流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第2部 外道達の宴

119. ライエを追う者達

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「ベルバ! どこ行ってた!」

「済まねぇ、迷っちまった」

 砦の守備隊の合流地点へ向かったベルバ。しかしそこには誰もいなかった。砦の方から怒声や戦闘音が聞こえてきた為砦へ向かうと、一時退却し複数の合流地点へと散っていた守備隊が集結、砦を攻撃していた。

「あらかた終わっちまったか?」

 バツが悪そうな演技をしながら近付くベルバ。しかし守備隊の団員は何の違和感も感じていないようだ。

「ああ、大した数じゃなかったからな。しかし、一番隊ってのは守りにけてるはずなのに……てんで弱かったぜ」

 砦を守る為に残っていた一番隊の隊員達はすでに始末されていた。これによりスティンジ砦は、再びエラグ・バルファ支部混成部隊の制圧下に置かれた。

「やっぱゼンじぃじゃなきゃよ。ブレング……だっけか? 役不足もいいとこだ」

「全くだな。そう言や……リューンを知らねぇか? アイツも姿が見えねぇんだが……」

「……さぁな。アイツも迷ってんじゃねぇか?」

「そうか。迷う程深い森じゃねぇと思うんだが……まぁいいや、リューンを待ってる時間はねぇ。行くぞ、ベルバ。何があったか確認しねぇと」

 守備隊の団員は街道の先を見る。さすがに何かが起きた事には気付いているようだ。砦の守りをエラグ兵に任せ、守備隊の団員二十名は砦を出て街道を進む。


 ◇◇◇


「アルガン! どうなってんだ、こりゃあ!」

 砦を出た団員達が目にしたものは、地面に転がる多くの死体だった。砦側にあるのは黒焦げになった死体、これは聞いていた通り狩猟蜘蛛の罠によるものだ。しかし問題はその先に倒れている死体だ。腕がなかったり脚がなかったり、上半身だけ転がっていたりと、思わず目を背けたくなるような光景が広がっていた。そしてそんなボロボロの死体の中を、息のある者を探して回るアルガンの姿があった。

「……お前らか」

 憔悴しょうすいした様子のアルガンは絞り出すように呟いた。

「何なんだ!? 一体何があったんだ!! おい、アルガン!!」

 大袈裟に、そして白々しく、ベルバは怒鳴った。

「……ライエだ。あの女……裏切りやがった……!」

「ライエ……これをあの女がやったってのか?」

「そうだ……クソッ……許さねぇ、許さねぇぞ……!」

 ギリギリと奥歯を噛むアルガン。勿論表情には出さない。出さないが、ベルバは内心大笑いしていた。怒りに打ち震えるアルガンの様子が可笑しくて堪らないのだ。全てが自分の手の上でコロコロと転がっている、も言われぬ優越感に包まれ、そして浸っていた。怒りに震えるアルガンはギッと団員達を睨む。沸き上がる怒りをグッと押し殺しながら指示を出す。

「お前ら……ライエを探し出せ、山狩りだ。見つけたらテグザに引き渡す」

「ああ、そりゃいいんだがよ、アルガン……でも任務はどうすんだ?」

「任務? ハッ! ベルバ、お前はこんな状況でも任務を全うしろって言うのか? いつからそんな優等生になったよ? たった二十人足らずでアイロウのケツを突こうなんて自殺行為もいいとこだ、命綱なしでルミー渓谷にダイブするのと変わらねぇ!」

 呆れ気味に笑うアルガン。しかしすぐに表情を硬くする。

「任務は続行不可能、砦はエラグの連中に任せてライエを取っ捕まえる。で、テグザに引き渡しゃあ……」

 やれやれ、といった表情のベルバ。アルガンをさとすように静かに反論する。

「おおがめなしだと思うか? アルガンよぅ、そりゃあちょっとばかりテグザの野郎を甘く見すぎだ。あいつは冷酷で残忍、残虐、おまけに癇癪かんしゃく持ちのサディストだぜ」

