緑の城塞、迫る鉄の波濤 ~大森林国バルグの英雄譚~

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第七話:檻の中の国、野に放たれた火

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「……おそらく、親父の言う通りだ。ジーク王子は、首都近郊の軍事研究施設にいる」  

国境を越え、南の領土に入った森の中で、リクが地図を広げた。  
ここから先は敵地だ。  

巨人の国とは空気が違う。土は乾き、風には鉄と油の匂いが混じっている。  

何より厄介なのは、彼らの体格だった。  
2メートルを超えるガルドたちは、南の国ではあまりに目立ちすぎる。


「昼間は森や廃墟を移動し、夜に距離を稼ぐ。……いいか、絶対に騒ぎを起こすなよ」  

リクの警告に従い、一行は獣のように息を潜めて進んだ。


木々の隙間から見える南の町並みは、北の民にとって衝撃的だった。  
石畳で整備された道路。蒸気を吐き出す工場。夜でも消えない街灯。  

文明は発展していた。だが、その光の影には、濃い闇が広がっていた。


煌びやかなシルクの服を着て、宝石をジャラジャラとつけた貴族たちが、ふんぞり返って歩いている。  

その足元で、泥まみれの「人間」たちが、四つん這いになって荷物を運んでいるのだ。  
首には鉄の輪。背中には鞭の跡。  彼らの目は死んだ魚のように光がない。


「……あれが、この国の正体か」  

リンが吐き捨てるように呟いた。  

発展とは、誰かから搾取したエネルギーの総量に他ならない。
南の繁栄は、膨大な数の奴隷によって支えられていた。



     *



人目を避けて山道を進んでいた時だった。  

突然、草むらから数本の槍が突き出された。 

「動くな! 何の用だ!」  

囲んできたのは、ボロボロの衣服をまとった集団だった。

彼らは痩せこけているが、その目には必死の殺気が宿っている。  

ガルドが斧に手をかけようとするのを、リクが制した。

「我々は北の民だ。争うつもりはない」  

リクが両手を挙げると、集団のリーダーらしき男が目を見開いた。

 「北……? 巨人の国か?」  

男はガルドたちの巨体を見上げ、警戒を解くように槍を下げた。

 「……すまない。帝国の『狩り』の部隊かと思ったんだ」



案内されたのは、岩陰に隠れるように作られた小さな集落だった。  
そこに住む人々は皆、怯えるように身を寄せ合っていた。

 「俺たちは、かつてこの土地にあった小国の民だ」  

リーダーの男が語った。 

「帝国アウリアに攻め滅ぼされ、国を奪われた。生き残った者は奴隷にされ、死ぬまで働かされる。
……俺たちはそこから逃げ出し、こうして隠れ住んでいるんだ」


彼らは「敗者」だった。  

強者が弱者を食らう。南の論理に敗れ、歴史の闇に葬られた人々。  

その夜、一行は集落に泊めてもらうことになった。  
貧しい食事だったが、彼らは精一杯のもてなしをしてくれた。

北の民を「敵」ではなく、同じく帝国に抗う「同志」として受け入れてくれたのだ。



     *



 翌朝。  

礼を言って集落を出た一行は、再び山道を進んだ。  

しばらく歩いた頃だ。  

リクが不意に足を止めた。

 「……おい、トト」 

「は、はい?」  

最後尾を歩いていたトトが、ビクッとして顔を上げる。  

リクは周囲の空気を探るように目を細め、小声で何かをトトに囁いた。  

トトは一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐに頼りない愛想笑いを浮かべて頷いた。

「どうした?」  

ガルドが振り返ると、リクが肩をすくめた。 

「いや……」  

その時だった。  ドォォォォン!!  

