転生したら推しの悪役令嬢……と思いきや、ヒロインでした!推しの断罪を回避したいのに、王太子に溺愛されて困っています!

まりり

文字の大きさ
5 / 15

ざわめく心

しおりを挟む
 アメリアが愛里としての記憶を取り戻してから、三ヶ月が経った。

 春は終わりを迎え、学園のガーデンには夏の花々が小さな蕾をほころばせ始めている。

 婚約破棄の日の翌日からずっと、アメリアはある令嬢を根気強く説得し続けていた。
 ——“いじめはエイベルのやったことではない。あなたが真実を認めてくれるなら、罪には問わない”と。

 だが、肝心のエイベル本人が彼女を庇うように沈黙を貫いたせいで、令嬢は罪を告白する決心をつけられずにいた。
 エイベルの沈黙は、彼女にとっては『最後の逃げ道』でもあったのだろう。

 しかし、その沈黙はある日突然破られた。

 アメリアの話を聞く令嬢は、いつも俯いたまま何も話さない。しかし、その日は違った。
 唇を噛みしめ——ぽとり、と涙を一滴こぼしたのだ。

「……もう、無理なの……」

 小さな声だった。続いて、せきを切ったように涙があふれる。

「私なの……! エイベル様じゃなくて……私が……!
 本当は、アメリアさんのことが羨ましくて仕方なくて……!」

 彼女は両手で顔を覆い、震えていた。
 嫉妬、後悔、エイベルに対する申し訳なさ——その全部を抱え込んできた。
 その重さは、若い少女には耐えられなかったのだ。

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 泣きながらアメリアとエイベルに向かって謝罪を続ける彼女に、エイベルは何も言わなかった。
 ただ静かに歩み寄り、そっとハンカチを差し出すだけだった。

 こうして、婚約破棄騒動の真相はついにクラスメイト全員に明らかになった。

 アメリアの“奇行”——突如の性格変化や、エイベルへの過剰な好意表明——は、当初こそ噂の的だった。
 だがこの一件以降、彼女の行動は次第に自然と受け入れられるようになっていった。

 また、愛里としての記憶が戻るまでのアメリアは、いじめをしていた令嬢だけでなく、一部の女子学生から距離を置かれていた。
 転校生という立場に加え、その天真爛漫さが癇に障る者もいたからである。

 だが、他人の婚約者との距離感を意識的に守るようになったことで、あからさまな警戒心は薄れ、話しかけてくれる人の数も増えていった。

 ちなみに、エイベルに気を遣ってマクスウェルと距離を置こうとしたものの、それは当の二人から強く止められた。

 エイベルとの関係も、さらに深まった。

 最初のうちこそ、エイベルは初めてできる”友達”に戸惑っていた。
 けれど、ランチを共にし、勉強会をして(もちろんアメリアが生徒役だ)、小さな日常を積み上げていくうちに、エイベルの表情は自然と柔らかくなっていった。

 アメリアが褒めると、耳を赤くしながらも「そんなの当然でしょ」と強がるエイベル。

 アメリアが渡した小さな花を、押し花にして大切に本へ挟むエイベル。

「貴女って変な人ね」と呟きながら、どこか優しい視線を向けるエイベル。

 そんな彼女を見て、クラスメイトたちの態度も少しずつ変わっていった。

 ある日の放課後、アメリアが勉強を教わっていると、数人の女生徒が緊張した様子で声を掛けてきた。

「エイベルさん、今度のテストが不安で……私たちにも、教えていただけませんか?」

 かつて“恐れられる悪役令嬢”だったエイベルだが、誤解が解けた結果、“少し気難しいけれど面倒見のいいお姉さん”のような存在として見られ始めていた。

 エイベルの取り巻きたちも、変わった。

 彼女たち自身にも“権力に媚びていた”という後ろめたさがあったのだろう。
 アメリアをいじめていた令嬢を、エイベルが身を賭して庇う姿を見て、胸の奥に罪悪感が芽生えた。

