミケロッツォが目を輝かせる。

「本当ですか! 教えてください! お菓子よりも料理できるようになりたいんです! 俺フィーゾさんの食生活が心配で…」
「あっはっはっはフィーゾ! お前聞いたか! 新入りに健康管理心配されてんぞぉ!」

うるせぇ黙れと無言でディズを睨むフィーゾだが、ミケロッツォに向ける言葉は無いようだ。

「心配しなくてもこいつら二人は結構良いもん食いに言ってるから大丈夫だぜ?」
「おいブルーノ、そりゃごく偶にだぜ。コイツわざわざ外に食いに行くのが面倒なんだ。食ってすらいねぇなんてことザラだぜ」
「そういう事なら作ってきてやるよフィーゾ。さっさと言えば良かったのによぉ」
「うちに料理係はいらねぇ…」

フィーゾが面倒そうに零したが、ディズがそれを否定した。

「なぁに言ってんだよ! うめぇってんなら任せりゃいいじゃねぇか。俺はまともなもん食いてぇよ」
「…勝手にしろ」
「だとよ。頼むぜブルーノ。お前が料理なんかクソ笑えるけど」
「おう! 任せとけ」
「けどミケロ、プリンはもうやめとけよ?」
「なんでですか?」
「…いいけどな。別に」

フィーゾがプリン食ってるとこは見てみたいしなぁとディズは心の中で呟きながら、ふとテーブルに空になったプリンの容器を見つけた。

「…カルロス。お前全部食ったのか!?」
「…」

先刻から黙り通しのカルロスは、綺麗にプリンを平らげていた。カルロスは呆っとした目でディズを見つめ返す。

「ま、不味くなかったか? つか腹壊すんじゃねぇの…」
「…傷んだ食材を使っていないなら平気だろ。食べられるものなら味はどうでも問題ない」
「はぁ!?」
「…なんだ」
「なんだっていうかなぁ」

ディズとブルーノが唖然とする。カルロスは何が起こっても平然としている男だが、味覚も動じない舌を持っているらしい。

「お前っていつも変わんねぇよなぁ…冷静っつぅか眠そうっつぅか」
「…意識に、霞が…」
「なんだぁカルロス肩凝りか?」
「つーかジャンキーじゃね? ラリってんだろ?」
「薬は飲んでない」
「うん。飲み薬っていうかな…あぁーやっぱなんでもねぇ」

ディズはカルロスの天然なのか人為的なのかわからないパーマをふわふわと軽く叩いて会話を終了させた。カルロスは一見こいつ大丈夫か? と思うように呆っとしている男だが、戦闘になるとアンドロイドのように無慈悲な殺り方をする。仕事をしている時の行動には驚くほど無駄が無く、フィーゾの命令は絶対に遂行する。だからこその幹部なのだ。

「フィーゾさん、俺ぜったい料理うまくなりますから!」
「…んなことよりテメェは闘い方を覚えろ」
「はい!」
「おーおー。すっかり舎弟だな」
「舎弟……俺! がんばります!」
「がんばれよー」

ディズの言葉に拳を握り締めたミケロッツォはプリンを片付けるなりナイフを手に他の部下達と訓練を始めた。

「今まで居なかったタイプだよなァ」
「…鬱陶しい野郎だ」
「んなこと言って満更でもねぇーんじゃねーのー」

テーブルに肘を付いて脚を組んでいるディズは、ピンクの髪を弄りながら半眼でフィーゾに言った。フィーゾは何も答えなかったが、ミケロッツォのフィーゾへの心酔っぷりに、ディズはなんとも言えない気持ちになりながら、遠くでナイフを振り回しているミケロッツォを眺めた。

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