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ざわめく心
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アメリアが愛里としての記憶を取り戻してから、三ヶ月が経った。
春は終わりを迎え、学園のガーデンには夏の花々が小さな蕾をほころばせ始めている。
婚約破棄の日の翌日からずっと、アメリアはある令嬢を根気強く説得し続けていた。
——“いじめはエイベルのやったことではない。あなたが真実を認めてくれるなら、罪には問わない”と。
だが、肝心のエイベル本人が彼女を庇うように沈黙を貫いたせいで、令嬢は罪を告白する決心をつけられずにいた。
エイベルの沈黙は、彼女にとっては『最後の逃げ道』でもあったのだろう。
しかし、その沈黙はある日突然破られた。
アメリアの話を聞く令嬢は、いつも俯いたまま何も話さない。しかし、その日は違った。
唇を噛みしめ——ぽとり、と涙を一滴こぼしたのだ。
「……もう、無理なの……」
小さな声だった。続いて、せきを切ったように涙があふれる。
「私なの……! エイベル様じゃなくて……私が……!
本当は、アメリアさんのことが羨ましくて仕方なくて……!」
彼女は両手で顔を覆い、震えていた。
嫉妬、後悔、エイベルに対する申し訳なさ——その全部を抱え込んできた。
その重さは、若い少女には耐えられなかったのだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
泣きながらアメリアとエイベルに向かって謝罪を続ける彼女に、エイベルは何も言わなかった。
ただ静かに歩み寄り、そっとハンカチを差し出すだけだった。
こうして、婚約破棄騒動の真相はついにクラスメイト全員に明らかになった。
アメリアの“奇行”——突如の性格変化や、エイベルへの過剰な好意表明——は、当初こそ噂の的だった。
だがこの一件以降、彼女の行動は次第に自然と受け入れられるようになっていった。
また、愛里としての記憶が戻るまでのアメリアは、いじめをしていた令嬢だけでなく、一部の女子学生から距離を置かれていた。
転校生という立場に加え、その天真爛漫さが癇に障る者もいたからである。
だが、他人の婚約者との距離感を意識的に守るようになったことで、あからさまな警戒心は薄れ、話しかけてくれる人の数も増えていった。
ちなみに、エイベルに気を遣ってマクスウェルと距離を置こうとしたものの、それは当の二人から強く止められた。
エイベルとの関係も、さらに深まった。
最初のうちこそ、エイベルは初めてできる”友達”に戸惑っていた。
けれど、ランチを共にし、勉強会をして(もちろんアメリアが生徒役だ)、小さな日常を積み上げていくうちに、エイベルの表情は自然と柔らかくなっていった。
アメリアが褒めると、耳を赤くしながらも「そんなの当然でしょ」と強がるエイベル。
アメリアが渡した小さな花を、押し花にして大切に本へ挟むエイベル。
「貴女って変な人ね」と呟きながら、どこか優しい視線を向けるエイベル。
そんな彼女を見て、クラスメイトたちの態度も少しずつ変わっていった。
ある日の放課後、アメリアが勉強を教わっていると、数人の女生徒が緊張した様子で声を掛けてきた。
「エイベルさん、今度のテストが不安で……私たちにも、教えていただけませんか?」
かつて“恐れられる悪役令嬢”だったエイベルだが、誤解が解けた結果、“少し気難しいけれど面倒見のいいお姉さん”のような存在として見られ始めていた。
エイベルの取り巻きたちも、変わった。
彼女たち自身にも“権力に媚びていた”という後ろめたさがあったのだろう。
アメリアをいじめていた令嬢を、エイベルが身を賭して庇う姿を見て、胸の奥に罪悪感が芽生えた。
そして彼女たちは、少しずつ——これまで“権力”としてしか見てこなかったエイベルという人物そのものに、目を向け始めた。
努力家で、責任感が強く、実は誰より仲間想いな少女。
いつしか、エイベルの周囲には笑顔が増えていた。
また、かつてエイベルとはほとんど話さず、アメリアにばかり絡んでいたマクスウェルは、最近はエイベルとも普通に会話するようになっていた。
アメリアを除いて二人きりで話すことも増えた。
アメリアが近づくと自然に話題を切り替える様子が見えるたび、胸の奥がざわつく。
少し疎外感を覚えながらも、アメリアは “婚約者として愛を育むふたりを邪魔してはいけない” と、二人が話している時はそっと距離を置くように心がけた。
一度は婚約破棄まで宣言した二人だが、今ではまるで確執などなかったかのように穏やかな関係に見える。
(エイベル様の良さに、やっと気づいたのね……これで婚約も継続になるはず!)
