追放した回復術師が、ハーレムを連れて「ざまぁ」と言いに来た。

夏目くちびる

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慰めの墓標編

第56話 エンゼルプレグ(シロウの過去)

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 × × ×


「だから、年下より先に死ぬなんて掟を?」
「お、よく覚えてんなぁ。そういえば、ジャンゴが口走ってたっけか」


 声色は、明るい。


「まぁ、そんな生活を続けていたある日に、エンゼルプレグが起きたんだ。別に、なんの前触れもなかった」
「ルシウスの言ってたヤツ、ですよね。それって、何なんですか?」
「……等価交換って、知ってるか?」
「そのままですよね?同じ価値のモノ同士を交換するって言う」


 言われ、頷く。


「ルシウスみてぇな天使を偶像から召喚する時には、極限に高まった信仰心の他に、天使の命の価値と釣り合った供物を捧げなきゃならねぇんだ。分かりやすいモンだと食いモンだったり、金だったり。ルシウスの場合は、生き物の顔だったな。虫やら、動物やら。まぁ、大抵は召喚する前からずっと供えてるんだろうけどよ」


 恐らく、供物は天使の使う術式に対応しているんだと思う。そして、この街の教団が呼び出した天使の術式は、生命の復活だ。


「だから、この街の住人は交換んだよ。寿命を」
「……は?」


 口を閉じている俺ですら、やはりその理不尽に対する怒りが湧いてくる。


「その教団がよ、ウェィスト全体に復活の儀式の結界を張ってな。中にいる人間は全員、命を吸い取られちまった。まぁ、信仰心のねぇ俺やレラからすれば、病理みてぇなモンさ」
「そんなこと、認められるんですか!?だって、明らかに熱心な教徒を騙して信仰心を利用した、犯罪者のテロリズムじゃないですか!そんな巨大な結界がいらないことなんて、分かりきってることじゃないてすか!」
「神も王様も見てねえこの街で起きたことなんて、誰も認めねぇし、誰も否定しねぇ。だからこそ、そんな大掛かりな儀式を人知れずに用意出来きたんだろう」
「でも、あんまりですよ。いくらなんでも理不尽過ぎます!」
「この世界は、いつだって理不尽だよ。俺たちは、運が悪かったのさ」
「運って……」


 モモコちゃんは言葉を失って、堪えるようにホーリーロッドを握る。わずかに、黒い炎が見えた。


 シロウさんだって、最初から「起きてしまったから」なんて達観して納得したわけじゃ無いと思うんだ。自分よりも大切な家族を最後まで見届けて、ようやく自分の事を受け入れたんだと思うんだ。そうじゃないと、今の彼の性格の理由に、整合性が取れないから。


 でも、それを確認するなんて、仲間のすることじゃない。


「ただ、あまりにも多すぎた。不死にもなれる程の寿命を与えられてなお、供物は有り余るほどの量だった。当然だ。だって、テロリストの目的は天使の召喚じゃなくて、ウェイストの住民の虐殺だったんだから。天使も困っただろうな」
「だったら……」
「そうだ。ならば、捧げた供物はどこに行く?天使からすれば、食いきれねぇ豪華なディナーを持ってこられたのと同じだ。一つの体に、そんなに飯は入り切らねぇ」


 二人のどちらかから、生唾を飲む音が聞こえた。


「その結果、本来存在出来なかったハズのモンが、この世界で生き延びる事になっちまった」
「……堕天使」


 アオヤ君がつぶやく。


「その通りだ。お前たちとの会話は、本当にストレスがねぇぜ」


 褒められても、アオヤ君は少しも笑わない。


「『天使の分前わけまえ』っつってな。俺たちの寿命は、本当なら偶像を失って、供物が尽きれば消えちまう別の偶像の天使たちに分配されたんだ。10年前に生まれたルシウスが、今でも生きていられるくらいに」
「それが、エンゼルプレグの正体ですか」
「あぁ。今でも俺たちの寿命は、帰る場所を失った天使を待って、この世界をウヨウヨ漂ってる」


 ……まさに、天使の疫病だ。


 だから、この事実は秘匿されているんだ。もしも世間に知られれば、召喚した天使の偶像を意図的に破壊して、天使の術式を乱用する者が出てきてしまう。信仰心を無視した、最後の心の拠り所すらも悪用する本物の悪党を、国はこれ以上増やすわけにはいかなかったのだ。


「じゃあ、レラさんや娘さんは……」
「俺よりも、寿命が短かったんだ。だから、早く死んじまった」
「いや、ちょっと待ってくださいよ。レラさんはまだ分かるっすけど、その子が寿命で先に死ぬってどういうことですか?」
「簡単だ。娘っつっても、メリサはレラから生まれた子供じゃねえんだ。俺とレラがこの街を脱出する時、道に捨てられてたんだよ」


 メリサ。それが、娘さんの名前。


「こんな汚ねぇ街の、ドラッグと性病まみれの女から生まれりゃ、俺みてぇに五体満足で腹から出てくる方が不思議だったんだ。メリサは、拾った時から目も耳も潰れちまってて、おまけに肺が一つ少なかった。いわゆる、未熟児ってヤツだな」


 しかし、「でも、めちゃくちゃかわいかったんだぜ」と言って、シロウさんは微笑んだ。


「レラやメリサ以外にも、大勢死んだよ。多分、ほとんどのヤツが、自分が何をされたのかも知らねぇで、ある日突然な」
「だったら!」


 言葉を遮って、なにかに反抗しようとしたのが分かった。しかし、それに意味がないことを悟ったのだろう。アオヤ君は、静かに別の質問をした。


「……どうして、エンゼルプレグに気がついたんですか?」
「そりゃ、若いヤツらが急に老死で死にまくれば、流石にこの街の連中でも気がつくさ」


 きっと、そんな事は彼だって分かっている。ただ、誤魔化すためのモノだって、シロウさんも気づいているだろう。


「……なら、どうやって闘技場から抜け出したんですか?」
「グリントと出会ったからさ。あの人は、エンゼルプレグが起きてから10年後の夜に、この街にやって来たんだ」
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