背後で爆発音が響いた。方角は、さっきまでいた集落の方だ。



「まさか……!」  

リンが血相を変える。 

「戻るぞ!」  

ガルドが駆け出そうとするが、トトはその場に座り込んだ。

 「ぼ、僕はここで待ってます! 戦いなんて無理ですし、荷物番してますからぁ!」

 「チッ、好きにしろ! 行くぞ!」  

リク、ガルド、リン、セラ、リナの五人は、トトを残して全速力で来た道を引き返した。



     *



 集落は火の海だった。  

南の正規軍と思われる小隊が、火炎放射器とライフルで家々を焼いていたのだ。 

「逃げ出したゴミどもが! 駆除だ、一匹残らず殺せ!」  

隊長の号令と共に、兵士たちが逃げ惑う人々を狙う。

「やらせるかァッ!!」  

森から飛び出したガルドが、巨大な盾をブーメランのように投げつけた。  

回転する鉄塊が、兵士二人を吹き飛ばす。 

「北の巨人だと!? なぜここに!」  

動揺する兵士たちの隙を突き、リンが疾走する。

 「動いて、止まる……!」  

リクの教え通り、彼女は直進しなかった。
木の幹を蹴り、変則的な軌道で銃口をかわし、懐に飛び込んで槍を振るう。  

セラが魔法で煙幕を張り、リクが的確に指揮官の喉元を斬り裂いた。



激しい戦闘の末、部隊は壊滅した。  

奇跡的に、集落の民に死者はなかった。家は焼かれたが、命だけは守りきれたのだ。
リナがけが人の治療を行っている。

 「あ、ありがとう……あんたたちのおかげだ……」  

リーダーが涙を流して感謝する。  だが、表情は晴れなかった。

 「だが、これで終わりじゃない。奴らは無線で本隊を呼んでいた……。
近くに、もっと大規模な駐屯地があるはずだ。すぐに大軍が押し寄せてくる」


 絶望的な空気が流れた。  

いくらガルドたちが強くても、数百、数千の軍隊相手に、村人を守りながら戦うのは不可能だ。



 その時だった。  ズズズズズズ……  地響きのような音が、遠くから聞こえてきた。 

「なんだ? 軍隊が来たのか?」  

全員が身構え、山の下、街道沿いにある駐屯地の方角を見た。

 カッッッ!!!!  

太陽が地上に落ちたかのような閃光。  

直後、鼓膜をつんざく大爆発音が世界を揺らした。  

ドッッカァァァァァァァン!!!!


「な……!?」  

遥か彼方、帝国の駐屯地があった場所から、巨大な火柱と黒煙のキノコ雲が立ち上っていた。  

一つではない。

弾薬庫、燃料タンク、兵舎……すべてが連鎖的に爆発し、駐屯地全体が吹き飛んでいく。


「何が……起きたんだ?」  

ガルドが呆然と呟く。  あれほどの爆発、ただの事故ではない。

何者かが意図的に、最も致命的なポイントを破壊したとしか思えなかった。



     *



 火の手が上がる駐屯地を遠目に見ながら、一行はトトの待つ場所へ戻った。  

トトは木陰で、大の字になって爆睡していた。

 「……あ、お帰りなさい……」  

起こされたトトは、よだれを拭いながら間の抜けた顔を見せた。 

「トト、あの爆発音で起きなかったの?」  

セラが探るような目で見つめるが、トトは首を傾げた。

 「爆発? 雷かなんかですか? 僕、一度寝ると起きないタイプで……」



一行はトトを連れて、壊滅した駐屯地の跡を確認に向かった。  

そこは地獄絵図だった。  

数百人いたはずの兵士は全滅し、指揮官とおぼしき男も瓦礫の下敷きになって死んでいる。  
生き残っている者は誰もいない。  完璧な破壊工作。

「……信じられん」  

セラが焼け焦げた地面を調べながら言った。 

「魔法の痕跡はありません。火薬庫の誘爆……いいえ、それにしてはタイミングが良すぎる」 

「誰がやったんだ? 俺たち以外に、北の部隊が来ているのか?」  

ガルドが首を捻る。


 「いや、おそらく、奴隷の中から反乱分子が他にもいて、それが現れたのだろう」  

リクが顎に手を当てて推測する。


「……まあいい。敵が減ったのは好都合だ」  

リクは結論づけた。 

「ただ、ここからの行動は、考え直した方がよさそうだ」



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