アメリアは、エイベルがマクスウェルと並んで話している姿を見ると、胸の奥が温かくなる。
——ああ、推しが幸せそうだ。それだけで十分。
そう思うのに、どうしてだろう。
その横に立つマクスウェルの横顔を見ると、胸がきゅっと痛むのだ。
エイベルを取られるのが嫌で嫉妬しているだけ——そう自分を納得させたのだが。
エイベルと過ごす時間は幸福そのものだ。
けれど、マクスウェルと過ごす時間は——なぜか心がざわついた。
その気持ちが怖くて、アメリアはほんの少しずつ彼から距離を置いていた。
*
ある放課後のこと。
図書室で課題に使う本を探していたアメリアは、ふと棚の影から現れたマクスウェルと鉢合わせた。
「やあ、奇遇だね」
「殿下……こんにちは」
アメリアが手を伸ばしていた高い位置の本を、マクスウェルは何の苦もなく片手で取った。
それはまるで後ろからアメリアを抱き寄せるような体勢で——すぐ近くに感じる体温に、アメリアの心臓がどくん、と跳ねる。
その空気に耐えられずにパッと振り向き、何でもないことかのように笑顔を作った。
「ありがとう、ございます」
「気にしなくていいよ。……アメリア」
名を呼ぶ声が、いつもより低く、そしてやわらかい。
「最近、君は俺を避けているように思う。……何かしてしまっただろうか?」
逃げ場のない距離で、切なげに囁かれる。
アメリアは、思わず息を呑んだ。
その胸のざわめきは、エイベルを取られたことに対する”嫉妬”だけでは説明できないことに、アメリアは気づきつつあった。
春は終わりを迎え、学園のガーデンには夏の花々が小さな蕾をほころばせ始めている。
婚約破棄の日の翌日からずっと、アメリアはある令嬢を根気強く説得し続けていた。
——“いじめはエイベルのやったことではない。あなたが真実を認めてくれるなら、罪には問わない”と。
だが、肝心のエイベル本人が彼女を庇うように沈黙を貫いたせいで、令嬢は罪を告白する決心をつけられずにいた。
エイベルの沈黙は、彼女にとっては『最後の逃げ道』でもあったのだろう。
しかし、その沈黙はある日突然破られた。
アメリアの話を聞く令嬢は、いつも俯いたまま何も話さない。しかし、その日は違った。
唇を噛みしめ——ぽとり、と涙を一滴こぼしたのだ。
「……もう、無理なの……」
小さな声だった。続いて、せきを切ったように涙があふれる。
「私なの……! エイベル様じゃなくて……私が……!
