【BL】異世界転移をしたい腐女子の妹は、その妄想のすべてに陰キャの兄が巻きこまれていることを知らない

ばつ森⚡️8/22新刊

文字の大きさ
88 / 127
第二章 NOAH

27 ヒュー・レファイエットの記憶 01

しおりを挟む
 

「ヒュー・レファイエット。そなたは此度の褒美として、何を望むか」

 一年ぶりに戻ってきた王城の玉座の間、久しぶりに見る陛下は、ヤマダから順にその質問を続け、最後に俺にそう尋ねた。
 本当は、俺の横に、もう一人いるはずだった英雄の姿は、そこにはなかった。
 いないと分かっていたのに、俺は、ふと、誰もいない左側に目をやってしまった。自分の体の大半がなくなってしまったかのような、そんな喪失感だけがある。それでも、───

(俺が、───そう仕向けた。後悔は、ない)

 もしも、ノアがここにいるのなら、願う褒美はまた違ったかもしれない。ヤマダたちが、それぞれの褒美を口にする中、俺は、彼らとは全く違う要求を口にした。

「ネクリム砂漠に、塔を建て、住みたいと考えています」
「ネクリム砂漠に?何故、そんなところに塔を。あの場所は、瘴気の汚染がひどかったし、到底、人の住める環境ではないぞ。そなたの能力を考えれば、王都に残って欲しいのだが…」
「王都との通信手段は、確保するつもりです。褒美、として労いをいただけるのであれば、ネクリム砂漠にて、自らのに立ち向かいたいと、考えております」

『呪い』という言葉を聞き、ヤマダ以外の、事情を知っている人間は、皆、痛ましい顔をした。魔王討伐、そして、勇者の帰還という、華々しい場で、そのことを口にするのは、心苦しかったが、自分の欲求を通すには、こうして同情に訴えるのが、一番、合理的だと思った。案の定、陛下はもう、反対はしなかった。

「よかろう。その代わり、王都との通信手段、それだけは確立しておいて欲しい」
「もちろんです。心より、感謝いたします」
「大義であった」

 そうして、陛下への報告を終え、共に旅をしてきた、ヤマダたちと晩餐会に参加した。元から大勢が嫌いな俺は、王城のバルコニーで、夜風に当たっていた。
 宮廷魔術師の連中に、通信手段だけを伝えなくてはならないが、数日後には、ネクリム砂漠へと向かえるだろう。
 絶対に一人にならないで、と、泣いていた最愛の人は、そんなことを知れば、怒り狂うだろうことが予想されたが、生憎、その最愛の人は、俺と愛し合った記憶もなく、故郷へと帰って行った。
 いつもよりも、数段明るい夜空に目をやる。
 夜空を明るく照らしてしまうほど、王都では、どこもかしこも大騒ぎで、きっとこの歓喜の宴は、また朝が来て、そしてまた夜が来ても、きっとまだ、終わっていないんだろうな、と、ふっと笑みが漏れた。
 コツと、誰かの靴音がして、振り返った。

「ヒュー、ちょっといいですか」

 振り返れば、そこにシルヴァンが立っていた。
 俺の『呪い』のことでは、一番お世話になった。道中も、年上だからか、俺たちの面倒をよく見てくれていた。優しげな顔、物腰の柔らかい口調、それからとても、心配性だ。
 シルヴァンは言った。

「その、陛下の褒美の話ですが、呪いのことを考えるのなら、尚更、王都に残った方が、情報が入るのではありませんか?」
「王城の図書館の新書管理システムは、俺が作った。新しい論文や本が出れば、俺はその情報を知ることができる。それにもう、魔王はいない。が出ることもないだろうし、情報という意味では、もう出てこないだろう」
「…………それにしたって、王都から三ヶ月もかかる、砂漠に一人で住む必要あります?何か考えているんでしょう」

 なかなか鋭い。流石にずっと旅をしてきただけのことはある。
 それに、シルヴァンには、ずっと世話になってきたのだ。きちんと説明しておく必要があるように思った。

「塔の時間を、止めてみたらどうかと、考えているんだ」

 シルヴァンは、一瞬、驚いたような顔をして、だけどそれからまた、渋い顔になった。

「わかりません。ただ確かに、試してみる分には、いいかもしれない。でも、それでも、砂漠で一人でやる必要はありませんよ。私の家の一室をお貸ししましょうか?」
「俺が百年も二百年も生きてしまったら、シルヴァンの家にいるわけにはいかないだろ。それに、ヤマダの喘ぎ声を聞く生活なんて、呪いも関係なく、さっさと死にたくなる」
「失礼ですね。お金をとってもいいくらいの、価値はありますよ。………って冗談はいいんですよ。でも、百年も、二百年も。そんなに生きろとは言いませんけど、ヒューには、長く、生きて欲しいものですね…」

