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第一章 HUE
48 シタイコト
しおりを挟む「上がってもいい?」
「ーーーーえ?」
夕方になって、フィリが僕が滞在している宿屋に送ってくれた。
いつもなら、宿屋の入り口で、「ありがとう」と言って別れるところだったけど、ちょっと恥ずかしそうな顔をしたフィリに、そう尋ねられた。
ーーーアガッテモイイ?
「ふぇ?!へ、部屋に??」
僕の部屋は、長期滞在者用の、本当に簡素な安い部屋で、ほぼベッドとシャワーがあるだけなのだ。もてなすようなスペースはないし、座るところですら、おそらくはベッドになるはずだった。
僕は、フィリと同じベッドに座っていて、正気を保てる自信がなかった。本当なら、一日こんなによくしてもらって、楽しくて、お茶くらい出さなくちゃと思うけど、それでも僕には自信がなかった。「ごめん」と断ろうとしたら、ぐっと手を引っぱられて、抱きしめられてしまった。
「携帯通信具の魔法陣、教える。それなら、いい?」
「………くっ」
実は、この街で誰もが持っている携帯通信具を発明したのは、フィリなのだそうだ。天才魔法使いだとは知っていたけど、そんなこと、ゲームでは語られていなかった。それを今日、話している時に知って、僕はすごく驚いた。
実は、フィリに携帯通信具を買ってもらってしまった後、部屋に戻って調べて見たのだが、地球の携帯電話のように、バッテリーがあるわけではなく、継ぎ目がどこにもなかったのだ。一体どういう魔法陣で構成されているのかが知りたい僕は、もちろん本とか魔道具屋さんでも尋ねて見たのだが、当たり前だが、企業秘密であった。
それをフィリに話していたら、あとで教えてくれると言うので、僕は、それを喉から手が出るほど、知りたかった。
苦渋の決断だった。
が、僕はまたしても折れてしまった。そして、どうにかどきどきしないように、再び、念仏のように「違う人」という言葉を唱えていた。が、階段を上っている時点で、もう僕の心臓は、どきどきなんていうかわいいものではなくて、ばくんばくん鳴っていた。
そして今、ーーー。
ベッドで隣同士に座って、フィリが僕のノートに、企業機密どころか、国家機密にすらなりうる、最新の携帯通信具の魔法陣を、書いて教えてくれているところだった。
サイドボードには、宿屋の下で買った紅茶のカップが二つ。湯気と一緒に、カモミールみたいな匂いが香っていた。
さっきまで、あんなにどきどきしていたのに、僕は、フィリが形成していく魔法陣を、くいるように、見つめていた。
「転移……これ、転移なんだ。届けたい相手の生体座標を探知、呼び出し機能の起動、それから転移…そうか…」
リヴィさんは、地球の電話みたいに、雷(おそらく電波的な)ものを使って、声を届けようとして、あの通信具を作っていた。でも、フィリは違った。
僕はどうしても、地球の電話の発想から離れることができずに、声を何かに乗せて届ける、という方法を何回もやってみていたのだ。だけど、違った。
「そうそう。声を転移させてんだよ。丸ごと。試作の時はラグがひどかったけど、今はそうでもないだろ」
フィリと、この通信具で話すとき、地球上の電話のようにラグなんて全くなかった。フィリの魔法陣を見る限り、これは、一瞬の間に、特定した相手の生体座標に、声を転移させている事になる。発した声を感知して、それを瞬時に転移。
「すごい……一体どうやって、あんな速さを出すことができるの?」
「他の奴には言うなよ。雷使って、光の速さで魔法陣ごとまわしてんだよ。ここ」
「ま、魔法陣ごと、まわす?!」
そう言って、フィリが指さしたところは、『繰り返し』のエレメントに、声を受信・録音・転移の三つのエレメントが描かれていて、魔法陣の周りを、確かに、複雑な雷のエレメントが囲んでいた。