本当は、アメリアさんのことが羨ましくて仕方なくて……!」
彼女は両手で顔を覆い、震えていた。
嫉妬、後悔、エイベルに対する申し訳なさ——その全部を抱え込んできた。
その重さは、若い少女には耐えられなかったのだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
泣きながらアメリアとエイベルに向かって謝罪を続ける彼女に、エイベルは何も言わなかった。
ただ静かに歩み寄り、そっとハンカチを差し出すだけだった。
こうして、婚約破棄騒動の真相はついにクラスメイト全員に明らかになった。
アメリアの“奇行”——突如の性格変化や、エイベルへの過剰な好意表明——は、当初こそ噂の的だった。
だがこの一件以降、彼女の行動は次第に自然と受け入れられるようになっていった。
また、愛里としての記憶が戻るまでのアメリアは、いじめをしていた令嬢だけでなく、一部の女子学生から距離を置かれていた。
転校生という立場に加え、その天真爛漫さが癇に障る者もいたからである。
だが、他人の婚約者との距離感を意識的に守るようになったことで、あからさまな警戒心は薄れ、話しかけてくれる人の数も増えていった。
ちなみに、エイベルに気を遣ってマクスウェルと距離を置こうとしたものの、それは当の二人から強く止められた。
エイベルとの関係も、さらに深まった。
最初のうちこそ、エイベルは初めてできる”友達”に戸惑っていた。
けれど、ランチを共にし、勉強会をして(もちろんアメリアが生徒役だ)、小さな日常を積み上げていくうちに、エイベルの表情は自然と柔らかくなっていった。
アメリアが褒めると、耳を赤くしながらも「そんなの当然でしょ」と強がるエイベル。
アメリアが渡した小さな花を、押し花にして大切に本へ挟むエイベル。
「貴女って変な人ね」と呟きながら、どこか優しい視線を向けるエイベル。
そんな彼女を見て、クラスメイトたちの態度も少しずつ変わっていった。
ある日の放課後、アメリアが勉強を教わっていると、数人の女生徒が緊張した様子で声を掛けてきた。
「エイベルさん、今度のテストが不安で……私たちにも、教えていただけませんか?」
かつて“恐れられる悪役令嬢”だったエイベルだが、誤解が解けた結果、“少し気難しいけれど面倒見のいいお姉さん”のような存在として見られ始めていた。
エイベルの取り巻きたちも、変わった。
彼女たち自身にも“権力に媚びていた”という後ろめたさがあったのだろう。
アメリアをいじめていた令嬢を、エイベルが身を賭して庇う姿を見て、胸の奥に罪悪感が芽生えた。
そして彼女たちは、少しずつ——これまで“権力”としてしか見てこなかったエイベルという人物そのものに、目を向け始めた。
努力家で、責任感が強く、実は誰より仲間想いな少女。
いつしか、エイベルの周囲には笑顔が増えていた。
また、かつてエイベルとはほとんど話さず、アメリアにばかり絡んでいたマクスウェルは、最近はエイベルとも普通に会話するようになっていた。
アメリアを除いて二人きりで話すことも増えた。
アメリアが近づくと自然に話題を切り替える様子が見えるたび、胸の奥がざわつく。
少し疎外感を覚えながらも、アメリアは “婚約者として愛を育むふたりを邪魔してはいけない” と、二人が話している時はそっと距離を置くように心がけた。
一度は婚約破棄まで宣言した二人だが、今ではまるで確執などなかったかのように穏やかな関係に見える。
(エイベル様の良さに、やっと気づいたのね……これで婚約も継続になるはず!)
アメリアは、エイベルがマクスウェルと並んで話している姿を見ると、胸の奥が温かくなる。
——ああ、推しが幸せそうだ。それだけで十分。
そう思うのに、どうしてだろう。
その横に立つマクスウェルの横顔を見ると、胸がきゅっと痛むのだ。
エイベルを取られるのが嫌で嫉妬しているだけ——そう自分を納得させたのだが。
エイベルと過ごす時間は幸福そのものだ。
けれど、マクスウェルと過ごす時間は——なぜか心がざわついた。
その気持ちが怖くて、アメリアはほんの少しずつ彼から距離を置いていた。
*
ある放課後のこと。
図書室で課題に使う本を探していたアメリアは、ふと棚の影から現れたマクスウェルと鉢合わせた。
「やあ、奇遇だね」
「殿下……こんにちは」
アメリアが手を伸ばしていた高い位置の本を、マクスウェルは何の苦もなく片手で取った。
それはまるで後ろからアメリアを抱き寄せるような体勢で——すぐ近くに感じる体温に、アメリアの心臓がどくん、と跳ねる。
その空気に耐えられずにパッと振り向き、何でもないことかのように笑顔を作った。
「ありがとう、ございます」
「気にしなくていいよ。……アメリア」
名を呼ぶ声が、いつもより低く、そしてやわらかい。
「最近、君は俺を避けているように思う。……何かしてしまっただろうか?」
逃げ場のない距離で、切なげに囁かれる。
アメリアは、思わず息を呑んだ。
その胸のざわめきは、エイベルを取られたことに対する”嫉妬”だけでは説明できないことに、アメリアは気づきつつあった。
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