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春待つ花の章
春待ちの花
しおりを挟むお茶会に参加している一同はそれぞれ、椅子に腰掛けている。
だがメルだけは立っていた。そしてテーブルに置かれた大きなバスケットトランクをゆっくりと丁寧な手つきで開けている。
上にかけたクッションを取り、中のレナーテイアを抱き上げて、テーブル上に用意されていた彼女のための椅子に座らせる。
誰からか、ほぅっと、感嘆のため息がもれた。
レナーテイアが纏うドレスは春の花のドレス。
ミモザにも似ている黄色が主となる色で、レースは白。そしてリボンや帯などに差し色としてラピス・ラズリのような濃い青が入る。
襟ぐりは船底のような形、と言われるボートネックだ。浅くて広めのカーブを描く。
上身頃の正面にはやわらかそうな白いレースが縦に縫いつけられていた。
そして少しハイウエストのスカート布との切り替え部分には、やや硬い布で縫ったラピス・ラズリ色の飾り帯。ちょっと横にはリボンの形に整えた共布も縫いつけてあった。
スカートはゆったりと広がるライン。これまた白いレースが飾られているが、スカートでもっとも目をひくポイントは裾だった。裾が、まるい花びらが連なっているかのようなラインを描いていた――スカラップスカートになっていたのである。その裾はやや短めであったが、下に重ねられた白いペチコートがふくらはぎのあたりまで隠してくれるようになっていた。ペチコートはごく薄い布を大量にギャザーを寄せて、あるのでレースが付いていなくとも、とても華やかだ。
袖はゆるく膨らみ、肘のあたりで一度絞られている。絞った部分にはラピス・ラズリの青色でリボン飾りが。そして、その先は咲き開いた百合の花のように、開く姫袖。
頭には黄色をベースに白いレースとリボンのヘッドドレスが固定されている。
そして、肩を覆うのは、淡雪のようにふんわりとした真っ白なケープ。レースがふちに縫い付けられ、どころどころには真珠に似たビーズが散りばめられている。
最初に口を開いたのは、ジルセウスだった。
「茉莉花堂のドレスには、みんな銘があるだろう? このドレスはどんな銘なのだい?」
「はい、もちろん銘がございます。……このドレスは『春待ちの花』といいます。長い冬を越してようやく咲いた花のドレスです」
「なるほど、彼女らしい良い銘だ。そしてメルレーテ嬢、君らしくもあるね」
「ありがとうございます」
ジルセウスに応えてから、メルはメアリーベルの様子を見た。
メアリーベルは、目をまんまるくして、口をぽかんと開けていた。やがて、随分と長い沈黙の時間が経過して、メアリーベルはようやく自分が注目されていることに気づいて、頬を赤くした。
「いかがですか……その、お気に召しましたでしょうか?」
「とても素敵よ! レナーテイアはもともときれいだけど、こんなにきれいだとは思っていなかったのでびっくりしてしまったの。……その、レナーテイアを抱っこしてもいいかしら?」
「えぇ。この子は、メアリーベル嬢のレナーテイアですから」
ぴょん、と椅子から勢い良くおりて――男爵夫人がはしたないですよ、と注意をとばすことは忘れなかった――レナーテイアのそばに寄る。
ゆっくりと、慎重に、高価な芸術作品に触れるのに似た手つきで、メアリーベルはレナーテイアを抱き上げる。
「あ……?」
ほんのかすかに、メアリーベルが妙な声をあげた。
いったいどうしたのだろうと皆がおもったが、その後のメアリーベルの無邪気な微笑みを見ているうちに、そんなことは忘れてしまった。
「ありがとう、本当にありがとうございました、茉莉花堂さん!」
「ではお茶会にしようではありませんか、本日の茶葉は最高級のテンプールベルを用意してありますぞ」
「お菓子も沢山用意しましたのよ、苺のパイに、チョコレートのタルトに。そうそう、いい薔薇のジャムがありますからぜひともスコーンで楽しんでくださいな」
そこからは楽しくて面白くて美味しいお茶会だった。
皆とのお喋りは盛り上がった。ベルグラード男爵の若いときの数々の武勇伝や、男爵夫人との出会いの話。ジルセウスは最近小旅行してきた外国のことを話してくれたし、ユイハとユウハも騎士学院での課外活動でどんな大変なことがあったかをおもしろおかしく話してくれた。
お茶もお菓子も美味しかった。
メルは特にチョコレートのタルトが気に入ったのでその旨を話すと、男爵夫人がわざわざキッチンメイドを呼んでレシピを書かせて持たせてくれた。
そして、お茶会は楽しいまま、お開きとなった。
「ねぇ、メルお姉さん」
帰り支度をしているとき、くいくいと服を引っ張られたので振り向くと、レナーテイアを大事に抱いたメアリーベルが神妙な面持ちで立っていた。
「どうしたの?」
「あのね……今日はエヴェリアもいれば、もっと楽しかったね」
「……今日は、茉莉花堂のお仕事で来たから、連れてこなかったのよ」
「……エヴェリア、連れてこなかったんじゃなくて、連れてこられなかった、のじゃないの? だって、その」
「あぁ……うん……まいったなぁ……いつ、わかったの?」
メルは降参だ、というように、両手の平を軽く肩の位置まであげる。仕草はおどけたものだが、表情は硬い。
「レナーテイアを抱き上げたあのときになんとなく、それで、さっきはしたないとはおもったのだけど、レナーテイアのドレスの裾をめくって、胴体を見てみたの、ちょっとだけ……ほんのちょっと……なんとなくなんだけどね、お肌の色が違和感があったの、それで」
「……」
黙り込むメルに、深々と頭を下げるメアリーベル。
「エヴェリアに、ごめんねって、ありがとうって、言っておいてください。レナーテイアに、エヴェリアの胴体をくれて、ありがとう……って……」
「……怒られることも覚悟してたよ」
「ほんとはちょっぴり怒ってる」
と言いながら、メアリーベルは人差し指を一本立てて、頭の近くに持っていく。
「だから、メルお姉さんにはこのことについてはお礼を言いませんし言えません。私のお友達のエヴェリアを、そんなひどい目に合わせたんだもの」
「それはものすごい、怒ってるね」
「でも、あの、その、メルお姉さん、あのね」
困惑したような顔で、メアリーベルはメルの袖をくいくいとひっぱる。もうすこしかがんで欲しいということだろうか。
メルがそっとかがむと、メアリーベルは――
「茉莉花堂さん、私とレナーテイアを助けてくれて、ありがと……う……」
耳元でそう言って、少女は走り去っていってしまった。
――これで、よかったのだ。
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