町娘は王子様に恋をする

くさの

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 グラスに口をつけたまま、私は白状した。

「……すき、だけど。先輩が、私をそういう風には見ないって、私は知ってるの」

 加宮さんが意外そうにあんぐりと口を開ける。
 私たち二人だけ、ぽつんと隅の席に置いてかれたように、周りではがやがやと騒がしいのに。ここだけ、別の世界みたいに感じる。

「告白――は、してない、のよね?」
「こももには、言ってもいいかなあ……」

 焦らす口調にその意味合いはなかった。ただ、私が言おうか言うまいか迷っていた。
 だってその事を、羽柴先輩はきっとなんでもないことだと思っている。その言葉で、私がどれだけ悩んでいるかを知る由もない。

 私が羽柴先輩を好きでも、憧れていても、告白する権利を貰えなかった事。
 大学生の頃の、話だ。

「羽柴先輩ね、大学生のころは、王子(笑)ってあだ名がついてたの。今も、憧れる女性は多いだろうし、ひっそりと呼ばれてるかもしれないね」
「呼んでないと思うな……王子……あれが王子……? 仕事が趣味の人間じゃないの?」

 加宮さんは不思議なものでも見るように、羽柴先輩に目を向けた。
 確かに社内で女性の噂話にあがる際は、羽柴さん、で通っている。学生時代にあだ名がついていたことは、本人が話さない限り、友人にでも繋がりがなければ知られていないだろう。今私が話したことで、加宮さんが知るところとなった訳だが。
 仕事が趣味、はおそらくだけれど否定しておく。確かに、社内の姿だけ見ていると仕事に一生懸命で、対応が早くて人受けもいいからじゃんじゃん仕事が舞い込んでいるように見える。
 でも、先輩も出来る事とできないことは自覚しているし、出来ないことは他所の出来る人へ回している。その、出来る人、というのもコミュニケーションありきで人間を見ているから出来る事なのだろうけれど。上司との関係もさることながら、話し方が上手で自分から他の人へ仕事をうまく回しているのだ。

「半分くらい冗談ぽく言われてただけだよ、かっこわらい、って最後についてるの。みんな大抵、ちゃかすように笑いながら言ってたよ」
「そうだと思う、私生活の想像がつかない」
「あ、別にお金持ちとかではなく、容姿とか顔面偏差値の方で。あと態度とか」
「ああうん、それは分かるよ? あの人、仕事以外の顔が浮かばないって言うか、私生活が見えないんだよね」

 ずっと不思議だった、と加宮さんは昔の有名な探偵のように顎を撫でる仕草をする。
 確かに、社内の噂での上位にミステリアス、というのも入っていた気がする。普段何をしているか、想像しにくいらしい。私もその辺りは詳しくは知らないし、社会人になってからの先輩は、以前ほど休日に誰かと過ごしている感じもない。
 でもその度に、私はひっそりと、羽柴先輩も人間ですよ、と心の中で答えていた。先輩の部屋の玄関には昔、傘のストックが五本くらいあった。予報を見て傘を用意するのではなく降られていつも傘を買う、そういう人間です。
 会社で見せている部分だけでは想像ができませんね、とは私も思っているけれど。

「あ、ごめん。変な方向に話の舵きっちゃった、戻そう」
「そう? なら戻すけど……で、私、一度だけその王子(笑)に質問したの。私の印象ってどうですか? って」

 加宮さんはぎょっとしていた。私は冗談ぽく笑って「単なる興味と好奇心だよ、告白しようとかその時は考えてなかったから」と続けた。
 今考えると、その質問はない。だって姫って言われたかったってことじゃないか。そんなことに、気が付いてからは、恥かしさでいっぱいだった。もちろん今も。
 けれどあの頃の私はそれでいっぱいだった。少しでも、先輩が、私の事を後輩や妹みたい、という枠以外で見てくれるなら、と。
 何せ周りの女性たちが、たいへん、魅力的にみえて私だけ別の世界のサクラでも用意したのかといわれかねない印象しかなかったから。
 加宮さんは何か言いたげに、けれど一先ず続きを待ってくれた。相手の話の行間を読めるというか、続きそうな間をうまく読み取れる加宮さんは、高校生の頃に新聞部として走り回っていたという話に偽りがなさそうだなと思う。

「姫って言うより、町娘だ、って言われちゃった。だから、ああ、私は対象に入ってないんだなって。告白もしないでいるんだよ」

 ふうん、という加宮さんの息を吐くみたいな返事の後、彼女はすっと床に手をついて腰を浮かせた。お手洗いにでも立つのだろうか、と見ているとにっこりと笑みが向けられた。
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