信じられなかった。
魔法陣のエレメントを回す、だなんていう発想、思いつく人がいるとしたら、その人は天才だった。これは本当に、国家機密並の話で、携帯通信具の中身を開けたりできないようになっているのは、当たり前だった。
「フィリ…すごい……すごすぎる…って、わ!」
思わず、ぱっと顔をあげた僕の目の前に、フィリの顔があってびっくりした。
びっくりして後ろに引こうとしたら、ベッドについていた手を、上から押さえられた。目の前には、じっと僕のことを見つめる水色の瞳。僕は、フィリの顔を見ていられなくて、恥ずかしくなって、魔法陣を見るフリをしながら、ちょっと俯いた。それで、「フィリ、手」と、焦りながら言ったら、俯いた視線の下、僕の顔ごと掬うみたいに、フィリが唇を重ねた。
ちゅ、と濡れた音が響く。
瞬間、僕の顔に、かっと朱が差した。
そして、そのまま手を引かれ、ぽすんと、隣に座った状態からベッドに倒れた。寝転んだ僕の目の前に、向かい合ってるフィリの顔があって、言われた。
「さっきの話。好きな人と、好きな人にそっくりな人に、好きって言われたらってやつ」
「……えっっ あ、…うん」
どっどっどっどと、脈打つ心臓を感じながら、そのまま、フィリが話すのを聞く。
「頭で考えても、わかんない時ってあるだろ。理性が『これが正しい』って思うことがあっても、それが正解じゃない時だって、ある」
フィリの言っていることは、僕の頭にはあんまり届いていなかった。握られた手が熱くて、顔が熱くて。こうやって、寝転びながら、ヒューとしてた、たくさんのえっちなことが思い出された。じっと見つめられれば、僕の頭の中はヒューで、フィリで、いっぱいで、破裂してしまいそうだった。
「倫理とか、もういいよ。こうやって俺の顔が近づいてきたときに、」
そう言いながら、フィリの綺麗な顔が近づいてきた。唇が触れてしまいそうなくらいの近さで、フィリの息が唇にあたる。目の前にある大好きな人の顔。たまに思い出してしまう、愛しい人の、夜の顔。こうやって、向かい合って、何度、熱を分けあったかなんて、数えることもできない。
ちょっと目尻の吊り上がった、猫目のきれいな瞳。長いまつ毛、くっきりとした二重、気の強そうな眉、薄い唇。目の前にある全てが、僕が、欲しいものだった。会いたくて、会いたくて、会いたい人にそっくりなフィリ。
金縛りにでもあってしまったかのように、僕の体は動かなかった。
はあ、と、期待に満ちた、熱い息を吐いてしまう。
「ノアは、こんな近くにいる俺と、なにがしたい?」
誘われるみたいに、吸い寄せられるみたいに、目の前のフィリの、ヒューの、唇に目が行ってしまう。
どくん、どくんと心臓の音が聞こえる。
くすくす笑いながら、フィリが言った。
「物欲しそうな顔。そんな顔してたら、すぐに俺に食べられちゃうよ」
食べられちゃう、っていう言葉を、僕の頭が理解する前に、背筋がしびびと痺れた。
ぎゅっと手を絡められ、それから。目を細めたフィリが言う。
「していいよ」
甘い、誘い。
つんと澄ましている、いつもの顔よりも、すこし悪い顔をした、フィリの顔。ヒューの顔。
フィリが続ける。
「したいこと」
誘われて、思考能力が奪われて、頭のナカまで、じんとする。
どき どき という音に合わせて、心臓から、かあっと熱くなっていく。
シタイコト。
少しだけ、間があった。それから、ーーー。
ちゅ、と濡れた音がして、それは僕が、フィリの唇に、自分の唇を重ねた音だった。
そして、衝動のまま、熱に浮かされたまま、とろけた瞳で、僕は口にした。
「………好き」
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