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幸せな執事になるまでに episode 13

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携帯を取りに戻った控え室は異様な空間へと
変貌しており、大人の男女の秘め行為を扉の
隙間から覗く音句は声を出すことも出来ず、
静かに観察していた。

友だち二人がクチとクチでちゅーをしてる。

それだけでびっくり大事件が起こってるのに
本人たちは甘い声で呻いてるように見える。
ちゅーすることって、きもちいいんだ…?

「あ、ン…かん、ろくん…。」

綺麗な白バラのように貞淑だった八観さんの
聞いたことない、仔猫のような甘い声。
元気と素直さが取り柄の、少年の象徴の
ようだった環路くんの余裕がない息を乱した
雄の獣のような姿…。

初めて見る二人の一面にすごくドキドキする。
厳しく育てられた音句は、性的な知識を
与えてくれる人が周囲にいなかった。
純粋過ぎるゆえに無垢な好奇心が刺激される。

「はちみ…、イイ?」

「うん、きて…?」

だけどきっとこれは、見続けてはイケナイ
ことだって、そういう判断は音句にもできる。

なんか始まるみたいだし…。
不思議と顔を赤くさせて、そろりと扉を
閉めて出ていこうと後退りした。

カチャンッ

「あっ…!」

足元にあった食器につまずいて音を鳴らした。
それは室内で夢中だった二人にもばっちり
聞こえていたようだ。

「え!誰っ!?」

「誰かいるのか!?」

「~~~~っ…!」

二人は同時に怖い声で扉の向こうから
呼び掛けてきた。
見ちゃいけないのに覗いてたってことが
バレたら怒られる、嫌われるーーー!

表情から血の気が引いて、顔面蒼白になる。
一歩、二歩後ろにたじろいだ。

「ーーーーー!!」

どうしていいか分からなくなって、
無我夢中で自室の方向へ走り出す。
意味はないのに口を抑え、声を出さないよう
必死で駆け抜けた。

扉の前には、ついさっきまでお茶会で使った
食器が残されたまま、控え室には携帯が
残されたまま、次いでに扉を開けた環路に
後ろ姿まで見られたことに音句は気づかない。

悪いことをしてしまった、僕が悪い…。
一体あれが何だったのか、どうして二人は
あんなことをしていたのか…分からない。
知らないけど胸が熱い…ドキドキする。

複雑な感情と見た光景に頭を混乱させて
自室のベッドに飛び込んだ音句は朝まで
顔を出すことなく怯え、震えた。

次の日、僕は39度の熱で倒れた。

枕から頭が上がらず体が燃えるように熱い。
朝食に来なかったことを不審に思った
配給係の人が気づいて、お医者さまを
呼んでくれたようだった。

そこからの記憶はうろ覚えだ。
気がついて目を覚ますと、窓から眩しい
日光が部屋の中へ差し込んでいた。

「ん、う…。」

頬が火照り、潤む瞳の生理的な涙が冷たい。
息が上がって浅く呼吸を繰り返す。
ベッドに寝かされ、首筋に氷枕を宛がわれ
看病されてるのだと自覚すると途端に
体調不良による吐き気や頭痛が襲ってくる。

「ん、うぅ、う、ぐぅ…っ、」

だれも、いない…。
喉渇いた、お水が欲しい。

だけど手を伸ばそうにも指が痺れて
鉛のように重たくて、テーブルの水差しまで
とても届かない。

こんなとき、どうしてたっけ?
合須家に居た頃の不調の記憶がない…。
毎日病んでるようなものだったから。
ここへ来て初めての頃は府梶さんが面倒を
見てくれたんだっけ…。

一人が、心細い…。
寝てる間は気づかなかったのにどんどん
寂しくて心が潰れそう。水飲みたい…。

「んん…、」

頭を動かすだけでも激しい頭痛に眉をしかめ
吐き気から胃の内容物がひっくり返りそう。
でも生理的な欲求に抗えない。
リスクを負ってでも、水分が欲しい。
布団から限界まで手を伸ばし、空を掻いて
もがいていると…。

コンコンコン

規則正しいノックに顔を上げた。

「ぅあ"いっ。」

返事をしたつもりが、野犬の唸り声だった。
気恥ずかしくなって布団に潜る。
ノックの主が部屋の扉を開けた。

「…どうも、体調はどうですか?」

「ふがし、さん…。」

知ってる人が来てくれて嬉しい、けど
歩み寄る府梶さんの表情は険しかった。
無言の怒りに身を縮めると、額に手が触れる。
熱を確かめてるのかな?