 なんて言ったらいいのか、わからない。みんな、そんな顔をする。当たり前だ。俺だって、をかけられた人間に出会ったら、なんて言ったらいいか、わからないだろう。

「でも多分、ノアは、この呪いを解くことができると思う」
「はい??ノアが??………え。どうして解いてもらわなかったんですか」

 シルヴァンは、おかしなものでも見るような顔をして、その眉間にしわを寄せた。
 その反応は、当たり前だった。シルヴァンは、それほどまでに、ずっと俺の呪いを解くために、いろんな方法を試してくれていたのだ。
 聖魔法では魔王を倒すことができないように、現状、聖魔法では、俺の呪いを解く術はなかったのだ。シルヴァンは、毎回何かを試す度、やり切れないといった顔で、俺のことを心配そうに見ていたから。
 俺だって、もう少しくらいは、長く生きたいと思っていたのだ。だけど、状況は変わってしまった。

「だって、ノアがいないのに、長生きしたって仕方ないだろ」
「………ヒュー。あなたっていう人は…。本当に、これからのことが、心配です」
「どちらにしろ、限られた時間だ。せいぜい有意義に使おうと思ってる」
「別に新しく恋人を作れとは言いません。でも、砂漠のど真ん中に、一人でですか?」

 正直、長生きという意味では、もう少しくらい、生きながらえたいとは思っていた。何しろ、今、俺が持っている情報の全てを駆使しても、『チキューへの異世界転移』は、不可能に近いという結論が出ていた。
 そうでなければ、ノアの記憶を奪うだなんていう、暴挙には出なかった。現状、何故、チキューに転移できないのか、ということをを死ぬまでに解明できるか、と、言えば、それは、おそらく無理だろうと思っていた。
 それでも、やれることは、やるしかあるまい。

(約束……したから……)

 限られた時間は、全部ノアのために使いたかった。王都に入れば、きっと俺の元には、たくさんの仕事が山ほど回ってくる。でも、俺は、が限られているというのなら、それは全部、───愛する人のために。
 黙っている俺の様子を見て、シルヴァンは少し、驚いたような顔をした。

「ああ。ヒュー。あなたの抱えている問題は、何も変わっていないのかもしれない。それでも、あなたの捉え方は、変わったんですね」

 そう言われて、気がついた。
 抱えている問題は変わらない。そう、俺は、この呪いのことを、なんともないことだと、そう思おうとしていた。どうせ自分のことを愛する人間など、まして、自分が愛する人間など、存在するとも思ってもいなかった。
 もはや、呪いは、そういうもので、俺の人生など、無味乾燥なもののまま、終わっていくのだと思っていた。でも今は違う。

 限られた時間の中でも、希望があった。やりたいことがあった。
 俺は、生に執着していた。
 それは、俺に全てを教えてくれた人のおかげだった。

「ああ。愛する人がいるというのは、すごく、あたたかい気持ちになることだと、教えてもらった」
「そうですか。砂漠のこと、どうしてあなたがそれを褒美にねだったのか、ようやく腑に落ちました。ええ。いいと思います。王都では、あなたはゆっくりすることなど、できませんから」

 シルヴァンは、相変わらず優しそうな顔で、安心したように笑った。そして、定期的な連絡だけを俺に義務づけて、宴へと戻って行った。

 ノアが横にいれば、とは考えない。
 俺は、優しい家族に育てられた、あのノアが好きだった。ノアから家族を奪うことは、きっと、長いことノアを苦しめることになると思った。

(俺が、がんばれば、大丈夫。きっと、きっと、───)

しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

【土壌改良】スキルで追放された俺、辺境で奇跡の野菜を作ってたら、聖剣の呪いに苦しむ伝説の英雄がやってきて胃袋と心を掴んでしまった

水凪しおん
BL
戦闘にも魔法にも役立たない【土壌改良】スキルを授かった伯爵家三男のフィンは、実家から追放され、痩せ果てた辺境の地へと送られる。しかし、彼は全くめげていなかった。「美味しい野菜が育てばそれでいいや」と、のんびり畑を耕し始める。 そんな彼の作る野菜は、文献にしか存在しない幻の品種だったり、食べた者の体調を回復させたりと、とんでもない奇跡の作物だった。 ある嵐の夜、フィンは一人の男と出会う。彼の名はアッシュ。魔王を倒した伝説の英雄だが、聖剣の呪いに蝕まれ、死を待つ身だった。 フィンの作る野菜スープを口にし、初めて呪いの痛みから解放されたアッシュは、フィンに宣言する。「君の作る野菜が毎日食べたい。……夫もできる」と。 ハズレスキルだと思っていた力は、実は世界を浄化する『創生の力』だった!? 無自覚な追放貴族と、彼に胃袋と心を掴まれた最強の元英雄。二人の甘くて美味しい辺境開拓スローライフが、今、始まる。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

処理中です...