「だが身内には手を出さねぇ」

「そうだな。だが、こんなヘマした連中を笑って許す程甘い野郎じゃねぇ」

「ヘマだと!? これはめられたんだ! 俺達は何も……」

「ヘマなんだよ、テグザから見ればな。これでテグザがアイロウに負けるような事があれば目も当てられねぇ。そのままおっんでくれれば面倒がねぇが、生き残りでもしたら間違いなく俺達に責任を被せるぜ。挟撃部隊が来なかったせいだ! ってよ。そんなヤツの前に間抜け面してガン首揃えて並んでみろよ、端からその首叩き落とされていくだろうさ。いいかアルガン、忘れちゃいけねぇ、アイツはエクスウェルもその手に余して放り出したくらいのクソ外道なんだよ」

「クソッ……じゃあどうすりゃいいってんだ!」

 思わず声を荒げるアルガン。ベルバは勿体もったい付けるように、静かにゆっくりと提案する。

「なぁアルガン。一つなぁ……考えがあるんだが……」

「……何だ?」

「ああ。キュールによ……仲裁してもらおうぜ?」

「キュールだぁ?」

「ああ。テグザの野郎は何だかんだキュールの言う事は聞きやがる。だからキュールにこの事伝えて、テグザがブチ切れしたら盾になってもらうんだよ。キュールは南道なんどうだったよな、途中の街で馬替えながら走りゃあ二日も掛からねぇ。俺が行ってくるぜ、キッチリキュールに話つけてやる。お前らはライエを探せ。見つけたらお前の屋敷にでも連れてって制裁を加えてやればいい。ムカついてんだろ? そんでそのまま屋敷にこもっとけ、その時が来たら呼びに行ってやる。どうだ? 何の保険もなしにテグザのとこに行くより、ずっといいと思わねぇか?」

「…………」

 しばし考え込むアルガン。そしてゆっくりと口を開く。

「そうだな……確かに、このままテグザの所に行くのは危険だ。ライエにしても、引き渡したら散々いたぶって殺すんだろうが……それじゃあ俺の気が収まらねぇ。コケにされた分のむくいは受けさせねぇとな。いいぜベルバ、乗ってやる。馬は砦にまだ残ってるはずだ、使ってくれ。頼むぞ?」

「ああ、任せろ」

「よし、お前らぁ! ライエを探すぞ! 見つけたらバルファの屋敷に連れて行く! 絶対に逃がすなよ!」

 ライエが逃げた森の中へ次々と足を踏み入れる団員達。ベルバは一人砦へ向かい歩き出す。

(クックック……足りねぇ、足りねぇよアルガン。警戒心がまるで足りねぇ。バルファにゃ信用していいヤツなんて一人もいねぇんだよ……)


 ◇◇◇


「どうなってやがる! 爆発音の後、何の音沙汰もねぇ……何があった!?」

「落ち着け、ブロス。今諜報部うちの連中が潜って探ってる。もう少し待て」

 苛立つブロスをなだめるように話すユーノル。地面に寝そべり望遠鏡で砦の様子を探っている。

 スティンジ砦から少し離れた丘の上。ライエ奪還グループはいくつかある大岩の陰を陣取り砦の様子を注視していた。一番隊が砦を破り、その後何回か爆発音が響いた。ライエの仕掛けた罠だと思ったが、アイロウの背を狙う挟撃部隊が出陣する様子はない。何かがあった、それは間違いない。しかしここからではその何かが何なのか分からない。ごうを煮やしたユーノルは諜報部員を四人程偵察に送り出した。彼らが戻ってくるのを待つしかないのだ。

「おいクソ魔ぁ、やけに落ち着いてやがるな。随分と静かじゃねぇか」

「ブロスがうるさいだけだよ」

「ああ? わめきもするだろがよ、ここまで来てまた待たなきゃならねぇなんてよ」

「今まで散々待ったんだ、今さら少しくらい待つ時間が増えても変わらないだろ」

「ほう、随分と達観たっかんしてやがるな。俺はまた、ビビって声も出ねぇのかと思ったぜ」

「はぁ……苛つくのは分かるけど、俺に当たってどうする?」

「ケッ、時間潰しの相手くらいしたってバチは当たらねぇと思うがな」

(……この絡み、時間潰しのつもりだったのか)

