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あの日から、週を替え数日経ってまた金曜日。本当に、週末というのは穏やかに迎えてはならないものなのだろうか。いや、今日こそは、穏やかな週末へ足を踏み入れたい。
高橋さんは本社へ戻り、台風は去った。一番その影響を受けていた営業部では、特大のため息をつく人が続出した。
高橋さんはやはり本社で補佐をしているだけあり仕事は出来る人なのだ。そのおかげでいろんなことが、彼女の居る間だけ少しだけ早送りしたようにサクサクと進んでいた。その事実が、失われた現実が、彼らに特大のため息を吐かせたのだろう。
まあ、それ以上の大型台風が、高橋さんの去り際にみんなの与り知らぬところで私の上を直撃していたのだが、その件についてなんだかんだと意識しすぎているのは私だけらしい。
さすが、いろんな方とお付き合い経験のある羽柴先輩。
そんな先輩がどうして私を抱きしめるなんて、あんなことをしたのか。もしかしてあれは、書類を奪うために油断させる罠だったのではないかとすら思えてくる。
きっとそうである。それしかない。
先輩にとっては些細な事かもしれないけれども。
大変気になるところではあるが、直接聞くのもどうだろうとモヤモヤしたまま日々をすごしていた。
一方で羽柴先輩はケロリ、平然としたもので、何事も無かったように仕事をこなし、仕事をふり分け、雑談をしてくるのだから、もしかしたら私の夢か妄想だったのでは、と自分の記憶を疑うようになっていた。記憶にはないがあの一件の時に、頭でもぶつけたのかもしれない、あのふわふわしていた帰り道のどこかで。
そもそも先輩が悪いのにどうして私がこんなにも動揺しなきゃいけないのか。ただのハグじゃん。挨拶であるあれでしょう。そう、あれあれ。
デスクで入力をしていると、羽柴先輩がやってきて、頼むと書類を置いていったりする。そんな時にぼふんとあの時の事が思い出されて、私一人が意識してドキドキさせられている。
そんな様子をたまたま見ていた加宮さんは定時後のロッカールームでニヤリ笑うのだ。何があったら急にそんな態度になるのか、と執拗に訊ねて来る。以前と比べてよそよそしいらしい。
それはそうだ、距離の取り方がわからないのだから。普通でいようと思えば思うほど、普通から遠ざかる。
以前の私は、どうやって先輩と話していたのだろう。以前との違いは、あのハグだけだというのに。
そんな加宮さんを振り切って、なんとか平静でいようと努めてつとめての金曜日だった。
やっと質問攻めと、無神経なのか本当に何とも思っていないのか普段通りの態度に心臓を急かされる日が終わろうとしている。土日にゆっくりとスイッチを切り替える作業をしよう。
週末だ、給料日だとそうそう騒ぐ姿も見なくなったが、同期で同じく営業に所属している長谷川くんが何やらあちこち何かを聞いて回っていた。椅子が出ているとちょっと通路が通りにくそうだ。
長谷川くんは体格がよくがっちりとしているが、これといって鍛えているわけではないという。内面はほんわりとして柔らかく、態度も威張ったところもなく親身になって相談に乗ってくれる優しい性格の持ち主だ。
ひらひらとチョウチョの様に、会う人会う人に声をかけては手元のバインダーに書きこみをしている。その内回ってくるか、と待つでもなく書類の打ち込みをしていると「宇佐見、ちょっといい?」とそっと声を掛けられた。
「いいよ? なに?」
手を止めて顔を上げる。
「今晩空いてる?」
「もしかして飲み会? 聞いて回ってるの見えてたから」
「話が早くて助かる。先輩から言われて今出欠とってるところ」
当然のようにお誘いは来るわけだが、私の出席率はあまりよろしくない。おそらく、それもあって長谷川くんも申し訳なさそうに声を掛けたのだろう。
あとは何と言っても仕事中だ。今日がたまたま手すきだったから出来た、と長谷川くんは苦笑いをした。
「今のところ、同期の出席率もいいし、加宮も来るよ。先輩たちもくるけど」
加宮さんを引き合いに出すのは狡くはないか。あとちらっとだけリストを見せてくれるのは、同期だからだろう。行く人によって出欠を決めている訳ではないけれど、苦手な人がいるというのはちょっと避けたい。近づかないようにはしているけれど。
羽柴先輩にはまだ聞いてないらしい、チェックがついていない。知りたかったような、知りたくなかったような、モヤモヤとした気持ちだ。
ちょっと考えるふりをして、なら今日は出席で、と答える。
長谷川くんが回っていると気付いた時から考えてした。
金曜だし外食もいい。弱冠解消しきれていないストレスもある事だし、たまにはバランスのよい食事からかけ離れたものを食べても許される、はず。羽柴先輩の事は、一先ず保留だ。
「ありがと、やっぱ同期がいると違うな」
ちょっとほくほくとした雰囲気でチェックをつけて次の人の元へ行く。そんな後姿を見ていると、確かに久々だし楽しみになってきた。
行くという先輩たちのラインナップもなかなかのものだったけれど、こんなに急で店は予約できるのか。心配になるけれど、まあいいかとあっけらかんに考える。