 そして彼女たちは、少しずつ——これまで“権力”としてしか見てこなかったエイベルという人物そのものに、目を向け始めた。

 努力家で、責任感が強く、実は誰より仲間想いな少女。

 いつしか、エイベルの周囲には笑顔が増えていた。

 また、かつてエイベルとはほとんど話さず、アメリアにばかり絡んでいたマクスウェルは、最近はエイベルとも普通に会話するようになっていた。

 アメリアを除いて二人きりで話すことも増えた。
 アメリアが近づくと自然に話題を切り替える様子が見えるたび、胸の奥がざわつく。

 少し疎外感を覚えながらも、アメリアは “婚約者として愛を育むふたりを邪魔してはいけない” と、二人が話している時はそっと距離を置くように心がけた。

 一度は婚約破棄まで宣言した二人だが、今ではまるで確執などなかったかのように穏やかな関係に見える。

(エイベル様の良さに、やっと気づいたのね……これで婚約も継続になるはず!)

 アメリアは、エイベルがマクスウェルと並んで話している姿を見ると、胸の奥が温かくなる。

 ——ああ、推しが幸せそうだ。それだけで十分。

 そう思うのに、どうしてだろう。

 その横に立つマクスウェルの横顔を見ると、胸がきゅっと痛むのだ。

 エイベルを取られるのが嫌で嫉妬しているだけ——そう自分を納得させたのだが。

 エイベルと過ごす時間は幸福そのものだ。

 けれど、マクスウェルと過ごす時間は——なぜか心がざわついた。

 その気持ちが怖くて、アメリアはほんの少しずつ彼から距離を置いていた。

 *

 ある放課後のこと。

 図書室で課題に使う本を探していたアメリアは、ふと棚の影から現れたマクスウェルと鉢合わせた。

「やあ、奇遇だね」

「殿下……こんにちは」

 アメリアが手を伸ばしていた高い位置の本を、マクスウェルは何の苦もなく片手で取った。

 それはまるで後ろからアメリアを抱き寄せるような体勢で——すぐ近くに感じる体温に、アメリアの心臓がどくん、と跳ねる。

 その空気に耐えられずにパッと振り向き、何でもないことかのように笑顔を作った。

「ありがとう、ございます」

「気にしなくていいよ。……アメリア」

 名を呼ぶ声が、いつもより低く、そしてやわらかい。

「最近、君は俺を避けているように思う。……何かしてしまっただろうか?」

 逃げ場のない距離で、切なげに囁かれる。

 アメリアは、思わず息を呑んだ。

 その胸のざわめきは、エイベルを取られたことに対する”嫉妬”だけでは説明できないことに、アメリアは気づきつつあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが

侑子
恋愛
 十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。  しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。 「どうして!? 一体どうしてなの~!?」  いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 とある侯爵家で出会った令嬢は、まるで前世のとあるホラー映画に出てくる貞◯のような風貌だった。 髪で顔を全て隠し、ゆらりと立つ姿は… 悲鳴を上げないと、逆に失礼では?というほどのホラーっぷり。 そしてこの髪の奥のお顔は…。。。 さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドで世界を変えますよ? ********************** 『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』の続編です。 続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。 前作も読んでいただけるともっと嬉しいです! 転生侍女シリーズ第二弾です。 短編全4話で、投稿予約済みです。 よろしくお願いします。

乙女ゲームの中の≪喫茶店の店長≫というモブに転生したら、推しが来店しました。

千見るくら
恋愛
社畜OL、乙女ゲームの世界に転生!? でも私が転生したのは――女主人公でも攻略対象でもなく、ただの喫茶店の店長(モブ)だった。 舞台は大人気乙女ゲーム『ときめき☆青春学園~キミの隣は空いてますか?~』。 放課後、女主人公と攻略キャラがデートにやってくるこの店は、いわば恋愛イベントスポット。 そんな場所で私は、「選択肢C.おまかせメニュー」を選んでくる女主人公のため、飲料メーカーで培った知識を駆使して「魂の一杯」を提供する。 すると――攻略キャラ(推し)の様子が、なんかおかしい。 見覚えのないメッセージウインドウが見えるのですが……いやいや、そんな、私モブですが!? 転生モブ女子×攻略キャラの恋愛フラグが立ちすぎる喫茶店、ここに開店! ※20260116執筆中の連載作品のショート版です。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。

柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。 詰んでる。 そう悟った主人公10歳。 主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど… 何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど… なろうにも掲載しております。

処理中です...