「んだよ、何か言えよ?」

「ケンカ売られてんのかと思ったよ」

「ほう? 買ってくれんのか? いいぜぇ、派手にやるかぁ? ただしてめぇは魔法使うなよ」

「は? 魔導師が魔法使わないでどうやって戦うんだよ?」

「何言ってやがる、魔法なんぞ使われたらこっちは勝てねぇよ」

「そっちこそ何言ってんだ、剣でも振るえっての? 大体得物えものなんかもってないぞ」

「じゃあ殴り合いか……よし、いいぜぇ?」

「よくないわ、身体能力が違うだろ。そっちは毎日バカみたいに剣振るってるんだろうけど、こっちは身体なんか鍛えちゃいないんだ、公平じゃない」

 すると望遠鏡を覗いていたデームが「フフ……」と小さく笑う。

「剣士と魔導師とじゃ公平なルールでなんて戦えませんよ。絶対にどちらかが不利になる。ケンカはまたの機会にして下さい、来ましたよ」

 望遠鏡を覗きながらデームは指を差す。指の先にはこちらに向かって走ってくる諜報部員の姿があった。

「ご苦労さん、どうだった?」

 ユーノルは話しながら戻ってきた諜報部員に水筒を手渡す。

 諜報部員は水筒を受け取り中身を口の中に流し込む。が、すぐに「んん?」と言って水筒を口から離す。

「これ、酒か!?」

「待ってるだけってのもしんどいんだよ」

 ニカッ、と笑うユーノル。

「で、どうだった?」

「ああ。どうやらやらかしたようだぜ、ライエ」

「やらかした?」

「砦を攻めた一番隊だけじゃなく、バルファの連中も罠にめて逃げたようだ。街道は死体の山だった」

「ほう、そりゃいいな」

 ブロスはニヤッと笑う。

「あの女は黙って言う事聞くようなタマじゃねぇってこった」

 ブロスとは対照的に諜報部員は険しい顔をする。

「それだけ聞けば痛快だがな、ただ状況は厄介になった。アルガンは生き残ったバルファの連中にライエを捕らえる指示を出した。バルファの屋敷に連れてこいって怒鳴ってたぜ」

「屋敷なんて持ってんのか、アルガンってヤツは」

「ああ、しかも二つだ。バルファ市内の北区と西区にな。だが屋敷とは言うが、実際の所はパーティーの会場替わりだ」

「パーティー? ハッ! 貴族かよ」

「お貴族様の開くパーティー程品のいいもんじゃないがな。部下達をねぎらう為にたまに開いているようだ。娼婦を大勢呼んで朝までお楽しみ……羨ましいね、全く。とにかく、捕らえられたらどうなるか分からない」

「そうか。んじゃさっさとライエを探しに出ようぜ」

 そう言って立ち上がるブロス。しかしユーノルはブロスを引き留める。

「待て待てブロス、この人数で山に入ってライエを探すつもりか? エリテマ神にでも導いてもらわないと難しい話だ。この中に信仰心の厚い者は? いないだろ?」

「だったらどうすんだ、このままじゃライエは連中の手に落ちるぜ?」

「落とせばいい」

「ああ?」

「アルガン達に探させればいいんだよ。そうしたら屋敷まで運んでくれるんだろ? だったら闇雲に探し回るより屋敷を張った方が確実だ。仮にライエが逃げおおせても、行き先ははっきりしてるだろ?」

「なるほど、トルムか」

「そうだ。ライエが弟のいる学園に姿を現せば、向こうにいる二番隊が気付くはずだ。ライエと弟、身柄を確保したい二人が揃うんだ、こんな楽な話はない。と、言う訳でバルファへ向かうぞ。おい、人員をバルファに集めろ。二つの屋敷を張る、至急だ」

「分かった」

 そう答えると諜報部員は馬に跨がり走り出す。

「やれやれ、また移動かよ」

 ブロスはため息混じりに呟いた。
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