長谷川くんが幹事をしている時のお店で外れたことはないし、作ってもらうご飯、食器を片づける心配がいらないというのはどうにも週末にぴったりの陽気な気分にさせた。
高橋さんは本社へ戻り、台風は去った。一番その影響を受けていた営業部では、特大のため息をつく人が続出した。
高橋さんはやはり本社で補佐をしているだけあり仕事は出来る人なのだ。そのおかげでいろんなことが、彼女の居る間だけ少しだけ早送りしたようにサクサクと進んでいた。その事実が、失われた現実が、彼らに特大のため息を吐かせたのだろう。
まあ、それ以上の大型台風が、高橋さんの去り際にみんなの与り知らぬところで私の上を直撃していたのだが、その件についてなんだかんだと意識しすぎているのは私だけらしい。
さすが、いろんな方とお付き合い経験のある羽柴先輩。
そんな先輩がどうして私を抱きしめるなんて、あんなことをしたのか。もしかしてあれは、書類を奪うために油断させる罠だったのではないかとすら思えてくる。
きっとそうである。それしかない。
先輩にとっては些細な事かもしれないけれども。
大変気になるところではあるが、直接聞くのもどうだろうとモヤモヤしたまま日々をすごしていた。
一方で羽柴先輩はケロリ、平然としたもので、何事も無かったように仕事をこなし、仕事をふり分け、雑談をしてくるのだから、もしかしたら私の夢か妄想だったのでは、と自分の記憶を疑うようになっていた。記憶にはないがあの一件の時に、頭でもぶつけたのかもしれない、あのふわふわしていた帰り道のどこかで。
そもそも先輩が悪いのにどうして私がこんなにも動揺しなきゃいけないのか。ただのハグじゃん。挨拶であるあれでしょう。そう、あれあれ。
デスクで入力をしていると、羽柴先輩がやってきて、頼むと書類を置いていったりする。そんな時にぼふんとあの時の事が思い出されて、私一人が意識してドキドキさせられている。
そんな様子をたまたま見ていた加宮さんは定時後のロッカールームでニヤリ笑うのだ。何があったら急にそんな態度になるのか、と執拗に訊ねて来る。以前と比べてよそよそしいらしい。
それはそうだ、距離の取り方がわからないのだから。普通でいようと思えば思うほど、普通から遠ざかる。
以前の私は、どうやって先輩と話していたのだろう。以前との違いは、あのハグだけだというのに。
そんな加宮さんを振り切って、なんとか平静でいようと努めてつとめての金曜日だった。
やっと質問攻めと、無神経なのか本当に何とも思っていないのか普段通りの態度に心臓を急かされる日が終わろうとしている。土日にゆっくりとスイッチを切り替える作業をしよう。
週末だ、給料日だとそうそう騒ぐ姿も見なくなったが、同期で同じく営業に所属している長谷川くんが何やらあちこち何かを聞いて回っていた。椅子が出ているとちょっと通路が通りにくそうだ。
長谷川くんは体格がよくがっちりとしているが、これといって鍛えているわけではないという。内面はほんわりとして柔らかく、態度も威張ったところもなく親身になって相談に乗ってくれる優しい性格の持ち主だ。
ひらひらとチョウチョの様に、会う人会う人に声をかけては手元のバインダーに書きこみをしている。その内回ってくるか、と待つでもなく書類の打ち込みをしていると「宇佐見、ちょっといい?」とそっと声を掛けられた。
「いいよ? なに?」
手を止めて顔を上げる。
「今晩空いてる?」
「もしかして飲み会? 聞いて回ってるの見えてたから」
「話が早くて助かる。先輩から言われて今出欠とってるところ」
当然のようにお誘いは来るわけだが、私の出席率はあまりよろしくない。おそらく、それもあって長谷川くんも申し訳なさそうに声を掛けたのだろう。
あとは何と言っても仕事中だ。今日がたまたま手すきだったから出来た、と長谷川くんは苦笑いをした。
「今のところ、同期の出席率もいいし、加宮も来るよ。先輩たちもくるけど」
加宮さんを引き合いに出すのは狡くはないか。あとちらっとだけリストを見せてくれるのは、同期だからだろう。行く人によって出欠を決めている訳ではないけれど、苦手な人がいるというのはちょっと避けたい。近づかないようにはしているけれど。
羽柴先輩にはまだ聞いてないらしい、チェックがついていない。知りたかったような、知りたくなかったような、モヤモヤとした気持ちだ。
ちょっと考えるふりをして、なら今日は出席で、と答える。
長谷川くんが回っていると気付いた時から考えてした。
金曜だし外食もいい。弱冠解消しきれていないストレスもある事だし、たまにはバランスのよい食事からかけ離れたものを食べても許される、はず。羽柴先輩の事は、一先ず保留だ。
「ありがと、やっぱ同期がいると違うな」
ちょっとほくほくとした雰囲気でチェックをつけて次の人の元へ行く。そんな後姿を見ていると、確かに久々だし楽しみになってきた。
行くという先輩たちのラインナップもなかなかのものだったけれど、こんなに急で店は予約できるのか。心配になるけれど、まあいいかとあっけらかんに考える。
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