「…上がってはないようですね。」

「あ"っ…、すびま、せん…仕事、
何も言わず、休んでしまって…。」

「別に風邪を引いて休むなとはいいません。
しかし健康管理の怠りは見過ごせませんよ。
それとも、仕事が増えたことでストレス
でしたか?」

「いえ、ぞんなことはっ…、」

ちゃんと話したいのに、喉がガサガサで
上手に伝えられなくてもどかしい。

「成人したら、嫌でも多くの愚痴を
飲み込まないといけないのですよ。
今のうちに大人を頼らないなんて、
賢く生きられませんよ?」

「…?」

言葉の意味は分からないけど少し府梶さんの
表情が和らいだ気がする。
それから凝視していた水差しを手に取り
コップに水を注いでくれた。

「どうぞ。」

「あぃがどうございます…。」

コップを支えてくれるから、負担なく首を
上げるだけで喉が潤う。
乾燥ワカメのように干からびた体が水分に
喜び、膨張して満たされた気がする。
それから府梶さんは胸ポケットから携帯を
取り出す。
じっと見るとそれは、僕のだった。

「あっ…。」

「今朝、環路くんが届けてくれました。
事情は分かりませんが…連絡手段を
手放すとは、よくないですね。」

「ごめんなさい…。」

普通に怒られて、胸が痛い。
府梶さんが大きなため息をつく。

「ケンカですか?」

「ごめんなさい…、言えません。」

きっと話したら、二人に迷惑が掛かる。
府梶さんのことは信頼してるし尊敬するけど
屋敷のトップであるからこそ、明かせない。
広まったら友だちが困ると思うから…。

「そうですか。」

拒絶したせいで、府梶さんは不満そう。
昨日、見た光景のことは話せないけど…。

「あの、府梶さん…。」

「なんですか。」

「ちゅーって、きもちいいんですか?」

「っ!!!?」

純心な疑問に府梶さんは膝から崩れ落ちた。

「な、な、な何事ですか?」

ストレートに言い過ぎたかな?
府梶さんは脂汗を垂らし胸を押さえてる。

「ごめんなさい、忘れてください…!」

やっぱり人に話しちゃいけなかったんだ、と
慌てて訂正する。
観察力の天才である彼には偽れないのに…。

「それが今日の熱の原因ですか?」

「た、多分…違います。」

「…もしかして、友人の八観さんに欲じ…
八観さんが好きになったとか?」

「いえ、それはないです!」

優しい彼女を姉のように慕っているけど
好きとか、ちゅーしたいとか、それはない。
それに八観さんは多分、環路くんが好きだ。
好きだから…ちゅーしてたんだよね??

音句が勢いよく否定したことによって話の
構成を予測して想像した府梶にはピンと
来て、大体を察してしまった。
三人の男女の交遊関係、渡された携帯、
動揺する若い青年…それらを結びつけて
ややこしい展開になっていると、バレた。

あえてそちらの事件は言及せずに、
音句に向かって答えた。

「君の質問に答えることは難しいことだ。」

「そう、なんですか…?」

「必ずしも良いものではないかもしれない、
良いものかもしれない。不安定な行為です。」

「それならどうして…大人はちゅーを
するんですか?」

首を傾げて質問を重ねる。

「わたしには…難題です。」

府梶さんは困った顔で小さく笑った。

それから府梶さんは隣に腰かけて
無知な僕に、色々な話をしてくれた。

「アイ」とか「コイ」とか複雑な感情は
僕には難しかったけど…。
ちゅーは大切な人にしかしちゃいけない、
誰彼構わずしてはいけないなど、常識モラル
教えてくれた。

そして何故か、人のそういう場面を
目撃してしまったのなら自分から謝って
見たことを気にしないように、友人関係を
崩さないようにしなさい、と言っていた。
僕が見てしまったことに対する、
模範的な解答に心の中で感謝した。
直接お礼を言ったらバレると警戒した。

疑問を打ち明けたら気持ちがすっきりして
翌日には高熱もすっかり下がっていた。

その後環路くんと八観さんは僕にすごく
よそよそしい態度を取ったので府梶さんの
アドバイス通りに振る舞ったら、二人とも
ようやく笑顔を見せてくれた。
もう怒ってないみたいで…良かった。

だけど僕には、ある問題が残ってしまった。

他人のちゅーにとても関心がある。
二人のアレを見た時のドキドキが
忘れられず、行為が気になる。

さすがにもう、府梶さんを困らせるのは
忍びないので僕が頼ったのは「情報」だった。
インターネットを通して、知らない人の
ちゅーしてる動画をこっそり見た。

それもイケナイことだって知ってるけど
どうしても気になっちゃうんだ。
それにこの方法なら、僕の知人に迷惑を
かけない最善の方法だと思った。

「…っ、…!」

あくまでも画面越しの行為。
直接見てる訳でもないのに、顔から火を
吹くほど恥ずかしいモノや生々しいちゅーに
死ぬほど胸がドキドキした。
他人のちゅーを見た感想コメントにも興奮した、とか
すごく気持ち良さそう、とか僕の考えに似た
ものが多く寄せられていた。

舌と舌でねぶり合う「ちゅ、ちゅぱ、ちゅく」
って音を聞くと背筋がゾクゾクする。
首の裏が火照り、生唾が滲む。
舌のザラザラした表面を想像して
口内で自分の舌を丸めて確かめてみる。

無意識に欲情し、好奇心が抑制出来ない。

次第に、見てるだけじゃ物足りなくなる。
ぼーっとしてると自分下唇を触っていた。

大切な人となら…してもいいんだよね?

仕事中もそればかり考えていた。
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